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KOIBANA  作者: 沙φ亜竜
2.恋の花を育てましょう
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-1-

 県立紫陽花(あじさい)高等学校。

 それが僕の通っている高校。そして、鶯の通っている高校でもある。


 家が隣同士で通っている学校も同じ同学年の僕と鶯だから、当然のように朝は一緒に登校している。

 まず駅まで徒歩十分ほど、そこから電車で十五分くらい、さらに駅から歩いて十分弱。

 電車の待ち時間や歩く速度にもよるけど、合計三十分以上は確実にかかる計算になる。


 その時間、鶯は僕にいろいろと話しかけてくる。

 周りに人がいようとお構いなしなのは、鶯だから仕方ないだろうけど。

 ただその内容は、かなりおかしな方向性である場合が多く、周囲から白い目で見られたりヒソヒソ声を向けられたりといったことも少なくない。


 今日の話題はどうだったのかというと……。


「やっぱり人間は、もっとカブトムシやクワガタに対して敬意を払うべきだと思うの! 人間なんかよりカブトムシやクワガタのほうが高尚なのは、火を見るより明らかなんだから!」


 駅へと向かって静かに歩いていたと思ったら、いきなりそんな言葉を、しかも結構な大声で叫び始めた。

 いつものことだとはいえ、なかなか素っ頓狂な話だ。

 まだ家からあまり離れていない道端、住宅街ではあるけど人通りの激しくない場所だったから、さほど問題にはならなかったけど。

 通勤通学の人が大勢行き交う駅に着いてからも、さらには電車に乗ってからも、鶯の話は続いた。


 僕は基本的に相づちを打ちながら黙って聞くことに徹しているのだけど、鶯は時おり僕に質問を投げかけてくるため、どんなに興味のない話題だったとしてもしっかりと聞いておく必要がある。

 もし聞いていなかったとバレたら、最悪の場合、周囲に人がいようとも馬乗りになって殴ってくるからだ。(過去に何度か経験あり)

 さすがに視線が痛すぎて恥ずかしい思いをしたし、僕はなるべく同じ失敗は繰り返さないように注意している。

 ……もちろん、注意していても失敗してしまったことがあるからこそ、一回ではなく何度か馬乗り殴りを食らう羽目になったわけだけど。


 それはともかく、カブトムシやクワガタ……。

 虫好きで、その二種類に関してはとくに興味をそそられている鶯にしてみたら、話題にするのが当たり前とも言える対象なのだろうけど。

 女子高生の会話に出てくる単語としては、どうしても似つかわしくないと思うのが、ごく一般的な意見だと言えるはずだ。

 そんなわけで、奇異の目で見られるのも至極当然というもので。


「政府はカブトムシ・クワガタ類憐れみの令を制定すべきなのよ! 今すぐにでも!」


 ……いや、奇異の目で見られる理由は、カブトムシとクワガタの話題だからだけではなく、もっと他のところにもありそうだ。


「染衣も、そう思うでしょ?」

「え……? いや、どうかな……」

「どうかな、じゃないの! カブやんとクワっちは、人間なんかよりもずっと高貴な立場にあるんだから! みんな、ひれ伏すべきなの!」

「カブやんとクワっちの二匹だけの話? それに、だったら鶯も、カブやんとクワっちにひれ伏してるっていうの?」

「あたしは特別だからいいの! でも染衣はちゃんとひれ伏すのよ? 今度うちに来るときは、献上品も持ってくること!」

「……カブやんとクワっちに?」

「もちろん、あたしにもね!」

「鶯は関係ないんじゃ……」

「なに言ってんの? アリアリ、大アリ! 大アリクイよ!」

「そっちこそなに言って……」

「返事はハイ! それ以外は認めないわ!」

「……はいはい」

「ハイは一回!」

「……はい」

「よろしい!」


 勝ち誇ったように両腕を組んで満足そうな笑顔をこぼす鶯。

 果たして僕は、いくら相手が好意を抱いている女の子だからって、こんな扱いを受けていていいのだろうか。

 人生に関わるような自問が頭の中で駆け巡るあいだに、電車は目的地の駅に到着した。



 ☆☆☆☆☆



 学校の最寄り駅に着いてからも、徒歩の時間がある。その道中も、鶯はぴーちくぱーちく、いろいろと喋りかけてくる。

 よくもまぁ、毎日のように喋っているというのに、こんなに話題が尽きないものだと感心してしまうけど。


「ところで、大アリクイってね――」


 鶯の場合、話題の内容が変わっているのが、やっぱり難点だよなぁ……。

 僕はそんなことを考えながら、ひたすら相づちを打つ。


 やがて、紫陽花高校の校舎が見えてくる頃には、同じ制服を着た学生たちの姿が周囲に列を成すことになるのだけど。

 当然ながら、鶯の口が止まるわけもない。

 クラスが違うため、下駄箱の位置は別々。教室のある棟も第一棟と第二棟で分かれているから、昇降口に入るまでが、僕と鶯、ふたりの時間となる。


「んじゃ、またね~!」


 両手をぶんぶんと振って大声で言う鶯に、


「うん、またね」


 と素直に応え、朝の恒例行事は終了と相成った。

 いきなり都会から樹海の奥地にでもワープしたかのように静まり返った印象を受けてしまう。

 もっとも、耳の奥には鶯の高めの声が残り、しばらくは耳鳴りが止まらないのだけど。


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