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一人と一匹、夜を征く  作者: 水尾
第二章 中央街道
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十二 言葉の力

「今日一日で、基本の軌道は全て教えたわ」

 修行の一日目を終え、ドミナはやや疲れた様子で言った。

「力が描く軌道によって、力がもたらす効果は変わる。その軌道を図示したのが呪印よ。明日はあなたが使いたい術の呪印を創るから、どんな呪術が使いたいのか具体的に考えておきなさい」

「同じ術でも、術者によって呪印は違うということか?」

「そう。ほら、私も手紙の遠視の印を見たとき、すぐにはわからなかったでしょ」

 私は首を傾げた。

「ミセリアは一目で錬金術だと見抜いていたが……」

「ミセリアはね、すごいのよ」

 ドミナは呟いた。その目には少し憧れのようなものが浮かんでいる。

「すごい?」

「そう。そこらの呪術師や錬金術師よりも、遥かに膨大な知識を持ってる」

「ミセリア自身も魔法使いなのか?」

「そのはずよ」

「はず、とは?」

 ドミナは苦笑した。

「教えてくれないの」

 私は納得した。私が聞いたときも、にっこり笑ってはぐらかされたことを思い出す。徹底して自分の情報を人に明かさない……よほど用心深いのだろう。もしくは過去に何かあったか……。

「あの人はわからないことだらけだな」

「でも、優しくて素敵な人よね。なんだか妖艶というか」

「それは認めよう」

「あんな風になれたらいいな」

 憧れをはっきりと口にする。その声から滲むのは、憧れではなく決意のようなものだった。

「ふむ。昔、口に出して努力することで叶わないことなどほとんどない、とうちの村長が言っていた。口に出す言葉には、力が宿っているそうだ。そうやって口に出せるならば、あなたの願いもいつかきっと叶うだろう」

 ドミナは嬉しそうに頷いた。

「そうだといいね。……言い伝えや伝説には、真実が隠れている。その村長さんが言っていることはただの伝承じゃない、真実よ」

 棚から本を取り出して、私の前に置く。

「これは三日目にやろうと思ってたんだけど、少し呪文についても教えるね」

 古く、分厚い本だ。よく見ると、棚には同じデザインの本が少なくとも十冊は並んでいた。

「これは歴史書のようなものよ」

「歴史書?」

「どちらかといえば辞書だけど。……呪文はね、この国の言葉じゃないの」

「では、異国の言葉か?」

「いいえ」

 ドミナの笑顔を見て、私はピンと来た。ドミナが今日話してくれたではないか。

「地底にあったという国の言葉か」

「正解! さすがね」

 ドミナは嬉しそうな顔をした。自分が教えたことを覚えていてくれるというのは、なかなか嬉しいものだ。

「ハルモニア王国の伝説、あなたはどういうふうに聞いた?」

「どう、とは?」

「あなたの言葉で、もう一度あの伝説を説明してみてよ」

「……このハルモニア王国の地中深くには昔、炎の竜が支配する王国があった。乱暴な炎の竜の圧政に苦しんだ人々は長い年月をかけて自分たちの身体を変えていき、ついに魔法を生み出した。その魔法で炎の竜との戦いに挑み、竜との戦いを制した。死してなお燃え盛る竜の死体は、アルカナ山脈の下の岩の中にある。だからあの地域は冬でも暖かい。それから長い時が過ぎ、人々は地上へと出て新しい王国を創った。それがハルモニア王国だ。魔法を使える地底の者と使えない地上の者が時間をかけて交わっていき、今では地底の血が濃い者しか魔法は使えなくなった……これで合っているか?」

「その通り。炎の竜が実在したかどうかはわからないけど、地底の人々が魔法を使えたのは本当ね。地底に王国があったのも本当で、その名はロクス・ソルス王国」

「ロクス・ソルス……」

「呪文というのは、そこで使われていた言葉なのよ。それ自体が力を持つ言葉」

「なるほど……では私はあと二日でその言葉を話せるようにならなければならないということか」

 間に合うだろうか。私の悲痛な顔がおかしかったのか、ドミナはくすくす笑った。

「別に話せるようにはならなくてもいいの。使いたい術のぶんだけ、ここから探せばいい」

 そう言って本をパラパラとめくった。

「今日は教えるだけだったけど、明日はあなたの応用力が試される。ミセリアが言っていたように、私を驚かせてみてよね」

「……善処しよう」

 ドミナに背を向け、私は貸してもらっている部屋に戻った。

 ベッドに飛び乗り、今日の復習をする。

(真円、楕円、螺旋。この三つが基本だったな。それに三角形、四角形……円から遠くなるほど力の流れが滞る。二重の円で力の増大、螺旋は力の放出……)

 使いたい呪術を考えておけ、と言っていた。

(ユリアの手助けか……それならばまずは傷の治癒が最優先だな。そして、私自身で戦うためには……)

 ユリアの戦いを思い出しながら、私は考え続けた。

 足場となる土を操れたらいいのだが、それは錬金術の分野だろう。呪術というのは自分の魂の力を利用するもの……それならば……。

 そのとき、私の頭に閃いたものがあった。

(決まったな)

 私は心地よい眠りに落ちていった。



「ひょっとしてお前は俺の想像を超えるのが趣味なのか? ああ?」

 二日目の修行を終えたユリアは、なんだかよくわからない恫喝を受けていた。

「いえ、そういうわけでは……」

 背中をバンバンと叩かれ、むせ返る。

「すげえな、嫉妬しちまうぜ。二日で基本を習得しやがった」

「じゃあ……」

「明日から応用だ。具体的には、俺より重くてデカイやつでも、そもそも人間じゃなくても投げられるようにすること。それには相手の力の流れと身体の仕組みをさらに見極める必要がある」

「それができれば」

「ああ。化物なんざぶん投げちまえるぜ」

 ユリアは武者震いを抑えきれなかった。ゾクゾクとした感覚が背筋を走り抜ける。

「興奮してるな?」

「はい」

 クラヴィスは見抜いていた。

(こいつはたぶん戦いを前にして動じないどころか、笑う。強い敵との戦いを楽しめる、生粋の武人ってやつか……俺とは大違いだ)

「いいか」

 真剣な顔に変わったクラヴィスは、ユリアを座らせて自身も腰を下ろした。

「戦いってのはな、自分の命と相手の命を天秤にかける行為だ。そう思うか?」

 ユリアは頷いた。

「そうか。だが、俺はそうは思わない」

 驚いたように顔を上げるユリア。クラヴィスは、お構いなしに話し続けた。

「俺はな、戦いが怖い。人や動物を殺すのも好きじゃない。だから戦いを避けるし、人を殺さずに無力化する武術も身につけた。俺にとっての戦いってのはな、自分より弱いやつを抑え込む行為だ」

 自嘲するように笑う。

「俺は臆病者だ。敵と自分の力で真っ向から張り合うなんて、とてもじゃないができやしない。この『合気』は、そんな俺にぴったりだった。必死で修行してたら、いつの間にか自分より強いやつとは出会わなくなっていたがな。……俺はな、自分より強いやつと命のやり取りなんて御免なんだ。自分より強いやつがいたら迷わず逃げるし、今までもそうやってきた」

 頼もしかった髭面が、急に萎んだように見えた。

「軽蔑したか?」

「いいえ」

 ユリアはきっぱりと言った。

「戦いが嫌なら、なぜクラヴィスさんはそこまで『合気』を極めたんですか? 強い敵から逃げるのは当然のことです。一旦逃げて、自分がそいつより強くなってから戦えばいい。あなたは実際そうやって強くなったんじゃないんですか? あなたが弱くて、自分よりさらに弱い者にしか手をださないというのなら軽蔑します。でも、あなたは今までに俺が出会ったどんな人よりも強い。それなのに自分の力量に溺れず、相手との力の差を見極められる。すごいです。そんなあなたが弱気なこと言ってんじゃないですよ」

 それに、とユリアは続ける。

「そうやってあなたが生き延びてきたから、俺はあなたに『合気』を教えてもらえる」

 クラヴィスは一瞬きょとんとした。そして、豪快に笑い出した。

「自分の息子みたいな年齢のガキに諭されるとは、俺もヤキが回ったもんだ」

 ユリアの肩をバンバン叩く。あまりの強さに、ユリアは自分がそのまま地面にめり込んで行かないかどうか不安になった。

「いいこと言ってくれるじゃねえか。おかげでスッキリしたぜ」

 クラヴィスは立ち上がった。

「明日も楽しみにしとくぜ。さっさと寝な」

「はい!」

(この『合気』の弱点は、自分からの攻撃を想定していないこと……そもそもが護身用の術だから仕方ないが、ひょっとしたらユリアなら、これを攻撃に応用できるかもしれんな)

 大きな才能を教え導く。それは、重圧を感じるとともに素晴らしい満足感と達成感を得られる行為だ。

(やってやろうじゃねえか)

 密かに笑い、クラヴィスも眠りに就いた。


 夢の中で、今はもういない最愛の妻と息子がにっこり笑っている。自分が怯えて動けなかったばかりに、無残に殺されてしまった二人。クラヴィスは顔を覆って嗚咽を絞り出した。

「ごめんな……守れなくて、ごめんな……。あれから俺、強くなったよな。今なら守れるよな」

 二人は黙って微笑むばかりだ。

 眠っているクラヴィスの目から、涙が一筋、すうっと流れ落ちていった。

急に寒くなってきました。

風邪などひかないようにしたいものですね。

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