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僕は家に帰り着くなり、自分の部屋へと駆け込んだ。
普段ならカバンを置いてすぐにリビングへと下りるところだけど、僕は部屋の中に視線を巡らせる。
「ラナンさん……!」
僕の声を聞いて、ラナンさんが姿を現してくれる。
「お帰りなさい、染衣さん」
「ラナンさん!」
僕はラナンさんにすがりつく。そして涙を流し、嗚咽を漏らした。
「染衣さん、どうなさったんですの? 随分と遅かったようですが……」
そう言いながらも、ラナンさんは僕を優しく包み込んでくれる。
「今日は紫輝の家に行ってきた……。紫輝、失恋していて、すごく落ち込んでたんだ。だから慰めてから帰ってきた……」
「……そうなんですのね。ご自分のことを考えてくださいと、あれほど言いましたのに。……まったく、お友達思いなんですから」
呆れた様子ながらも、ラナンさんの口調は穏やかだった。
「それでは、また告白はできなかったんですね……?」
「いや、紫輝のこともあるし、怖かったけど、勇気を振り絞って帰りに鶯の家に寄ってきた……」
「あら、そうだったんですの……?」
「うん……それで……」
「それで?」
「…………ダメだった……」
「そう……ですか……」
「ラナンさん……僕にはラナンさんだけだよ……!」
泣き叫ぶように声を張り上げ、僕は涙の流れる顔をラナンさんの大きな胸にうずめる。
ラナンさんは嫌がる様子もなく、僕の頭をそっと撫でてくれた。
「失恋……してしまったんですのね。よしよし……」
「うううう…………」
温かくて花の香りのする胸の谷間に顔を押しつけながら、僕は泣きじゃくる。
この位置からでは、ラナンさんの顔は見えない。
だけど、なんとなく微笑んでいるように思えてならなかった。
そしてそれは、正しかったわけだけど。
「あ、ごめん……。ラナンさん、僕、トイレに……」
「はい、行ってらっしゃい……。気を落とさないでくださいね。わたくしだけは、どんなことがあっても染衣さんの味方ですわ」
静かに胸から顔を離した僕を、ラナンさんは女神のような笑顔で送り出してくれた。




