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一人と一匹、夜を征く  作者: 水尾
第二章 中央街道
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九 獣使いの呪術師

 目の前にいる女性を、私は知っている。

 彼女は、私が二日前に泊まった宿屋の女将だった。

「あなたは、あの宿屋の!」

「あの黒猫!」

 ドミナは大きく飛びすさって身構える。その目に憎しみや敵意が浮かんでいるのを見て、私は驚いた。私はただ宿泊しただけのはずだが、あの感情は一体何だ?

「なあに、二人とも知り合い?」

 ミセリアが驚いたように割り込んできた。

「私とユリアが二日前に泊まった宿屋の女将さんだ」

 私が言うと、ミセリアは「偶然ねえ」と言いながら紹介する。

「こちらはドミナ。私のお得意様よ」

「……、何の用? 汚らしい獣使(けだものつか)い」

 ドミナという女性は私を鋭く睨みつけながらそう言った。

「何のことだ」

 私の答えに、ドミナは「しらばっくれるんじゃないわよ」とドスの効いた声を出す。客として行ったときの上品さは欠片も見当たらない。

「こらこらドミナ、そんなに威嚇しないの。こちらは猫のノックスちゃんよ」

「ノックスという。獣使いという名前に心当たりはないが、何か勘違いしているのではないか?」

 ドミナは私を睨みつけたまま、「ミセリア、どういうことか説明して」と短く言う。

「ドミナ、ノックスちゃんが獣使いの呪術師かどうかはまだわからないわ。だからその目つきを止めてちょうだい。ねえノックスちゃん、ドミナにあなたのこと説明してもいい?」

 私は少し迷って、拒否した。

「すまないが、まだどのような人物かもわからないのに情報を渡す気にはなれない」

「ドミナは大丈夫よ、私が保証するわ。……それに、あなたが探してた呪術師なんだから結局は喋ることになると思うわよ」

「!」

 あの女将が呪術師……?

 しかし、思い返してみると確かにそのような片鱗はあった。地下にある立ち入り禁止の部屋、女将から漂ってきた懐かしい香り……今だから言えるが、あれは薬草の香りだった。それに、儲けを度外視したような経営。宿屋という職業は世間の目を欺くためのものだったのだろう。「副業があるのかも」というユリアの言葉は案外的を射ていたようだ。

「探してたってのはどういうことなの」

 ドミナが不機嫌そうに言う。

「ノックスちゃん、お願いがあるんでしょ」

 そうだった。私は急な展開に呆然としながらもドミナに向かって語りかけた。足元の油紙の封筒を指し示し、簡潔に説明する。

「この手紙を読もうとしたが、何かの呪印があるのに気づいた。このままでは読めない。呪印を無効化する術を知らないだろうか」

「呪印を知ってるんならその無効化ぐらいできるはずよ、自分でやったらどう?」

 ドミナは噛みつくように反論してくる。

「私には記憶がない。人間だった頃ならできたのだろうが、今の私は呪術も錬金術も何一つ使えないのだ」

「……どういう意味よ」

「言った通りだ。私は昔は魔法使いだったが、この猫の身体になったときに記憶が飛んだ。残念ながら、今はただの黒猫だ」

「ふん、悪事に手を染めるからでしょう」

「ドミナ!」

 ミセリアがやや厳しく諌めるが、ドミナはそっぽを向いてしまった。先程からいわれのない敵意を向けられ、私も少々腹が立ってきた。

「私はあなたに何かをした覚えはない。なぜそこまで言われなければならない?」

「うるさい、獣使い!」

「だから、獣使いとは何だと聞いている!」

「私が説明するわね、その間ドミナは少し黙っててちょうだい」

 ミセリアがやんわりと割って入った。ドミナも不承不承といった様子で頷き、椅子に座る。

「獣使いの呪術師たち、という一団がいるの。金のために呪術を悪用し、殺人や恐喝に手を染める、最悪の集団」

「つまり、私がそれだと?」

「私も最初はそう思ったわ」

 私は弾かれたように顔を上げた。

 ミセリアは、にっこり笑った。

「私が最初にあなたに会った時のこと、覚えてる?」

 はっきり覚えている。私がユリアに害を為そうとしていると思われていたのだ。

「覚えているが……それがその『獣使い』とどう関係が?」

「獣に魂を乗せる術がある。やり方は知らないけれど、獣使いの呪術師たちは脅しや殺害の際にこの術を好んで使う。獣に魂を乗せて悪事を働き、自身の身体は安全にぬくぬくとしている……喋る獣といえば獣使いの常套手段なのよ」

「だから私は疑われたのか」

「そういうこと。あなたが獣使いの呪術師だったなら、ユリアちゃんの身が危ないと思ったの」

「なるほど、確かにそうだ」

「でも、あなたの記憶を聞いてからはどうも違う気がするのよね。獣使いなら獣に魂を乗せる術が『初めて』なわけがないし、錬金術も使えるのなら獣使いの『呪術師』じゃないものね」

 ミセリアは黙りこむドミナに問いかける。

「ドミナもノックスちゃんの事情、わかってもらえないかしら」

「……獣使いじゃないという証明はできないでしょう」

「獣使いであるという証明もできないわ」

 ドミナが椅子を蹴倒して立ち上がった。

「できるわ! 猫が喋る! これが証拠だとは思わないの? あいつらは私の父さんと母さんを殺したのよ、それも私の目の前で……!」

 激高したドミナは一気にまくしたてると座り込み、唇を噛んで俯いた。

「……気持ちはわかるけど、ドミナ、ノックスちゃんが悪人だったとは思えないわ」

「理由は? 理由は何よ」

「私の勘よ。私の勘がよく当たるのは、あなたも知ってるでしょう? お願いだから、そんな顔しないでよ」

 ミセリアは、初対面でまだ話したこともない私を一目見て怪しんだ。勘が鋭いのは本当だろう。

 ドミナはしばらく俯いていたが、やがて顔を上げた。

「わかった。ミセリア、今はあなたを信じる。そこの猫、ノックスだったっけ、取り乱してごめんなさい」

 ドミナは下を向いたまま、小さな声で言う。

「あなたを責めるのは筋違いかもしれないけれど、自分でも抑えきれないの。本当にごめんなさい。目の前で両親を殺された私は、奴らに復讐するために呪術師になったようなものだから」

 私は何と言えば良いかわからなかった。私は何もしていない、とは言い切れないからだ。私が獣使いの呪術師たちの一員ではなかったという証拠はないのだ。

 私は、悩んだ末に言葉を絞り出した。

「人間だった頃の私は一体何者だったのか、自分でもわからない。わからないが、もしもあなたのご両親を殺した者たちの仲間だったのなら……喜んでこの首を差し出そう」

 ドミナは顔を上げ、驚いたように私を見た。私はその目を見つめ返す。

「記憶がなくとも、悪事を働いたという罪は消えない。もしもそうなら、ぬくぬくと繋いできたこの命、すぐにでも断ち切りたいほどだ。しかし、今の私にはやるべきことがある。私の記憶が戻るまでは……協力してくれないだろうか」

 私は頭を下げた。

 ドミナは、「頭を上げて」とやや恥ずかしそうに言った。

「今の言葉……あなたが悪人だとは私にも思えない。自分の過去が悪人だったかどうかもわからないまま責められたあなたは辛かったはず……さっきの私は自分のことしか考えていなかった。申し訳ないわ。お詫びと言ってはなんだけど、私にできることなら何でもする。それと」

 ドミナははっきりとした声で続けた。

「あなたの過去が獣使いでないことを祈っています」

「ありがとう」

 自分の親の仇のような存在に対して協力を申し出るなど、簡単にできることではない。私は申し訳なさと感謝で一杯になった。

「じゃ、私の家でするから付いてきて」

 店を出たドミナに続いて、私たとミセリアは夜の街に踏み出した。



 獣使いの呪術師たち。

 その一人、眼鏡をかけた男がレガリアの自宅でぶつぶつと呟いていた。彼は誰もいないとき、独り言で頭の中を整理する癖があるのだ。

「トリスティスは騎士に向けて追っ手を放っている頃か。しかし、あの手紙を運んでいるのは騎士ではない。あれは何者だ? 黒い髪。異国の者だろうか。どちらにせよ、始末しなければならない。私から刺客を差し向ける必要がある。では、誰を?」

 男は立ち上がり、部屋を歩き回る。

「遠視の印を見抜かれたかもしれない。相手も呪術を使う可能性がある。つまり、生半可な奴を送っても手こずるということか。気が進まないが、ゲヌスにするか」

 男は舌打ちした。

「あの男を使ったあとは、後始末が大変になる。勘弁してほしいものだ……」

せっかくの土曜日ですが、一日中模擬店の売り子で忙しいです。

休憩時間に急いで更新。

ああ、ストックが消えていく…

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