表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ワンライ自選集

二通りの幸福

作者: yokosa

【第34回フリーワンライ】

お題:

気付くまで待つよ

終わりの前に

色(赤)

トリガーハッピー


フリーワンライ企画概要

http://privatter.net/p/271257

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負

 チャペルの鐘が鳴っている。鐘の音に合わせて、無数の白いハトが小さな竜巻となって飛び立つ。

 俗世とは隔絶した空間。それらは平穏の象徴であり、幸福の証だった。

 聖堂に敷かれた真っ赤な絨毯の奥、十字架の見下ろす祭壇の前で、レイザー・ノストロモは伴侶が到達するのを待っていた。

 荘厳なオルガンが聖堂内に響く中、彼にとっての幸福が介添人に手を取られ、バージン・ロードをしずしずと歩んでくる。

 人の形をした幸せ。純白のドレスを纏った花嫁。薄いヴェールに包まれて、露出した口元の赤いルージュが際立っている。

 愛しのロージー。ロゼッタ・クルー――いや、もうすぐノストロモになるか。ノストロモ家の新たな一員だ。

 毛氈を渡り終えてロージーが隣に立つと、彼は熱を感じた。暖かい春の陽気のような気配。ここから彼らの季節が始まる。第二の人生の始まりだ。

 粛々と式は続いていき、やがて神父に促され、二人は向かい合った。

 そっと寄り添うように、ロージーが彼に近付いてくる。


 誰にも見られない角度で、ロージーはそっとウェディング・ドレスの隠しポケットに手を入れた。


 薄いヴェールを開けられて、レイザーの顔が間近に見えた。

(ああ、レイザー……)

 ロージーは心の中で呟いた。

 彼女の伴侶となる男。金髪をオールバックにして、爽やかに微笑んでいる。白いスーツがよく似合っていた。なんの汚れも、苦労も、罪も知らないような姿。

(もうすぐよ――ノストロモ)

 唇を笑顔の形に歪ませて、表情にはおくびにも出さずに呻く。

 憎々しげに。ありったけのタールのような憎悪を込めて。心の中の憤怒の炎を、赤々と燃え上がらせるように注ぎ込む。

 ちらりと横目で客席を覗く。レイザーの父親、ノストロモの現当主が一番手前に座って涙ぐんでいるのが見えた。

 ノストロモ。それは彼女の愛しい人の家名ではなかった。

 ノストロモ・ファミリー。正真正銘、現代に生き残る本物のマフィア。かつて家族を破滅させられ、死に追いやり、彼女を天涯孤独の身に陥れた張本人だ。

 名前を変え、身分を偽り、ずっとこの機会を狙っていた。

(ようやくここまで来た)

 ポケットの金属を手に握り込む。その冷たい感触は、彼女に真の平穏をもたらすはずだった。

 四十一口径デリンジャー。ほとんど玩具に等しい、冗談のように小さな護身用の銃だ。

 頭の中でスペックを反芻する。威力は普通の拳銃と比べると非力そのもので、五メートルも離れればまず当てられない。加えて、装弾数は二発。暴漢を撃退するには充分かも知れないが、致命傷を与えるのは困難だ。

(――でもこれで充分)

 ノストロモには苦しんでもらわなくてはならない。あっさり死ぬことなど断じて許さない。

 そのためには、妻に先立たれた彼にとって、唯一の肉親であるレイザーの人生の絶頂で、思い知らせる必要があった。この世には死ぬよりつらいことがあるのだと。

 ドン・ノストロモは生きて、死ぬよりつらい苦しみを味わわなければならない。

 だから豆鉄砲で充分なのだ。密着すれば射程距離など関係ない。懐で弾けさせれば爆竹でも人は殺せる。

 一発は彼の心臓へ。残りの一発は自分のこめかみへ。

 二つの真っ赤な血の花が咲くのを見て、ようやくドン・ノストロモは地獄へと叩き落とされる。

 自分の生きてきた罪、後悔。

 早く気付いて欲しい――まだ気付かないで欲しい。

 幸福が長く続けば続くほど、それを喪失した時の苦しみもまた、長く深く続く。

 誓いのキスをするために瞼を閉じて、ゆっくりとロージーとレイザー、二人の顔が接近する。

 かちり。

 ロージーはデリンジャーの撃鉄を起こした。そしてトリガーに巻き付けるように、中指を絡ませた。

 早く気付いて欲しい。式の全てが終わる前に。

 息遣いがわかるほどの距離で、ため息のようにロージーは呟いた。

「レイザー、私幸せよ」

「……ああ、僕もだ」



『二通りの幸福』了

 書き終わってから気付いたけど、ドラマ『リベンジ/Revenge』だこれ!


 どこがトリガーハッピーなんだよって感じですか。お題には逆らいたくなるんですよねぇ、天の邪鬼だから。

 えー、デリンジャーは通常、ご婦人の握力では撃鉄びくともしないらしいですが、きっと特別に軽く調整されてたんでしょう。懐に入れてて暴発の危険性があるから重くしてるだけで、やろうと思えば出来るはず。たぶん。

 果てしなくどうでもいいけど、二人の名前はゲーミングマウスから取った。レイザー・ノストロモはまんまRazer Nostromo。ロゼッタ・クルー→ロージー・クルー→ロジ・クルー→ロジクール。

 しかしまあ、その予定もないのに、執筆に当たって教会式結婚やら聖堂の名称やら無闇矢鱈に調べてしまった……グーグルの中の人が見たら、「こいつもうすぐ結婚するだな」って誤解されてしまうわ。くそ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ