いよいよ異世界デビュー
4話
妖精族の街
(完全にアウェイだなぁ……)
異世界への第一歩を踏み出した途端、武装したエルフ達に囲まれ、いま正に『公開審議』といった様子のこの状況は、まあ予想の範疇だな。状況からして、この世界においても人間はあまり好かれていないようだ。
(いきなり攻撃されたりしないだけ、有り難い。あと樹里と美優の存在が大きいな)
私の両脇にピッタリとくっ付いている2人は、私が仲間であることと異世界からの渡来人であることを説明した上で、この街での滞在許可を求めてくれた。
目の前には、街の責任者らしい壮年期の男性エルフがこちらの話を聞きながら、私の様子を観察している。
如何にも厄介ごとを押し付けられた…と言わんばかりな様子を隠しもしない。
「…状況はわかった。だが、その男の滞在は街の決まりに従ってもらおう」
「ありがとうございます。加えて、大変厚かましいとは思いますがお願いを聞き入れてはもらえないでしょうか?」
樹里と美優の処遇さえしっかりしていれば、私はまあ野宿でも何でもいい。
「自分達は、この世界について何も知りません。生活様式も何もかもです。この2人は自分たちがいた世界には存在しない種族です。」
こんも世界にきた理由、今の状況と共に、この世界で生きて行くための最低限の事を教えて貰いたいとお思い切って伝えると、街を代表するエルフの長は暫くじっと目を閉じて考えこんでから応えた。
「解った。…まずは生活に慣れるところから始めた方が良かろう。まずは7日、街での生活を体験してみる事だ。」
◆◆◆◆◆◆◆◆
「…ここを自由に使うといい。数年前に街を出たドワーフが使っていた物だが、時々手をいれていたから問題はないはずだ。」
案内されたのは、集落を少し離れた場所に佇む一軒家。建物自体は古さが見られるものの、手入れは行き届いている。
キッチンダイニングと作業スペース、中二階のようなロフトスペースはどうやら寝室らしい。嬉しいことに奥にはしっかりとした浴室があった。以前の持ち主は生産系スキルの金属加工を生業にしていたらしく、住居と隣り合わせでちょってした倉庫や炉もある。
「ありがとうございます。十分過ぎる住まいです。遠慮なく使わせてもらいます。」
「希望していた狩りの指導は10日後だ。おれがひと通りの事はおしえられるとおもう。詳しくはその時に話そう。それまでは近くの森を散策するなり、決まりに反せずにいれば、自由にすればいい。」
男はそう言って、もときた道を帰っていった。
【村の決まり】によれば、
・未婚、既婚を問わず村の女性との過度な接触は避ける
・基本的に出入りは自由だが、街の外での責任は自己責任原則
・夜間の外出は許可が必要
の3つで、規則違反者は処罰対象となる。特例として、樹里と美優とは今まで通り自由に会えるそうなので特に問題はない。ただ住まいは別になった。
「それじゃあ、まずは片付けから始めようか」
抱えていた布団を日当たりの良い塀の上に広げたら、鍵を開けて中に入るとすぐ掃除に取り掛かった。
手を入れてあったというだけに、簡単な掃除でとりあえず生活できるようになった。
「おし、あとは追い追い生活に必要なものを揃えていくとして…、食料の調達を兼ねて散策に行くか。」
神様から貰った剣を腰に、アイテムポーチを持つと家を出た。
改めて街の様子を観察すると、商店や武器や装備のお店、定食屋などが並んでいた。
見慣れぬ黒髪の人間を珍しそうに見ている者もすこしはいる様だが、街の様子は普段どうりのようだ。
街を出て、目の前に広がるのは豊かな森林。奥へ行けばいくほど深くなる森。
鳥のさえずり、小動物の声も 遠くに聞こえる。
日本にはない、でも祖父たちと歩いた田舎の山にもどこか似ている。
「そう言えば、神様がくれた恩恵で何か役に立つものは無いのか?そもそも何が使えるんだろうか…。」
使い方もわからんぞ…と、思った途端。まるでゲームの様に、頭に浮かぶ一覧表示に驚く。アイテム、スキルと見慣れた文字が並んでいる。
「いろいろとあるみたいだなぁ…。とりあえず、使えそうなのはっと…」
鑑定・検索をチョイスしてみる。すると、足元に何かあるとわかる。目を向ければ、ほうれん草のような草がまとまって生えている。大きな葉っぱ一枚を手に取り【鑑定】に意識を向けると、《ヨウサ…薬草、滋養強壮、疲労回復、そのまま煎じる・初級ポーションの材料として使う》と、頭に浮かぶ。
意識を広くし、周囲を見渡すとあちらこちらに薬草があるのが分かる。他にもたんぽぽのような草にも《ポポン…薬草、毒消し、吐き気どめ》、ヨモギに似た草は《モタナ…薬草、腹痛、下痢止めほか》とあちらこちらに薬草が自生していた。元の世界と同じような植生で、しかも効能も同じようだ。
目についたものを少しづつ採取して、カバンへ収納していく。ほかに食用と鑑定された木の実やキノコが次々と視界にはいってきた。普段から、祖父母と共に山に入り、山菜採りやタケノコ掘りをしてきた経験があったことを感謝した。
これで、今夜の食事は何とかなりそうだ。
幾ら詰め込んでも重さをかんじないばかりか、大きさにも変化が見られないこのアイテムは本当にいい仕事をしている。
何とか数日分の食材(山の幸)も採取できたし、そろそろウチに帰ろうとおもいきた道を戻る途中。
《はあぁ、どないしよ?…やっぱり、取れんなぁ。》
(なんか、随分とおっとりした声だなあ。関西弁…ってか、京訛り?)
道から少し離れた繁みから聞こえてくる、おそらく独り言。危機感は感じられないが、困っている様子が伝わってくる。
そっと繁みをのぞけば、なにやら蜘蛛の巣に何かが絡まっているようだ。
キラキラと淡い光をまとい、背中には2対の透き通る羽を持つ小さな妖精…のオッサン。
「シュールだなぁ〜、オッさんの妖精かあ…。おい、助けはいるか?」
また一つ、フラグが立った。