十一 海の向こう
「今日教えることもたくさんあるが、まずは力の流れを読む練習だ」
朝、クラヴィスとユリアは再び練習を始めた。
「力の流れは攻撃にも防御にも重要になってくる。極めればむしろ、防御がそのまま攻撃になる。これを『攻防一体』という。これを常に意識しろ。相手を見ながら力の流れを読む、これができれば次の手はいくらでも繰り出せる」
「はい」
「防御してから攻撃するな。防御と攻撃は同時、そう心得ろ」
「はい!」
一歩離れ、ユリアとクラヴィスが向かい合う。クラヴィスが蹴りを放ち、ユリアに当たる直前でピタリと止めた。
「これをどう防御する? 力の流れはどうなっている」
「まっすぐだから、こう横に」
「違う!」
クラヴィスの怒声が響く。
「防御で力の流れを無理やり曲げるな! 流れだと言っている。川の流れが直角に曲がるか?」
「曲がりません」
「そうだ。さあもう一回」
まったく、クラヴィスは教えるのが上手だった。必要以上の情報を与えることはせず、ユリアが考えて気づくように仕向ける。自身の確かな技術に裏打ちされた、流麗な動作の正確さ。ユリアは間近でそれらを見て、時には実際に体験することで、次々と技術を身に付けていった。
時はあっという間に過ぎていく。
昼になって二人で飯を食べているとき、ユリアは切り出した。
「あの」
「ん? どうした?」
「クラヴィスさんは、俺の髪と目の色を見ても驚きませんでしたよね。なんでですか?」
「同じような髪と目の色したやつに会ったことがあるからな」
「そ、それはこの国の人ですか?」
ユリアは思わず身を乗り出した。
「いや、海の向こうの国から来たと言っていたな」
「海の向こう……」
やはり、自分はこの国の生まれではなかったのだ。ユリアの胸に不思議な安堵感が漂った。
「そ、それは何という国ですか」
「確か、『伊都國』だと言っていた。お前もそうだと思ってたが……違うのか?」
「実は……」
ユリアは自分が孤児であることをクラヴィスに説明した。
「なるほど、出自を知らんか……」
「ということは、俺はその伊都國の出身だということでしょうか」
「さあ、黒髪黒瞳の人間が全てそこの出身だとは限らんから何とも言えんな……だが可能性は高いだろう」
「わかりました、ありがとうございます」
大きな手がかりだった。
ユリアは内心の興奮を隠しきれずにいた。
「人に教えたことがないから、よくわからないんだけど……あなたは何を学びたいの?」
朝、私とドミナは研究室で向かい合っていた。
「人を攻撃する呪術だ。生死は問わないが、できれば動きを止めたりするものがいい」
「攻撃と言っても、呪印と呪文が揃って初めて呪術は発動するのよ。戦闘が始まる前に敵の足元に呪印を仕掛けておくわけにもいかないし……」
ふむ、と私は頷いた。呪印の上に誘い込みでもしなければ引っかかってくれないということか。
「呪文だけで発動させられないのか?」
「あらかじめ呪印を描いた杖や羊皮紙を持ち歩くしかないね。魔導師ぐらいになると呪文だけで発動させられるって聞いたことはあるけど」
「ミセリアから私の昔の実力は魔導師と遜色ないはずと聞いた。それなら、やってみる価値はあるが……まずは基礎の基礎から頼む」
「基礎の基礎……ねえ」
ドミナは散々頭を捻った末に、魔法使いと一般人との違いから話すことにした。
「まず、魔法使いは皆銀髪なのは知ってるよね。これがなぜだかわかる?」
「わからない。なぜだ?」
「それはね、血よ」
「血?」
「そう」
ドミナは頷いた。
「炎の竜の伝説は知ってる?」
「うむ、ユリアから聞いたことがある」
「昔の人々は炎の竜との戦いのために魔法を編み出した。具体的には、人々の身体を改造して」
「改造だと?」
「魔法を使うのに適する身体に変えていった、と言うべきかな。そうして炎の竜を倒し、地上に出た人々はもともと地上にいた人たちと一緒に暮らすようになった。魔法使いの血筋とそうでない血筋がゆっくり混じり合って、少しずつ薄れていった」
炎の竜の伝説は、本当だったということか。私は新鮮な驚きを覚えた。一見突飛に思えるものにも、真実が潜んでいるということか。心せねばなるまい。
「その血が濃くなければ、魔法は使えないということか?」
「その通りよ。そして、その血が濃いかどうかは髪の色でわかる、ということ」
「なるほど」
ユリアから聞いた伝説が、意外なところで繋がった。ミセリアの「事実は小説よりも奇なりーー」という言葉が頭の中に浮かび上がってきた。
「呪術の基本となるのは私たちの魂のエネルギー。術というのは自身の命を削って行うものよ」
ドミナは真剣な顔をした。
「誤った使い方で命を落とした魔法使いは数知れずーーこれを心に刻んでおいてね」
「心得た」
「そして、呪印は自分のエネルギーを引き出して増幅するもの、呪文はそれを具現化するもの。エネルギーとは、すなわち力。呪印の幾何学模様は、力の流れを示すものよ」
力の流れ。確か、クラヴィスも同じことを言っていた。
「力を呪印に沿って流して増幅させ、呪文で解き放つ。これが呪術の基礎になる。魔導師は呪印なしでも綺麗な流れを作ることができるらしいけど……まだ私にも無理ね」
ドミナは指で何かをなぞるような動きをした。
「あなたには一日で力の流れとそれがもたらす効果をできるだけたくさん教える。明日はそれを組み合わせて、使いたい呪術を創り出す。明後日、それを使いこなす訓練をする。この三日でどれだけのことができるかはあなた次第よ」
「承知した」
「では、まずーー」
朝のレガリア、とある酒場の一角。スコラの前に座っているのは、いかにも遊び人といった様子の長身の男だ。指輪や腕輪をたくさんつけた手で長めの髪をかき上げる仕草が気障ったらしい。
「わかったな、メルゴー」
「中央街道に行って、その騎士を殺して、手紙を奪うだけ? 簡単な仕事じゃん。報酬は?」
「前払いでこれだけ」
スコラはメルゴーの前に皮袋をどさりと置いた。メルゴーは無造作に袋を引き寄せ、中を確かめる。
「おいおい、これっぽっち?」
「最後まで聞け。成功させて帰って来たら、この三倍をあとで払う。文句はないか」
「なーんだ。それならないない! じゃ、約束守ってね。じゃーね」
「待て」
「ん?」
「これを持っていけ」
スコラは不思議な模様が書き込まれた一枚の紙を差し出した。
「何これ」
「これも持っていろ。よくわからんが、任務の役に立つそうだ」
「へえ、じゃあもらっとくぜ。それじゃ」
スコラは紙と皮袋を懐にしまって去っていく男を見ながら、呆れたように肩を竦めた。軽薄な男だが、腕は確かだ。今までも、計画の妨げになる人物を数人消してもらっている。失敗したことは一度もない。
また同じような失態があってはならない。トリスティス様のためにも、邪魔は全て排除する。
あのような怪しげな獣使いの呪術師より、私のほうがトリスティス様のお役に立てるに違いないのだ。金で動く奴らなど、信用してたまるものか。トリスティスに長年仕える忠実な部下、スコラは固く拳を握りしめて、店を出て歩き出した。
これで連続更新は一旦ストップします。
中間テストやレポートがあるのだ…




