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KOIBANA  作者: 沙φ亜竜
1.恋の花を咲かせましょう
4/44

-4-

「おにぃ、お帰り。遅かったね」


 僕が家に戻ると、好野が出迎えてくれた。

 といっても、玄関で待っていたというわけではなく、たまたま二階の自分の部屋に上がろうとしたタイミングで僕が帰ってきただけのようだけど。

 好野は、玄関前の廊下からすぐの場所にある階段の手すりをつかみ、顔だけこちらに向ける格好で声をかけてきていた。


「ただいま」

「その本、借りてきたの?」

「うん。面白いからって、貸してくれた」


 僕は本の表紙を好野のほうに向ける。


「ぶっ、なにそれ! さっすが鶯ちゃん、相変わらず変な趣味~!」


 少々失礼なことを言いながら、大笑いし始める好野。

 だけどそこで、僕の様子がおかしなことに気づいたようだ。


「あれ? おにぃ、どうしたの?」


 好野が心配そうな声で尋ねてくる。


「いや、どうもしないよ」


 そう答えながらも、僕の声の調子はテンションの低さを完全に反映していた。


「そう……? あっ、夕飯できてるから、食べちゃいなよ、冷めてるけど。今のおにぃのテンションにはピッタリかもね」

「はは……」

「ま、いいや。よしのはお風呂にでも入ろうかな。おにぃ、のぞかないでね?」

「のぞくか、バカ!」

「あはは! いつものおにぃに戻ったかな?」

「まったく、お前は……」


 さすがに長年家族をやっているだけあるな。

 沈んでいた僕の心も、ふっと軽くなった感じがした。


 ありがとう。

 そんな言葉をかける必要もないだろう。好野にとっては、家族として当然の行動でしかないからだ。

 もっとも、すでに好野はトタトタと音を立てて階段を上がってしまったあとだったのだけど。


「あっ、おにぃ、今よしののパンツ見たりしなかった~?」

「そんなの見るか!」

「あはは! ほら、早く夕飯食べちゃいな!」

「はいはい」


 階段の上から響く声だけの妹と会話を交わし、僕はダイニングキッチンへと入る。そこには、僕の夕飯がしっかりと用意してあった。

 好野の話と違うのは、夕飯が冷めてなんていないことだ。

 テーブルの上のご飯もおかずも、白い湯気をもくもくと立ち昇らせている。


 僕が帰ってきてから急いで電子レンジで温めた、というわけではない。帰宅時間を大方予想し、それに合わせて用意してくれたのだろう。

 玄関が開いたことに気づいてからテーブルに並べられたのだとは思うけど、好野が僕と会話して見事に足止めしていたということか。


「冷めないうちに食べちゃいなさいね」

「うん、いただきます」


 洗い物をしているお母さんから声がかかり、僕は夕飯を食べ始めた。

 ラジカセからはいつもどおり古い歌が流れてきている。

 そしてお母さんは気持ちよさそうに鼻歌を開始。僕が聞いていようとも、まったく気にする気配がない。


 なにかテレビでも見ようかと思ったけど、音も聞こえづらいだろうし、今日はお母さんの鼻歌をBGMにしておこうかな。

 ……こんなことをしているから、古い歌が脳に染みつくのかもしれないけど……。



 ☆☆☆☆☆



 夕飯を食べ終えて、食器を流し台まで運び、僕は二階にある自分の部屋へと戻った。

 普段なら食後はリビングへと移動し、好野や洗い物を終えたお母さんと一緒になってテレビを見たりしながらゆっくりとくつろぐのだけど。

 今日はそんな気分でもなかった。

 好野のおかげで少しは気分が晴れたものの、沈みがちになっていた原因が取り除かれたわけではないからだ。


 椅子に座り、勉強机に両ひじをついて考える。


 鶯は、僕のことをなんとも思ってないのかな……?


 幼馴染みでずっと一緒に育ってきた女の子、鶯。

 もちろん、小さい頃は意識することもなく、一緒になって遊び回っていた。

 妹の好野も一緒に遊ぶことが多かったからか、今では好野も鶯ちゃんと呼んでお姉さんのように慕っている。

 鶯は昔から少々変わっていて、それも刺激になって楽しかったのだけど。


 いつからか、僕は鶯のことを意識するようになっていた。


 実際、鶯は見た目も悪くないと思う。

 ちょっと口が大きすぎるかもしれないけど、大きなくりくりの瞳は真ん丸で、見つめられると吸い込まれそうなほど。

 天然パーマ気味な栗色の髪の毛も、なかなかいい雰囲気だと言える。

 オシャレに無頓着なせいか、髪がたまに跳ねていたりするのも、それはそれでいいアクセントになっていると思う。


 ヘアピンに大きな飾りがついているのだけは、微妙に思われるところだろうか。

 虫好きな鶯は、カブトムシやらクワガタやらカマキリやらをかたどった大きな飾りのついたヘアピンばかりを好んで使っている。

 できれば本物の虫をヘアピンにしたい、なんて公言していたのは、果たしていつのことだっただろうか。


 しかも、変わり者でなにを考えているのかわからないというのは、結構広く知れ渡っているようだ。

 クラスが違うから断言はできないけど、積極的に声をかける男子は僕以外ほとんど誰もいないみたいだし。

 僕としては、それはむしろ歓迎している。


 だって僕は、鶯のことが好きだから――。


 確かに鶯は変わり者だ。幼馴染みでずっと一緒にいる僕でさえ、そう思う。

 それが楽しい、というのもあるのだけど。

 僕は鶯のもっと本質的な部分に惹かれているようにも感じている。

 それなのに鶯のほうは、僕のことをあまり意識していないみたいだった。


 そりゃあ、幼い頃からずっと一緒にいるわけだし、安心してなんでも話せる関係なのは間違いないとは思うけど。

 それにしたってもう少し、恥じらいくらいあってもいいのではなかろうか。

 だらしないのは嫌だとか、そんなことを言うつもりはない。逆に几帳面で綺麗好きな鶯なんて、気持ち悪くて嫌だと思うくらいだ。


 とはいえ、僕を部屋へと招き入れたときに下着が脱ぎ散らかしてあるというのは、いくらなんでもひどすぎるだろう。

 それだけ気を許してくれていると言えなくもないけど、どうしても納得できない。

 納得できないというのに僕は、


「はぁ……。やっぱり鶯って、可愛いな……」


 なんて思ってしまっているのだから、ある意味重症なのかもしれない。


 鶯の笑顔を思い出しながら、熱いため息をこぼしたその刹那、目の前にそれは現れた。

 いや、最初からそこに存在していた可能性もある。

 なぜならそれは、完全に透明だったからだ。


「なんだろう、これ?」


 それは、透明の花だった。


「お母さんが置いてくれた? ……ってわけでもないよね、たぶん」


 思わず疑問の声が独り言となって口からこぼれ落ちる。

 花……のようではある。

 ただ、それは鉢植えなどではなく、勉強机から直接生えているように見えた。


 そして、普通の花と思えないのは、さっきも言及したとおり完全に透明だということ。

 正確に言えば、その存在を視覚として捉えることができているのだから、透明という表現もおかしいだろうか。

 ともあれ、他にどう表現すればいいものか。


 その花にはまったく色というものがついていなかったのだ。

 花びらだけでなく、茎も葉っぱも透明で、そんな透明の茎が机の表面から生えている状態だった。

 透明だけど見えているのは、光の屈折などの影響と言えるだろう。

 たとえば氷で作った透明な彫刻が見えるのと同じことなのかもしれない。……ちょっと違うかな?


「う~ん……透明、だよね……」


 そっと手を伸ばしてみる。


「……あれ?」


 感触は、まったくなかった。

 激しく手のひらを左右に揺らし、机から生えているように見える透明の花に触ろうとしてみるけど、いくら手を動かそうとも、その花に触ることはできない。


「……疲れて幻でも見てるのかな……?」


 さほど疲れているとは思えなかったものの、確かにさっきから、頭がぼーっとしているのは事実だった。

 と、そこへ、澄んだ綺麗な声が聞こえてくる。


「頑張って……」

「え……?」


 慌てて辺りをキョロキョロと見回してみたけど、誰もいる気配はない。

 それになんとなく、さっきの声はこの透明の花のほうから聞こえてきたように思えた。


「花が、話した……?」


 微妙にダジャレっぽい言葉を無意識につぶやく。

 それでも、部屋の中は静かなままだった。


「気のせい……だよね。やっぱり疲れてるだけかな」


 でも、「頑張って」って、聞こえたような気がする。

 鶯とのこと、応援してくれてるのかな……?

 じっと、透明な花を見つめる。花からの返事はない。


 ……当たり前か。

 だけど……。


 うん、頑張ろう。

 おぼろげながら、決意を固める。

 そのすぐあと。

 思った以上に疲れが溜まっていたのだろうか、僕は机に突っ伏すと、そのまま眠ってしまった。



 ☆☆☆☆☆



 翌朝。カーテンを抜けて差し込む光の温かさで目が覚めた。


 昨日のあれは、やっぱり夢だったのかな?

 僕は起き抜けのぼんやりした頭で、そんなふうに考えていたのだけど。


 上半身を起こした僕の視線の先――勉強机の上には、しっかりと透明な花がたたずんでいた。

 ベッドから立ち上がり、ゆっくりその花に近寄ると、僕は及び腰ながらも手を伸ばす。

 案の定、触れることはできなかった。


「……ま、いいか」


 なんとなく、晴れやかな気分になっていたから。

 ともあれ、時計に目を向けると、その晴れやかさもいずこかへと吹き飛んでしまう。


「うわっ! もうこんな時間!? 昨日お風呂にも入ってないし、制服も着たまま寝ちゃったけど……仕方ない、このまま行くしか……!」


 僕は慌てて通学カバンをつかみ、部屋のドアに手をかける。


「……行ってきます」


 振り返ってそう声をかけると、机の上から伸びる透明の花が、なんとなく微笑み返してくれたような気がした。


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