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一人と一匹、夜を征く  作者: 水尾
第一章 ハルモニア王国南部
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十三 それぞれの朝

 ユリアがラピスを出発して四日目の朝。

 村長は、ユリアがミネラに辿り着き、無事に馬を買えたことを知るすべを持たない。ただユリアの身を案じることしかできずに、歯がゆい思いをしていた。

 いつものように村の中を歩き回っていると、一人の男とすれ違った。男の名はアベオーーユリアに持たせた剣を作った工房の親方だ。

「よう村長、浮かない顔してどうしたね」

「アベオか。お前は確か、ユリアの剣を作ったのだったな」

「おうよ」とアベオは顔を綻ばせた。

「自分で言うのもなんだが、あの剣はいい出来だ。俺が長年考え続けた材料、構造、工夫の数々。はっきり言って自信作だぜ」

「ほう、例えば?」

「まず、俺が開発した合金だ。あの比率は俺しか知らねえし、真似しようったってそう上手く行くもんでもねえ」

 アベオは鼻の穴を膨らませた。

「芯材と刃は別の金属だ。そして、芯材に工夫がしてあってな、なんと重さが均等じゃねえんだ!」

「ふむ、それがどういう効果をもたらすのかね」

「剣の先端のほうが重くなるように仕上げてあるのさ。だがら腰に挿せば安定するし、振り回せば遠心力が強く働いて重い一撃になる」

「素晴らしい工夫じゃな」

「だろ? で、その芯を刃になる金属で挟んで成形して、最後にもう一工夫加える。さっき言った合金の膜で、表面を薄く覆うのさ」

「手間がかかっておるな」

「ああ。だが、それをすることでどうなると思う? 俺の合金の特徴は硬さ、そして錆びないことだ。それゆえに折れやすいという欠点があったが、この方法なら折れにくい上に錆びにくい剣ができる! 折れる折れない以前に、斬り合っても刃が欠けないはずだ」

「うむ、さすがじゃな」

「へへ、この製法は他の奴らには秘密だぜ。……こんなすごい剣持たせてんだ、ユリアは大丈夫さ。村長もユリアのこと信じてやりな」

 村長は、大きく頷いた。

「そうじゃな、その通りじゃ」

「じゃ、俺は戻るぜ」

 アベオが歩み去っていく。村長は、胸の内で自分に叱咤した。

(あやつの言う通りじゃ。わしが信じてやらなくてどうする!)

 村長は、先程より幾分か晴れやかな顔で歩き始めた。



 同時刻、王都レガリアにて。

 一人の男がある家の扉を乱暴に叩いた。大きめの外套と帽子のせいで顔が見えない。

 扉はすぐに開き、別の男が顔を出した。これといった特徴のない、中肉中背の男だ。唯一の特徴といえば、眼鏡をかけていることか。

「わざわざこんな場所に呼び出しおって、なぜいつもの場所ではないのだ」

「私も研究で忙しかったものですから」

「ふん、まあいい。それで、何用だ」

 高飛車な調子で言う男を部屋に招き入れ、椅子に座らせてからその部屋の主である眼鏡の男は淡々とした口調で言った。

「私が面会を求めてから、三日は過ぎましたが」

「私は忙しいのだ。怪しまれぬよう、公務も通常通りこなさねばならぬ。今も、なんとか見つけた時間を割いてここにいるのだ。さっさと用件を言え」

「では、お話しします」

 帽子の男が吐き捨てるように言うが、眼鏡の男は丁寧な態度を崩さない。

「手紙に仕掛けておいた追尾の印が反応しました」

「何だそれは」

「……以前にも説明したはずですが」

帽子の男は眼鏡の男を怒鳴りつけた。

「貴様の下賤な術など知ったことか! どういうことかさっさと説明しろ!」

「印を付けたものが現在どこにあるかわかる術でございます。今回は例の手紙に付けておりますが、手紙が自分で動くはずはございません」

「……どういうことだ」

「つまり、あの奪われた手紙を運んでいる者がいる、ということです」

「なんだと!」

 帽子の男が椅子を蹴立てて立ち上がった。

「あやつは、あの騎士は海に落ちて死んだと報告を受けたぞ」

「そのはずですが、現に手紙は動いています。おそらくは、あの騎士によって運ばれている」

 帽子の男がギリギリと歯ぎしりをした。

「おのれスコラめ、出まかせを言いおって。死んでないのなら今度こそぶち殺してくれるわ。奴は今どこにいる」

「おそらくは中央街道です。あなたとの面会を待っている間に、海岸から南部を移動してアルカナ山脈の麓まで移動してしまいました。昨日の夜はミネラにいましたので、今日はもう移動を始めているでしょう。手紙を持っているとすれば、王都に向かうはず。南部から王都に向かうには、中央街道を通るほかありません」

「中央街道か、わかった。すぐさま刺客を送り込むぞ。誰にしよう」

 帽子の男はしばし考え込んだが、やがて帽子の下で唇を歪めて笑った。

「よし、あいつがよかろう」

 言うが早いか、くるりと振り返ると乱暴に扉を開けて出て行く。

 部屋に残された男の顔には、何の表情も浮かんでいなかった。

 やがて、黙って立ち上がると地下へと降りていく。地下室の机の上には、水を張った盥のようなものが置かれていた。男はその前に立ち、何やらぶつぶつと呟いて水面を覗き込む。

 水面が波打ち、一人の老人が映る。それはすぐに消え去り、次に映ったのは一人の少年と一匹の猫だった。老人と比べて、あまり鮮明には映っていない。少年は黒髪、同じく猫も真っ黒であることぐらいしかわからなかった。

 次に男は、盥の隣に置いてある円形の金属板を見た。両手で輪を作ったぐらいの大きさだ。中央には人差し指ほどの黒い棒が一本刺さっている。男は黒い棒に触れ、不思議な響きの言葉を紡ぐ。やがて、その黒い棒が伸び始めた。生き物のように脈打ちながら、少しずつ長くなっていく。棒は伸び続け、男の頭を少し超えた時点でピタリと止まった。それがゆっくりと倒れ始める。棒は重力に逆らうようにゆっくりと倒れ、そして完全に横倒しになった。男は地図を取り出し、倒れた棒が指し示している方角を地図上で確認する。棒の長さを測り、地図を指でなぞった。中央街道の上でぴたりと指を止める。

「やはり追尾の術式は遠く離れると精度が落ちる……これでは大まかな場所しかわからない。まだ改良の余地がある。そして、遠視の印は……」

 男が、盥のほうに一瞬だけ目をやった。映っていたユリアとノックスが水面を揺らして消え去っていき、水面は元通りに蝋燭の明かりをを映し出す。

「映り方が悪い。ということは、これを見て勘付いたということか、もしくはただの偶然か」

 男の声には、やはり何の感情も込められていなかった。

「何者かがこの印を見たとき、この印もまた其の者を見る。そしてこの印が見たものは、この水に映し出される。しかしこれでは、一瞬見ただけではここに鮮明に映し出せないようだ。……これも、改良するべきか」

 どうやらこの男には、手紙を運んでいるのが例の騎士ではないと先程の帽子の男に伝える気はないようだ。どういう思惑があるのか、いったい何を考えているのか。

 男の表情からは、何も読み取れない。



 一人と一匹と一頭が、朝の街中を歩く。

「久しぶりの中央街道だ」

「どんな道なんだ?」

「どんなって……曲がりくねった石畳の道がずっと続いているんだ。途中から道の両側が草原から山になるな。たまに盗賊なんかが飛び出してくるから油断はできない。この季節に旅したことはないけど、噂によると化物も出るらしいぞ」

 今から化物が出る場所へ向かうにしてはのんきそうな口調である。もちろん不安を感じる以前に何も考えていないだけなのだろう。私は溜息を吐いた。

 しばらく歩き、北門の前に着いた。昨日入った南門よりも大きく、頑丈そうだ。門の前には兵士が一人立っていて、私たちを見ると「出るのか?」と声をかけてきた。入るときのような質問はされないようだ。

「ああ、頼む」

 ユリアがそう言うと、兵士は扉を二回叩いてからゆっくりと押し開けた。おそらく、外に立っている兵士への合図だろう。

 分厚い木の扉が軋みながら開いていき、その向こうにある景色が少しずつ広がっていく。

 私は息を呑んだ。

 ミネラの街を覆っていた石畳が、門を超えても一本の道となって果てしなく続いている。両側は草原になっていて、秋の花が可憐に咲き誇っていた。道が伸びていく先にぼんやり青く見えるのは、急峻なアルカナ山脈だ。それは、まるで一枚の絵のような美しい光景であった。

 私は身震いした。これからあの山脈の隙間を縫って、北部へと向かうのだ。

「あんた、こんな季節に何をしにそっちに行くんだ?」

 門を開けてくれた兵士が興味津々、といった様子でユリアに話しかけた。壮年の男だ。ユリアが笑って「ちょっと王都に用事があって」と言うと、兵士はびっくりした顔をした。

「へえ、王都まで! これからの時期は危ないぜ、化物も腹を空かせて出てくるからな」

「ああ、知ってる。でも、急ぎの用事なんだ」

「そうか……。あんたはこの時期に旅をしたことあるかい?」

 ユリアは首を横に振った。

「いや、これが初めてだ」

「そうか、なら一つだけ忠告がある」

 兵士は真剣な顔で山脈を指差した。

「街道が山脈に入ったら、化物も盗賊も嬉々として襲いかかってくる。そもそもこの時期に中央街道を突っ切るなんてのは自殺行為なんだ。悪いこた言わねえ、昼はどこかに隠れてな。あんたらが進むのは、あんたに牙を剥く者たちが眠りに就いてからだ。暗闇を味方に付けて、夜を征くんだ」

 ユリアが小さい声で呟く。

「夜を、征く」

 兵士はユリアに向かって微笑みかけた。

「ああ、そうだ。影に紛れて街道を駆け抜けろ。そうすれば、生きてこの街道を抜けられる確率は格段に跳ね上がる」

 ユリアは深々と頭を下げた。

「知らなかった。ありがとう」

 兵士は照れたように笑った。

「俺にはあんたぐらいの息子がいるんでな、放っとけないのさ。無事を祈ってるぜ」

 ユリアは再び頭を下げた。先程よりも深く、深く。

 顔を上げると、ユリアはオルニットの鞍に跨る。

「来い、ノックス!」

 私もオルニットの背の荷物の上に飛び乗った。

「さあ、北部へ向かおう」

 ユリアが手綱を引くと、オルニットは走り出した。北部へと続く街道を、足音高く駆けてゆく。

「親切な兵士だったな」

 ユリアは「ああ」と頷いた。

「絶対に無事で戻ってこなきゃな」

 目の前に広がる景色の穏やかさとは裏腹に、王都までの道のりは険しく、そして遠い。


 旅はまだ、始まったばかりだ。

とりあえずひと段落ついたという感じです。

もちろんまだまだ続きます。

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