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一人と一匹、夜を征く  作者: 水尾
第二章 中央街道
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十三 再出発

 そうして、三日間はあっという間に過ぎた。


 ドミナとの修行を終えた、次の日の朝。

「ありがとう、世話になった」

 私は手紙と薬草、呪印を描いた紙が入った袋を首から提げ、ドミナに向き合った。薬草はドミナが「あると便利よ」と言って持たせてくれたものだ。

「まさか、たった三日でここまでものにするとは思わなかった」

「一度やったことのある感覚だったからな。それに、あなたの教え方が上手だった」

「おだてないでよ」

 ドミナはやや寂しそうに髪をかき上げた。

「優秀な生徒だった。あなたと別れるのが寂しくなるなんて思わなかったな」

「光栄だ」

 私はそう言うと、くるりと後ろを振り返る。

 ドミナの顔が見えない、今なら聞けるかもしれない。私はそっと尋ねる。三日間ずっと気になって気になって、今の今まで聞けなかったことーー。

「最後に教えてくれ。本当は、何歳なんだ?」

 沈黙は、何の印か。私は震えながらドミナの返事を待った。

「……二十四よ」

 私は愕然として振り返った。

「何だと!?」

 ドミナは悪戯っぽく笑うと、「ちょっと待っててね」と言って奥に引っ込んでいった。

 水音がする。顔を洗っているのだろうか。

 やがて戻ってきたドミナを見て、私は再び愕然とした。顔にあった小じわは綺麗さっぱりなくなり、瑞々しく弾力に富む若い肌へと変化を遂げている。薄い化粧を落とした彼女の顔は、明らかに十歳以上若返っていた。

「若い女一人で宿屋をしていると、いろいろと危ないのよ。すでに何回かそういう目に遭ってる。……もちろん、返り討ちにして全員切り取ったけど」

 何を「切り取った」のかわからなかったが、なぜだか急に冷や汗が出てきた。雄としての本能に迫り来る恐怖に、私はぶるぶると震える。

「そんなとき、ミセリアにこの化粧の仕方を教えてもらったの。これなら若く見えないから便利よ、ってね」

「そうか……いろいろと大変なのだな。せっかく綺麗な顔をしているのにもったいない」

 ドミナの耳が、心なしか赤くなった。

「どうした? 熱でもあるのか?」

「うるさい」

 急に不機嫌になったドミナの扱いに困り、私は慌てて話題を変えた。

「ということは、ミセリアもその化粧をしているのか?」

「いいえ、ミセリアは私とは逆に、若く見えーー」

「ドミナ?」

 忽然と現れたミセリアが、にっこり笑ってドミナを見つめていた。もちろん目は笑っていない。

 ひしひしと感じる、私が初対面のときに味わった威圧感ーーそこまで実年齢を知られたくないというのか。女性とはよくわからない生き物だ。

「ーーなんでもありません」

 ドミナのか細い声。

 私が修行の最後に学んだことは、「女性は変なところで不機嫌になる」「女性に年齢に関することを聞いてはいけない」ということであった。

「ノックスちゃん、行ってらっしゃい。気をつけてね」

「ああ。二人とも、本当にありがとう。また会おう」

 手を振る二人に背を向け、私は歩き出した。

 大通りを歩き、門を出て中央街道に降り立つ。

 目の前に広がる雄大な大自然は、数日前に見たときと何一つ変わっていなかった。変わったのは、私のほうだ。

「待っていろ、ユリア」

 私は力を身体の中心に集中させた。熱い塊が生まれ、ゆっくりと脈打ち始める。その力を円軌道を描いて循環させ、増幅させていく。

Mejorar(高まれ)

 私の呪文に呼応して、全身に力が漲る。溢れ出す力ーー自身の身体能力を高める術。

 いつかミセリアが言っていた「自分の身体能力を限界を超えて引き出す術」で、強化呪文という。

 私は飛ぶように駆けた。今の私はオルニットより速く走ることができる。

(これでユリアの役に立てる)

 呪印なしで力の軌跡を操作できるよう、訓練を重ねた。それによって、私は三つの呪術を呪印なしで使えるようになった。呪印があれば、もう四つ使える。どれもユリアの手助けになるものばかりだ。

 喜びを噛み締めながら、私は走り続けた。



 その前日。ユリアとノックスがまだ修行をしているとき、眼鏡をかけた男はメモリアにいた。

(トリスティスが放つ刺客など、当てにならぬ。まだ「手紙を運んでいるのは騎士ではない」と教えていないから、それも仕方のないことかもしれぬがな……こいつなら確実に始末してくれるだろう)

「いいかゲヌス、黒髪の少年と黒猫だ。両方殺せ」

「へへへ、任せてくんな」

「しくじるなよ」

「これまで俺がしくじったことがあったかよ?」

「ないな。まあ、念のためだ」

 手紙の呪印を仕掛けた張本人であるこの眼鏡の男が密かに呼びつけて指示を出しているのは、下卑た面構えの巨漢だった。ゲヌスというらしい。ニタニタ笑う締まりのない顔とは対照的に、身体は鋼のような筋肉で覆われている。鉄の棒の先端に刺の生えた鉄球を付けた武器ーーモルゲンステルンを背負っていて、どれほどの血を吸い込んだのか、それは鈍く黒光りしていた。

「報酬はわかってるよな?」

 眼鏡の男は表情を変えずに頷いた。

「お前が任務中に何をしようとも、全て揉み消してやろう」

「そうこなくっちゃあな! 男は好きなだけ殺す、女は好きなだけ犯す。このためにあんたの依頼を受けてるようなもんだ」

「下衆め」

 眼鏡の男の一言に、男は笑みを深めた。

「褒め言葉だぜ」

 眼鏡の男は肩を竦めた。

「理解できんな……では、すぐに中央街道に入れ」

「おうよ」

 ゲヌスが歩み去っていく。

「……私の目的の邪魔は排除する。何者かは知らんが、ゲヌスを送れば心配はなかろう。あの禍々しい武器の染みとなるがよい」

 眼鏡の男は笑い、呪文を唱えた。男の姿がかき消える。

 同時刻、眼鏡の男はレガリアにある自宅に姿を現した。

「……やはりこの程度なら術式は必要ないな」

 獣使(けだものつか)いの呪術師と呼ばれるこの男は、どうやら空間移動ーーつまり錬金術をも操るらしかった。



 およそ十二ドゥム(六時間)走り続け、やっと目の前に見えてきた赤い家に私は感動を覚えた。

 家の中に見える二人の影。間違いない、ユリアとクラヴィスだ。三日しか経っていないのに、なぜだかとても懐かしく感じた。

「ノックスじゃないか!」

 気づいたユリアが家から駆け出してきて、大きく手を振る。私は一直線に駆けていった。

「ユリア、久しぶりだな。……逞しくなっているじゃないか」

「おっ、わかるか?」

 ユリアが嬉しそうな顔をした。

「ネコ助、久しぶりじゃねえか!」

「ノックスだ」

 私は自分にかけていた強化呪文を解き、一息ついた。解いた後どっと疲れが押し寄せてくるのがこの術の難点だ。

「予想以上の収穫があったぞ。そっちは上達したか?」

「もちろん!」

 ユリアは頼もしく笑った。

「あとでたっぷり見せてやるよ」

「そうか、実は私も修行してきたのだが」

「えっ、どこで何の修行をしたんだ? ネズミの捕り方か?」

「馬鹿言え」

 私は鼻を鳴らした。

「魔法の修行だ」

「魔法? バカ言え」

 ユリアがお返しとばかりにフンと鼻を鳴らしたので、私は少し見せてやることにした。

「外に出ろ」

 私に続いてユリアもクラヴィスも外に出てきた。

「クラヴィス、あそこの石は壊してもいいのか?」

 私が指したのは、やや遠くにある大人が両手で抱え込める程の大きさの石だ。岩と言うべきかもしれない。

「いいけどよ、壊すってお前……」

 私は右前足に螺旋を描いて力を溜め、呪文と同時にまっすぐ放った。

Luz() Esfera()

 私の足先から放たれた小さな光る弾丸が岩を貫通し、粉砕した。欠片になって散らばる岩を目の当たりにして、ユリアとクラヴィスが驚きの声を上げる。

 私は胸を張って振り返った。

「どうだ」

「……すげえ! それ、俺にもできるのか?」

 ユリアが目をキラキラさせながら食いつく。

「たぶん無理だ」

 ユリアは肩をがくりと落とした。

「そうか……それにしてもかっこいいな! それが魔法か?」

「ああ、そうだ。もちろん他にもあるがな。強くなったのはお前だけじゃないぞ。そういえば、間に合わなかったら引き返すという約束だったが……間に合ったのか?」

 ユリアとクラヴィスが顔を見合わせてニッと笑う。

「間に合うどころか、こいつは想像以上だったぜ!」

「三日でもう合格だって言われた。そこからはさらにたくさん習ったからな! 早くお前に見せてやりたいぜ。早く化物出てこないかなあ」

「おい、油断はするなよ。慢心は怪我の元だ」

「はい、わかってます」

 私は安心した。ユリアも強くなったようだし、私も強くなった。これならどんな刺客が来ても、きっと撃退できるだろう。

「よし、ネコ助も揃ったところで、出発の準備をしようじゃねえか」「ノックスだ」

 私たちは荷物を用意し、オルニットの鞍を磨き、水筒に水を汲んだ。

「クラヴィス、あなたの用事は大丈夫なのか?」

「途中からお前らと別れるが、それまでは一緒だ。仲良く行こうぜ、ネコす」「ノックスだ」

 準備は整った。

 夜が来るまで、私たちは家で楽しく語らって時を過ごした。修行中のユリアの失敗談、クラヴィスが『鏡守り』であること(私も鏡守りを知らなかったため、クラヴィスはがっくりとしていた)、年齢を聞かれたミセリアの恐怖、宿屋の女将が呪術師だったこと。ユリアの出身が伊都國(いとこく)という国かもしれないこと、私が元々は人間だったこと。

 私はやや不安だったのだが、ユリアは「なんか猫っぽくないと思ってたぜ」の一言で片付けてくれた。

「……ってことは、ノックス、お前俺より年上ってことか!」

「そういうことだな。これからは敬語で話すがいい」

「やなこった」

 やがて夜が来た。

 中央街道を行く、旅の再開だ。

 ユリアがオルニットに跨り、クラヴィスが松明を持ってその後ろに乗る。私は荷物の上に小さくなって座った。

「俺は夜目が利かんのでな、松明を使う。松明があれば気づかれやすくなるが、追い払うのも簡単になるから持ってて損はないぜ」

 クラヴィスが火の付いていない松明を一本、荷物に押し込んでくれた。

「重いか、オルニット? 頑張ってくれよ」

 五日ぶりに人を乗せたオルニットは、嬉しそうに一声嘶くと軽快に走り出した。

「速いもんだな! お前は走らないのか、ネコ」「ノックスだ」

 私はいい加減にうんざりしてきた。

「そろそろ私の名前を覚えてくれてもいいだろう」

「すまねえな、ネコックス」

「混ぜるんじゃない!」

 ユリアは大爆笑し、オルニットまでが楽しそうに嘶いた。

初めて具体的に「呪文」を描写しました

どこの国の言葉だと思いますか??

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