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ずっと俺には疑問だった。
突如として現実世界に現れた不可解な存在、ゆっくり。
こいつらは一体なんなんだ。
中身に詰まっているのは餡子のみ。
他のどの生態系にも類を見ない不可思議な機構で動いている。
小麦粉と甘味でほとんどが構成されたその肉体はひどくもろく、衝撃や苦痛でたやすく餡子を漏らして死ぬ。
なにより不可解なのはその知能だ。
言語を話す、という時点で他の動物とは比較にならないほど知能は高い。
ところがその行動は単細胞生物のそれで、
思考力や学習能力にひどく乏しく、目先のゆっくりしか目に入らず、
野生動物なら最低限あってしかるべきはずの危機管理能力が決定的に欠けている。
おそろしく弱いくせに自信に満ち溢れ、無謀なことばかり繰り返す。
こんな生物は、生態系としては下の下で、
とっくの昔に絶滅していておかしくないはずなのだが、
並はずれた性欲に支えられた繁殖力、ただそれだけを武器に、
ゴキブリ以上のしぶとさで地球にしがみついている。
俺にはわからなかった。
大学で少々生物学をかじった身として、
ゆっくりの生物としての整合性が理解できなかったのだ。
性欲以外のほぼすべての特徴が、生物としてマイナス要素しかない。
なぜ、そんな生き物が生まれてきたのだろうか。
生物に意味などあるはずはない。
しかしどの生物も、進化の過程を経て、
思わず感心してしまうほどの適合力を見せて、自らの生活圏とぴったりと結合している。
しかし、ゆっくりは見たところ、どの生活圏にも結合していない。
森に繁殖すれば、たちまちそこの食物を食べつくしてしまう。
町に住めば、人間どもに追われ、迫害されている。
こいつらはなんのために生きているのだろう。
どんなゆっくりプレイスも、例外なく破綻する。
生まれては死に、繁殖しては滅び、流れるようにあちらこちらをさまよう。
こいつらが生物としてぴったりとはまり、安定していられるのはどういう環境なのだろうか。
翌日から、俺はそれまでの鬱憤を晴らすかのように勉学に打ち込んだ。
もともと勉強好きな俺は、遅れを取り戻すべく、大学でも自宅でも猛烈に並び、
一時落ちていた成績を再び大学トップクラスにまで戻した。
同時に、就職活動も行った。
有名大学で優秀な成績を収める俺にとって、そう難しいことではなかった。
だが、結局は長浜氏の強い勧めで、長浜グループ関連の建築会社に内定が決まった。
コネを使うことになってしまったが、実力的にも不足はない。
在学中に結婚までしてしまった。
長浜氏の願いで、俺が婿養子として迎えられることになった。
由美は一人っ子だし、家柄を考えれば無理もないか。
順風満帆だった。
我ながらなんというシンデレラボーイ。
あの地獄に堪えた報酬は、十分見合ったものだった。
だが、そんな地位や収入などよりも、
俺は何より、由美との結婚生活が楽しみだった。
愛する妻、子供、ピクニックやキャッチボール。
陳腐だが愛にあふれた家庭生活を想像するだけで、俺はすでに幸福の絶頂にいた。
俺は長浜氏の邸宅に一時的に住んでいた。
就職するまでは、という長浜氏の強い勧めだった。
あの人はなんだかんだで、いろいろと強引に勧めてくる。
一人ではしゃいでいる祖父に比べ、
由美の両親のほうは少々ぎこちなかったが、おいおい打ち解けていけるだろう。
「おにいさん、ゆっくりしていってね!!」
「ごはんのじかんになったらあまあまをおねがいね!!」
長浜氏の邸宅には、ゆっくりが大量にいた。
れいむ種、まりさ種、ありす種、ぱちゅりー種、ちぇん種やみょん種などレアなものも。
正直うざったかったが、あのゲスどもに比べれば天地の差。
これだけしつけが行き届いていれば問題なく付き合っていけそうだ。
問題のゲス共は、ひどいものだった。
ここに連れてこられてすぐに個室に移されたが、
しつけをしようとしても全く言うことを聞かない。
人間は自分たちの奴隷だ、黙って言うことを聞け、あまあまをもってこいの一点張りで、
そればかりか嬉々として嫌がらせをしてくる。
少々強く言うと、ものすごい剣幕で火がついたように暴れまわった。
長浜氏の知人である有名ゆっくりブリーダーに見てもらったが、これはダメだろうとのことだった。
「ここまでつけ上がったゆっくりは、多分もう無理だと思います。
人間をなめているばかりか、明確な悪意を向けてきている。
しつけるにしても、ものすごく強烈なやり方でないと。
もしかしたら死んでしまうかもしれませんよ」
さすがにそこまですることもない、という長浜氏や由美の意見で、
結局このゆっくり共は、郊外に外出する時以外は個室から出さずに寿命まで勝手にやらせることにした。
といっても、こいつらは外出することはあまりないが。
「しかし、よくもまあここまでつけ上がらせましたね。びっくりしました。
ここまでの個体は初めて見たかもしれません。
逆にゆっくりブリーダー向きかもしれませんよ、あなた」
俺はそう言われたが、勘弁してくださいと首を振った。
そんなゲスどもを、由美は相変わらず面倒を見ている。
長浜邸では、家族だけでなく使用人も大勢のゆっくり共の面倒を見ているが、
あのゲスは使用人でさえ関わりたがらず、結果としてほとんど由美が面倒を見ることになった。
結局相変わらず甘やかしているようだ。
「おねえさんはゆっくりしないでおうたをうたってね!!」
「きたないうたなんだぜ!!ゆっくりできないからとっととやめるんだぜぇ!!」
「げらげらげらげら!!」