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一人と一匹、夜を征く  作者: 水尾
第二章 中央街道
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十 半分の呪印

 ドミナは宿屋に入り、地下へと降りていく。

「入って」

 ドミナが壁の蝋燭に火を灯すと、部屋の全貌が明らかになった。

 棚に並ぶ、乾燥した薬草。机の上にある様々な道具。地下室特有の少し湿った空気に薬草の香りが合わさって、私の嗅覚を刺激した。

「私の研究室よ。散らかってるからあまり見ないで」

 ぶっきらぼうにそう言いながら、壁に立てかけてある大きな円形の金属板をゴトリと床に置く。表面には呪印が深めに刻み付けられていて、溝になっていた。

「手紙を貸して」

 ドミナが水を少しずつ溝に注ぐと、呪印がゆらゆらと浮き上がって見えた。私から受け取った手紙を金属板の中心に置くと、手を翳す。

「この術は久しぶりだけど覚えてるはず。呪印の無効化は、流れを吸い上げるイメージ……よし、いくよ」

 ドミナの口から不思議な響きの言葉が漏れる。

 懐かしいようなその響き。私も以前にこの術を使ったことがあるのだろうか。

 突如封筒が跳ね上がり、その中が一瞬赤く光った。封筒はそのまま金属板の上に落下する。

「できた」

 呪印の無効化は、あっけなく終わった。

「……もう、開いてもいいのか?」

「いいよ。ほら」

 ドミナは封筒から羊皮紙を取り出した。血のような赤で描かれていた呪印は、灰色に変色していた。

 ……しかし、半分だけ。

 驚いたドミナが手紙を取り落とす。

「えっ、成功したはずなのに! これは一体……」

「それ、追尾の術式よ」

 口を挟んだのはミセリアだった。

「ドミナが無効化したその半分は呪印だけど、まだ赤いほうの半分は術式……印を付けたものが今どこにあるかを知る術式ね」

 ドミナの顔が強張る。

「術式って、まさか」

「錬金術よ。……ところで、それは何の呪印なの?」

 ミセリアの問いに、ドミナは手紙をしげしげと眺める。

「むむ。こんな形は見たことないけど……あっ、ここの流れが横に? うわ、こんなところで。なるほどなるほど、合理的だ」

 灰色の呪印に見入っているドミナに、ミセリアがおずおずと声を掛ける。

「……わかったかしら?」

「わかった。これ、遠視の印だ」

「遠視の印?」

「誰かがこの印を見たらこれが発動して、その景色を術者に送るの」

 私は混乱した。

「すまないが、もっとわかりやすく言ってくれないか」

「術を使った者が、この印を通してものを見ることができる」

 私は一度、宿屋でこの印を見てしまったことを思い出した。

「……私は先日、ユリアと一緒にこれを開けてしまった。そのとき、私たちはこの術者に見られたということか」

「そういうことね」

 私は舌打ちした。私とユリアの外見は、はっきり言ってわかりやすすぎる。

 これはつまり、手紙に仕掛けられていた二つの印によって、国王を暗殺しようとしている者たちに『人の手に渡ると危険な手紙が、一人の黒髪黒瞳の少年と一匹の黒猫によって運ばれている』という情報が渡ったということだ。

 敵の計画がまだ頓挫していないとしたら、私たちはおそらく最も邪魔となる存在だろう。既に刺客が放たれていてもおかしくない。

 危険な旅だとはわかっていたが、どうやら想像以上だったようだ。



 ドミナに国王暗殺計画についての簡単な説明を終えた後、私たちはしばらく途方に暮れて折り畳んだままの手紙を眺めていた。まだ読んではいない。

「それで、この追尾の術式はどうするの? 私は錬金術使えないよ」

 ドミナが困ったように言う。

「ミセリアは……」

 ミセリアは首を振った。

「残念だけど、専門外ね。読んで、内容を覚えて焼き捨ててしまえば?」

「それは駄目だ」

 証拠となる手紙を失うわけにはいかない。

「それがないと、暗殺を防ぐことがむずかしくなる。現時点では唯一の証拠だし、二つも術をかけているということは、これを他人に読まれると余程まずいということだろう」

「でも、それ持って歩いてたら刺客がぞろぞろやってくるわよ」

 ミセリアの指摘に、私は渋面を作った。それが問題だ。私はドミナのほうに向き直った。

「……仕方あるまい。その追尾の術式は、どのくらいの精度なのかわかるか?」

「これは、近づけば近づくほど正確になる感じ。だから、術者との距離が縮まるほどはっきり場所を捕捉されるよ」

 ドミナが呪印と睨めっこしながら答える。私は頭を悩ませた。

 いくら考えてもいい考えは浮かばず、ついに私はユリア式の解決方法に倣うことにした。

「どちらにしても、私とユリアの顔は割れていると思っていいだろう。顔と位置を知られているのなら、おそらく刺客も避けようがない。ならば方法は一つ……迎え撃つしかあるまい」

 驚くドミナとミセリア。

「ユリアなら並の刺客には負けない。私もいる。……しかし、私たちでも勝てない相手が来るかもしれない。そのために、頼みがある」

 ユリアだけでなく、私も戦えるようにならなければならない。しかし、私の爪や牙ではユリアの手助けをするには力不足だし、ユリアの剣速の前ではむしろ邪魔になるだろう。ユリアの戦いを後方から手助けする、そのためには……。私はドミナに向かって頭を下げた。

「私に呪術を教えて欲しい。それも、敵と戦うときに役立つものを」

「はあ!?」

 ドミナが呆れたような顔をして言う。

 今日で一日。帰るのにもう一日かかる。となれば、残りは三日しかない。

「三日でいいから、頼む」

「呪術って、二日や三日で覚えられるほど簡単なものじゃないよ」

「それでもいい。絶対に覚えてみせる。どうか」

 溜息を吐いたドミナは、困ったようにミセリアを見た。

「ちょっと、何とか言ってやってよ」

「教えてあげればいいじゃない」

 面白がっているようなミセリアの声。

 味方してくれないことに苛立ち、ドミナはつかつかとミセリアに歩み寄った。

「もう!」

「教えてみなさいよ。ノックスちゃんすごくデキるはずだから、あなたきっと驚くわよ」

 ドミナは立ち止まり、胡散臭そうにミセリアの顔をじろじろ眺めた。

「また勘?」

「いいえ」

 ミセリアは自信たっぷりに微笑んだ。

「確信よ」

 ドミナは諦めたように肩を落とした。

「はあ……こんなことになるなんて思わなかった……」

「では、教えてくれるのか?」

 渋々といった様子で頷く。

「……自分の研究を人に教えるなんて初めてだけど、しょうがない。三日だけよ」

「本当に助かる。ありがとう」

 私は深く頭を下げた。どうも頭を下げてばかりのような気がするが、仕方ない。

 この国の諺に『稲穂は、実るほどその頭を深く垂れる』というものがある。躊躇なく人に頭を下げられるのは、大人物の証だということだ。私は猫だが、強くなれるのならいくらでも頭を下げてやろう。

 ユリアはおそらく、五日間でかなり強くなるだろう。あまりの飲み込みの早さにクラヴィスも驚いているに違いない。

 私も負けていられない。

「そういえば、この手紙はもう読めるんじゃないの?」

 ミセリアが何気なく言った。確かにそうだ。呪印も術式も私たちに危害を加える類のものではなかった。

「読める。今から開封するか?」

 二人は、首を振った。

「私は読まなくてもいいわ」

「私も」

 そうか、と言って私は封筒を引き寄せた。

「では、今度こそユリアと二人で読もうと思う」

「そうね、そうしなさい」

 ミセリアがそう言って立ち上がる。ドミナも立ち上がり、二階を指差した。

「今日は上の部屋に泊まりなさい。明日から教えるから」

「私もドミナの家の場所覚えちゃったし、一日に一回は様子を見に来るわね」

「あんたは来なくてもいい」

 しっしっと追い払う仕草をするドミナに、ミセリアはにっこりした。

「あら、そんなこと言わないでよ。若いんだからいいじゃない」

「関係ない!」

 そういえば、見た目からはこの二人の年齢がわからない。ミセリアよりもドミナのほうが年上に見えるが、それについては私は何か違和感を感じていた。

 喋り方や雰囲気は、明らかにドミナのほうが若いのだ。ミセリアの持つ妖艶さがドミナからは感じられない。むしろまだ成熟しきっていないような感覚さえある。

 私は恐る恐る尋ねてみた。

「ドミナ、ミセリア、あなたたちは一体何歳なんだ?」

 部屋の温度が下がった気がした。

 二人の笑顔を見て、私は悟ったーー聞くべきではなかったと。 

例によって休憩中の更新です

最近なんだか毎日更新の様相を呈してきていますね…

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