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いつもどおり、僕は鶯と一緒に登校した。
ラナンさんに言われて頑張ろうとは思ったものの、いったいなにをどう頑張っていいのやら。
結局、僕は普段と変わらず、鶯が次から次へと話す言葉に相づちを打つ程度で、三十分以上の通学時間を終えてしまった。
昇降口で鶯と別れ、代わりに同じ時間に登校してくることの多い紫輝と合流、教室へと向かう。
教室に向かうあいだも教室に着いてからも、僕は紫輝に鶯とのことをからかわれ続けた。
どうして僕ばっかり、からかわれなくちゃならないんだ。
一時間目の授業のあいだ中、ずっとそう考えていた僕。休み時間になったら、反撃に打って出てみようと決意する。
「染衣、今日は愛しの鶯嬢、お前に会いに来るかな?」
「……紫輝、その鶯嬢って言い方は、ちょっと違うと思う……。って、そうじゃなくて!」
いきなり決意を打ち砕かれそうになりつつも、僕は果敢に攻めに転じる。
「紫輝は好きな子いないの?」
「ん?」
突然の質問攻撃に、紫輝は一瞬怯んだものの、
「まぁ……いるぞ」
微かに頬を染めながら、素直にそう答えた。
「お……おお~、そうなんだ」
まさか、こんなにあっさりと認めるとは思っていなかったため、僕のほうが言葉に詰まってしまう。
だけどここで引いてしまったら、いつもみたいにからかい攻撃が始まってしまうだけだ。意を決して、攻めの姿勢を保つ。
「へぇ~、誰? 同じクラスの子?」
「いや、別のクラスだ」
「ほうほう。それで、どんな子なの?」
「え~っとだな、なんて言えばいいか……」
紫輝は照れながらも、僕の質問攻めに次々と答えてくれた。
恥ずかしいけど聞いてもらいたい、そんな思いもあったのだろう。
と、そのとき。
教室の前側のドアが開け放たれ、このクラスの生徒ではないのに見慣れた姿が目に入る。
あちゃ~、鶯が来ちゃったか。
せっかく紫輝から好きな子の話を聞き出して、優位に立っている状況だったのに。
これで一気に形勢逆転、僕がからかわれるいつものパターンになっちゃうよ。
ため息まじりの吐息をこぼす僕だったけど、考えていたような展開にはならなかった。
鶯は一旦、チラリと視線をこっちに向けた。
だけど、いつもなら大声で僕の名前を呼んで駆け寄ってくるような場面であるにもかかわらず、すぐに目を逸らし、教室の片隅、別の生徒が座っている席へと歩いていった。
そしてその鶯に続いてもうひとり、遠慮気味に教室に入ってきた女子生徒がいた。
鶯とは違って、他人のクラスに入るのを躊躇している様子がうかがえる。
「……あの子だ」
紫輝がつぶやく。一瞬僕は、なんのことかわからなかった。
でも、さっきよりも目に見えて顔を赤く染めている紫輝の視線の先は、確実に鶯の後ろを歩いてくる女子生徒を捉えていて。
「あっ、好きな子、ってことか」
「……ああ」
周囲に聞こえないよう小声で尋ねると、素直な肯定が返ってきた。
「笹百合萌香さん。梅原さんと同じクラスで、梅原さんと同じ文芸部に所属してる」
「へぇ~、別のクラスの子なのに、よく知ってるんだね」
「まぁ、同じ中学出身だし」
「そっか……。それじゃあ、もしかしてその頃から好きなの?」
「……ま、まぁな」
紫輝が真っ赤になって答える。
そうなのか。ああいう子がタイプだったのか、紫輝って。
じっくりと観察してみる。
どうやら鶯と笹百合さんが向かったのは、このクラスにいる文芸部員の女子生徒の席。文芸部関連の連絡事項を伝えに来たといったところなのだろう。
鶯がひとりで来なかったということは、笹百合さんが伝言を頼まれたけど、ひとりで来るのは恥ずかしいから、同じクラスの鶯に一緒に来てもらったと考えられる。
そうすると、少々引っ込み思案な部分のある、おとなしい性格の女の子なのかもしれない。
……だとすると、鶯とは正反対だな。
見た目は、可愛いと綺麗とを足して二で割ったような雰囲気。高校一年生としては、ちょっと大人びた印象だろうか。
他人のクラスに入って不安そうではあるけど、それでも落ち着いた物腰で上品に振舞っているように思えた。
……これも、鶯とは正反対だ。
ツヤツヤした綺麗な黒髪をポニーテールにしているのも特徴的で、髪を留めているリボンが大きいのも、大人びた雰囲気とのギャップがあって好印象。
さらに目を惹くのが、冬服の制服の上からでもはっきりとわかるほどボリュームのある胸の膨らみだった。
紫輝はべつにそこが好きというわけではないのだろうけど、男としてはどうしても目が奪われてしまう。
衣替えして夏服になったら、果たしてどれだけ男子生徒の視線を釘づけにするのだろうか。
もっとも、好きな女の子がそういった好奇の目にさらされてしまうのは、少々嫌な気もするけど。
なんというか、あらゆる意味で鶯とは正反対の女の子のようだ。
……胸のサイズも含めて。
そうやって観察していると、鶯と笹百合さんは用事を済ませたのか、教卓の前を横切り出口となるドアへと歩き始めた。
やっぱり僕の視線には気づいていたようで、鶯はこっちに向かって大きく手を振る。僕も小さく手を振って応えた。
名前を呼んだり近寄ってきたりしなかったのは、一緒にいる笹百合さんに気を遣ったからだろう。
僕に対してはいつでも無遠慮な鶯だけど、意外に気遣いのできる女の子でもあるのだ。
……だったら僕にも気を遣ってよ、と思わなくはないけど。
鶯に続いて笹百合さんもドアまで歩き、軽く会釈を残して、ふたりの女子生徒は僕たちの教室から去っていった。