表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
KOIBANA  作者: 沙φ亜竜
2.恋の花を育てましょう
6/44

-2-

「よっ!」

「わっ!」


 下駄箱から上履きを取り出していると、背後から突然声をかけられた。

 僕の下駄箱は一番下の段にあるから屈んでいる状態。その上、声をかけられると同時に背中にもトンと手を置かれた僕。

 自然と重心が前にずれ、危うく頭頂部で下駄箱に頭突きを食らわせるところだった。


「ちょっと、脅かさないでよ!」

「お~、悪い悪い!」


 どうにか体勢を保ち、立ち上がって文句をぶつける僕に対して、全然悪いと思っていなさそうなヘラヘラ顔を向けてきているのは、クラスメイトの藤柳紫輝(ふじやなぎむらさき)だった。


 かなり垂れ目なのが気になるところではあるけど、背も高めで若干長さのある髪も似合っている。

 カッコつけようとしても、垂れ目のせいかはたまた別の要因かいまいち決まらないのも、なんとなく好感が持てる部分なのかもしれない。

 高校に入ってから知り合った友人だけど、今ではなんの気兼ねもなく話せる親しい友達となっている。


「しっかし、仲いいよな、お前ら」

「え……?」


 一瞬なんのことかわからなかったけど。

 どうやら鶯とのことを言っているようだ。

 毎朝一緒に登校して昇降口の前までお喋りしながら来ているわけだし、クラスメイトなんかにも見られているのは当然か。


「うん。まぁ、幼馴染みだしね」


 僕は落ち着いて答える。

 べつにやましいことがあるわけでもない。紛れもない事実なのだから。

 だけど紫輝は、さらに突っ込んだ質問をぶつけてくる。


「で、どこまで行ってるんだ?」

「え?」

「キスくらいはしたんだろ?」

「ええっ!? そ、そんなこと……!」


 耳に顔を寄せて囁くように投げかけられた問いかけに、落ち着き払って答えていたさっきまでの自分はどこへやら、僕の顔は一瞬で赤く染まる。


「お前、好きなんだろ?」

「べべべべべつに僕は……」

「隠すなって」

「…………うん」


 おそらく、ごまかしても無駄だろう。

 観念した僕は、うつむいて真っ赤な顔をなるべく隠しながら、素直に頷いた。


「梅原さんだっけ? 噂では、ちょっと変わった子らしいな」

「ちょっとじゃないけどね」


 本人に聞かれたら殴られるかもしれない。


「でも、可愛いのは確かだよな」

「……うん」


 チクッ。

 なんだか一瞬心が痛むような、そんな感覚。


「今日はカブトムシのヘアピンをつけてたよな。日によって替えてるみたいだけど。あの子、虫が好きなのか?」

「……うん」


 チクチクッ。

 どうして紫輝は、別のクラスの鶯のことをそこまで知っているのだろう。


「ちょっと大きめの口も、チャーミングといえばチャーミングだよな。天パっぽい髪の毛も悪くないし。たまに寝グセがついたままなのは、女の子としてどうかと思うけど」

「……うん」


 随分と詳しく観察しているみたいだ。

 もしかして紫輝、鶯のこと……。

 チクチクチクッ。

 心がどんどん痛みを増す。


 ただ、それ以上大きなものにはならなかった。

 というよりも、その痛みは一瞬で引くことになる。


「……お前の考えてること、当ててやろうか?」

「え?」

「俺が梅原さんのことを好きなんじゃないか。そんな感じだろ?」

「…………」


 思いっきり図星を指され、僕は言葉を失う。


「安心しろ。お前をちょっとからかっただけだよ。俺は梅原さんのことなんて、なんとも思ってない」

「紫輝……」

「だいたいあんな変わり者、好きになんてならないって!」

「そ、それはひどいと思う……」

「あ~、悪い悪い。お前はその変わり者を好きなんだもんな!」

「いいだろ、べつに! それに、そんな大声で言うなよ。誰かに聞かれたら……」


 テンパってそれどころではなかったけど、僕は今さらながらに周囲をキョロキョロと確認する。

 幸いなことに、近くには誰も知り合いはいないようだった。


「そうだな、悪かった。でもま、頑張れよ。俺も応援するから」

「……うん、ありがとう」


 ポンポンと肩を叩かれた僕の心には、もう痛みなんてまったく残っていなかった。

 それどころか、温かな安らぎによって満たされているようにすら感じられた。



 ☆☆☆☆☆



 二時間目が終わったあとの休み時間。


「お~い、染衣~!」


 不意に、教室の前側のドア付近から名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 顔を上げてみると、それは鶯だった。


「ごめ~ん、現国の教科書忘れちゃってさ~。今日、あったよね? 貸して~!」

「うん、わかった」


 机の中から現代国語の教科書を取り出した僕は、素早く立ち上がり鶯のもとへ向かう。


「まったく。忘れっぽいんだから」

「にへへ、面目ない」


 鶯はペロッと舌を出しながら、僕の差し出した教科書を受け取る。

 と、そのとき。

 僕の背中になにかがぶつかってきた。


「わっ!?」


 背中に衝撃を受けた僕は、自然と前に飛ばされる。すなわち、鶯の立っている方向へ。


「え……? きゃっ!」


 僕は両手を伸ばし、どうにか倒れそうな体を支えようとする。

 とっさの場合、無意識に手近なものにつかまって体を支えてしまうもの。

 僕の両手が伸ばされた先は、鶯の両肩だった。


 勢いがついていたため、鶯の肩をつかんだだけでは止まりきれず、僕の体は鶯の体にぶつかってようやく止まった。

 ふわっと、鶯の匂いが呼吸を通じて僕の鼻腔をくすぐる。

 そばに立っているだけでも感じる、鶯のちょっと変わった、鼻にツンと来るような匂い。それが今は、何十倍にも強く感じられた。


 目の前には、鶯の髪の毛が揺れていた。思わず何度も息を吸い込んで、鶯の匂いを嗅いでしまう。

 ちょっと変わってはいるけど、僕の好きな鶯の匂い。

 鶯以外からは感じたことのない、独特な匂い……。


 頭がぼーっとしてくる。

 勢い余った僕の体は今、完全に鶯の体と密着した状態で止まっている。それでも胸の膨らみがまったく感じられないのは、鶯の胸のサイズがAAAだからに他ならない。

 普段の会話の中で本人がさらっと言っていたのだけど、いくら幼馴染みだからって男性の僕にそんな話をしなくても、と思ったものだ。


 そんな鶯の胸と僕の胸の辺りが、ぺったりとくっついている。

 だから僕の目の前に揺らめく髪の毛は、鶯の側頭部にあたる部分で……。

 抱きしめ合っている、というほどではないにしても、ほとんどそれに近いような状態だった。


「お~、染衣、悪い悪い!」


 背後からかけられた謝罪の声に、はっと我に返り、僕はすぐに顔を離す。


「あ……。ごめん、鶯」

「う、うん。平気……」


 密着していた胴体も離れてはいたけど、両肩をつかんでいた手はそのまま。微かに赤く染まった鶯の顔は、僕のすぐ目の前にあって……。

 恥ずかしさのあまり、秒速百メートルで顔をそむける。

 続けて、背後にたたずむ先ほどの謝罪の主に向かって怒鳴り声をぶつけた。


「紫輝、お前な~! 危ないだろ~!?」

「悪かったって。ま、怪我がなくてよかったよな」

「それはそうだけどさ~!」


 謝っているはずなのに、なんだかヘラヘラと笑っている紫輝と、言い争いが始まる。

 すると、


「あっ、あたし、教室に戻るね! 染衣、教科書ありがとう!」


 慌てた様子で肩をつかんでいた僕の腕からすり抜け、鶯は急ぎ足で廊下を走っていってしまった。


「ふむ。これは、脈あり……かな?」

「なっ……!? お前、もしかして、さっきの、わざとか!?」


 僕はつかみかからんばかりの勢いで、というか実際につかみかかりながら、文句の言葉を吐き出す。


「怒るなって。応援するって言っただろ? それに、嫌じゃなかったよな?」


 平然とそう言ってのける紫輝。


「そ……そりゃあ、嫌じゃないけど」

「まぁ、もっとこう、思いっきり抱きしめ合うとか、肩なんかじゃなくて胸をつかんでしまうとか、勢い余って押し倒してしまうとか、偶然を装ってキスしてしまうとか、そんな展開を期待してたんだけどな」

「そ、そんなこと、しないよ!」

「いやいや、事故で偶然なんだから、どうなるかはわからないだろ? それに、そういうこと、したくなかったのか?」

「べ、べつに僕は……。だいたい、鶯は単なる幼馴染みだし。向こうは僕のことなんて、なんとも思ってないよ……」

「そうでもないと思うけどな、俺は。……ま、いいや。そろそろ席に着いとくか」

「うん……」


 小さく返事をした途端、僕の心を落ち着かせるかのように、チャイムの音が鳴り響いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ