ホームステイアットフューチャー
夜空に一つの打ち上げ花火が開いた。辺りに轟音を撒き散らし、その一瞬の輝きを大衆に見せつけて消えていく。打ち上がっては消え、また打ち上がっては消えの繰返しが、今年の猛暑到来がすぐそこまで迫っていることを予感させていた。
少年と少女はただそれを見上げている。浴衣姿の二人は草生い茂る丘の中腹に腰を落ち着け、まだ少し早い花火を堪能していた。少女は瞳を輝かせながら、そっと呟く。
「綺麗だね」
少女の特徴的な幼い声が、少年の心をくすぐる。少年は照れ隠しに頬を掻いた。二人で初めて来た花火大会だったけど、喜んで貰えたようで何よりだ。浴衣を新調した甲斐があった。
「未来には花火が無いのか?」
少年は場を持たせようと素朴な疑問を彼女に投げかけた。しかし少女は苦い顔で、可愛らしい下駄の鼻緒を弄る。
「そういう質問には答えられないって言ったじゃない」
少女はふて腐れたような口調で答えた。うーん、この質問は拙かったか。未来から来た彼女には様々な規制がある。例えば今のように未来に関する具体的な質問には答えられないし、それを俺が悟ってしまうことも禁止されている。現代ではそのようなことが強要されていた。
「すまん……そうだったな」
「答えられなくてごめんね」
二人は気まずそうに俯く。花火の轟音が数発鳴った後、少女は浴衣の裾をはためかせながら上半身を捻って少年の方を向いた。
「今日はありがと。花火、綺麗だね」
少女は先程とは打って変わって、跳ねるような抑揚のある声で言った。そのとても楽しそうな声に、少年は表情を暗いものから微笑みへと変えた。
「こんなんだったらいつでも連れて来てやるよ」
少年は冗談めかして言い切った。でも、それは叶わぬだろうことは少年自身分かっている。未来から来た人間が現代にいつまでも居るわけがない。増してや、ホームステイという形で我が家に来た彼女が、帰らないなどということは有り得ないだろう。だがそんな先のことを気にしても仕方ない。今大切なのは、この夏を如何に楽しむかということだ。もちろんのこと、この可愛い元気っ娘と一緒に。
「ほんと!? 約束だからね?」
少女は少年の言葉に大きく反応し、茶色の瞳を輝かせながら少年の方に前のめりになる。少年は動揺する気持ちを抑えつつ、首を縦に振った。少女はその答えに屈託無い笑顔で答える。そして二人は再び空を眺め始めた。
空には未だ火花が大輪を咲かせている。ドン、ドンと爆音を伴って花開く。まわりのカップルはそんなことに構わず二人の時間を過ごしていたが、少年と少女はただ花火を見つめていた。花火の光が時折少女を照らし、その日焼けした黒っぽい肌を明らかにする。その表情は嬉々としていて、それはまるで本当の子供のようだった。少年は自分達がカップルに見られていないかどうかが気になったが、少女の顔を見るとどうでも良くなった。また、二人で見ような。そんな言葉を胸に秘めて、少年は花火に魅入られていた。
少女はそんな少年を横目で見て、呟いた。
「また来ようね、パパ」