十六 危機との遭遇
「人が通らねえなあ」
ゲヌスは中央街道を南へと歩きながら呟いた。
「本当にこの道を通ってくるんなら、歩いてればさっさと殺せるはずなんだが……面倒くせえなあ」
彼は待つのが好きではない。さっさと見つけてさくっと殺して帰りたい。
「馬があればなあ……どっかの家で奪ってくればよかったぜ」
顔のニヤニヤ笑いが影を潜め、気だるげな表情が浮かぶ。体力的には問題ないとはいえ、代わり映えのしない景色を見ながらひたすら歩き続けるという行為は明らかにゲヌスを退屈させていた。
そのとき、数本の矢が風を切ってゲヌスに迫る。
「おっ?」
ゲヌスは嬉しそうな顔をして、いとも容易く全ての矢を素手で打ち払った。
背中から愛用のモルゲンステルンを抜き、嬉しそうに握りしめる。
「おい、一本も刺さってねえぞ!」
「すっ、すみません」
「すいません……」
「役に立たねえ野郎どもだ」
盗賊が三人、肉厚の剣を構えて山を下ってきた。真ん中の一人が格上のようだ。
その一人に、ゲヌスはニヤニヤしながら尋ねる。
「なあ、馬持ってねえか?」
「……お前、何言ってんだ?」
真ん中の盗賊が理解できないものを見るような目でゲヌスを眺めた。
「馬だ馬。もう歩くのに疲れたんでな」
「そうか、じゃあ楽にしてやるよ!」
そう言って躍りかかった盗賊の頭部を果物のように叩き潰すと、残った二人に向けて同じ質問を繰り返す。
「馬持ってねえか?」
二人の盗賊は仲間の血を浴び、完全に戦意を失っていた。
「お、お頭が持っています」
「お頭ってのはどこにいるんだ? 案内してもらおうか」
「……」
そんなことをすれば結局命が助からないと知っている二人は、さすがに渋った。
「そうか、案内には一人いればいいよな。さて、どっちを残そうか」
その場を動こうとしない二人にゲヌスがぼそりと呟くと、二人は飛び上がって「すぐに案内しますから殺さないで」と泣き出した。
「いいから行けよ、ほら」
二人に案内させて辿り着いた山の中の洞窟にある盗賊の隠れ家には、二匹の馬が飼われていた。
「よし、こいつをもらおうか」
「待て! てめえ、何してやがる!」
馬に手を伸ばしかけたゲヌスが突然響き渡った怒声に振り返ると、どうやら「お頭」と思しき人物がそこに立っていた。
「お前が頭か?」
「ああ、そうだとも。てめえ、俺の質問にーー」
そこでお頭の言葉は途切れた。
喉元に突きつけられた棘が現実を伝える。殺される……と。
「殺されたくなかったら馬を寄越せ。いいか?」
お頭がこくこくとうなずくと、ゲヌスは一旦モルゲンステルンを引いた。ほっとするお頭の顔が次の瞬間、横殴りの棘球によって肉片と化して飛び散る。
「馬を寄越せば殺さねえ、なんて言った覚えはないぜ」
ゲヌスは高笑いしながらモルゲンステルンを引いて背中に担ぎ、馬の一匹に飛び乗った。案内してきた二人は恐怖に震えながら腰を抜かして座り込む。
「馬はもらってくぜ。あばよ」
ゲヌスは馬に乗って走り出した。
命が助かったと知った二人は、顔を見合わせた。
「……もう盗賊なんてやめてしまおうか」
「俺もそう思ってた。びびって人も殺せない、俺らには向いてねえや」
洞窟の中で二人は盗賊稼業から足を洗う決意をする。
一方、山を降りて街道に戻ったゲヌスは。
「おう、こいつは速え! 待ってろ、すぐに殺しに行くからな!」
盗賊から強奪するというよくわからない行為によって得た馬に乗り、そう叫びつつ恐るべき速さで街道を南下していった。
「ユリア、矢だ!」
「任せろ」
ユリアは飛んできた矢を剣の腹で全て打ち払い、片手で巧みにオルニットを操る。
前方右側から木々の隙間を抜けて駆け下りてくる盗賊およそ五人に、私は前足を向けた。もう片方の前足は、紙に描いた呪印に触れている。
「Luz Esfera Consecutiva」
岩を破壊したときより少し小さめーー対人用にやや威力を落とした光弾が次々と足から放たれ、盗賊たちに牙を剥く。
次々に地面や木の幹を抉っていく光弾の一つが一人の肩に当たって炸裂し、そいつを吹き飛ばす。木の幹に当たってずるずると崩れ落ちるそいつに気を取られた二人目は、頭に光弾を受けて物言わぬ屍となった。
走るオルニットに乗っているため不安定で、しかも木々が邪魔をしてなかなか当たらない。連射できるとはいえ、乱発すると私が疲れる。
三人目が足を砕かれて絶叫したところで、私は撃つのを止めた。
「もういいだろう。そのまま駆け抜けろ!」
「あいよ」
ユリアは不敵に笑うと、オルニットに喝を入れた。
「オルニット、もっと速く!」
まるで「任せろ」とでも言いたげな嘶きと共にオルニットは加速し、盗賊を楽に引き離した。
しばらく駆けて、追ってこないのを確認してから少し速度を落とす。
「お前の呪文、何て言ってるのかわからんけどすごいなあ!」
「これはずっと昔の言葉だからな。聞いたこともないだろう」
「ないない。それにしても、あれ便利だな」
「乱発しすぎると私が危ない。あれは私の生命を取り出して少しずつ撃ってるようなものだからな、撃ってると疲れてくるし撃ちすぎると死ぬ恐れもある」
ユリアは残念そうな顔をした。
「いいことずくめじゃないんだな」
「まあな」
私たちはしばらく走り続けた。
突然、左前方からバキバキという音がして、化物が山から飛び出してきた。
私は呆れて呟く。
「……昼の中央街道がここまで危険だとはな」
「ぼやいてないでなんとかしろよ!」
ユリアの叫びに、私は呪文で応えた。
「Mejorar」
力が溢れ出す。
私は飛び降り、化物と向き合った。ユリアから熊だと聞いたときはかなり驚いたが、白日の下で見てみると確かに熊だ。その規格外の大きさから、ただの熊と呼ぶのは躊躇われるが。
「そういえば私は子猫の頃に熊に殺されかけたな」
私が話しかけると、熊は低く唸った。
「いや、昔の話だ。お前に恨みがあるわけではない。……だが、邪魔をするなら倒させてもらうぞ」
熊は牙を剥いて襲い掛かってきた。
「残念だ」
振り下ろされた腕を前足一本で受け止めた。私の足が下の地面に少しめり込む。
腕を弾き返すと、熊は大きく体勢を崩して仰け反った。地面を蹴って飛び上がり、熊の腹に蹴りを叩き込む。ユリアの見様見真似だ。
腹を押さえてくの字に曲がった熊の頭に触れ、力を溜めつつ私は唱えた。
「Dormir」
熊が一瞬硬直し、そして倒れこむ。
触れた相手を気絶させる、麻痺呪文。まだ使い慣れないため二秒以上触れておく必要があるが、呪印に触れた相手を気絶させることもできる。近接戦闘にも罠にも使える、なんとも使い勝手のいい呪文だ。
私は駆け出した。
いちいち相手などしていられない。村を出てから一週間以上が過ぎているし、王の暗殺も間近に迫っている。一刻も早くこの街道を抜けねば。
全力で走れば、今の私はオルニットに追いつくことができる。
走るオルニットに近づき、一気に飛び上がってユリアに捕まえてもらった。
「殺してないか?」
「ああ。気絶させた」
私は強化呪文を解いた。
「ドミナの助けを借りて開発した強化呪文、光弾術、麻痺呪文。この三つは呪印がなくても使えるようになった。呪印があったらもう少し強力になるぞ」
ユリアはとりあえず褒めてくれた。
「よくわからんけど頑張ったな。じゃ、呪印があったら?」
「先程の光弾連撃や感知呪文、それにあと二つの術が使える。これはまたいつか見せてやろう」
ユリアはニヤリと笑った。
「楽しみにしとくぜ。お前がこんなに強くなってくるとは思わなかった」
「お前に負けたくなかったからな」
「そりゃ無理だ」
ユリアの一言に、私は少し反応した。
「ん?」
「いや、さすがに俺のほうが強いだろ。常識的に考えて」
平然と言うユリアを、私は鼻で笑った。
「ほう、お前に常識が備わっていたとは知らなかった」
今度はユリアの顔が引きつる。
「何ならどっちが強いか今ここで決めてもいいんだぞ」
「こちらの台詞だ。剣でも何でも使うがいい、素手でぶちのめしてやる」
静かに睨み合う。
そのとき、前方から微かに馬の蹄の音が聞こえた。
勝負は一旦棚上げだ。
オルニットを止め、私とユリアは身構えた。この季節に馬で街道を南下するような奇特な人間はめったにいないはずだ。何らかの意図がない限り……。
前方に見えてきたのは一人の男だった。ニヤニヤと締まりのない顔をした巨大な男が馬に乗り、一直線にこちらに向かってくる。
男は私たちを見ると、笑いながら声高く叫んだ。
「黒髪! 黒猫! 見いいいいいいいつけたああああああああああ」
まさか二千人もの方々に読んでいただけるとは!
驚きと嬉しさでいっぱいです
これからも頑張ります!!




