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KOIBANA  作者: 沙φ亜竜
9.恋の花の綿帽子
36/44

-3-

 ここで諦めたら、今までと同じだ。逆方向ではあるけど、僕は電車に乗り、紫輝の家へと向かうことにした。

 いくら急いでいても、電車の速度は変わらない。

 流れゆく窓の外の景色を眺めながら、僕は考える。


 仲直りして告白しようと思っていたのに、結局今日は鶯に会えなかった。

 でも今は、ここまで来てしまったというのもあるし、紫輝のことを優先的に考えよう。

 どうも最近は、鶯とのこと、紫輝と笹百合さんとのことが同時に起こってしまい、ラナンさんの後押しなんかもあって、僕自身が揺らぎ気味だった。


 鶯とはまだケンカしたままだ。とはいえ、短いつき合いじゃない。幼馴染みなのだ。

 少しくらい遅れたって大丈夫。今まで一緒に過ごした年月と比べたら、遥かに短いのだから。

 僕と鶯の関係に致命的な溝ができたりはしない。

 ……そう思いたい。いや、そうだと信じている。

 ラナンさんには悪いかもしれないけど、鶯のことは後回しだ。


 笹百合さんが言うには、紫輝は浮気をしているという。

 正確に浮気と言っていいかはわからないけど、自分の部屋に他の女の子を連れ込んでいるのは確かなようだ。

 親戚の女の子が遊びに来ているだけ、という可能性もあるけど、それだったら僕や鶯、笹百合さん本人にだって話して問題ないはずだ。


 以前紫輝は、笹百合さんと仲よくなって、キスまでしたと嬉しそうに語ってくれた。

 それから何日も経たないうちに、心変わりして他の女の子を好きになるなんて、ありえるだろうか?

 人の心なんて移ろいやすいもの。だからそれは充分にありえることかもしれない。

 だけど、紫輝はそんなやつではないはずだ。


 そうはいっても、僕と紫輝はまだ数ヶ月のつき合いでしかない。

 紫輝の心の深い部分にまでは触れることができてはいなかったかもしれないから、たとえ過去になにかあったとしても、僕にはきっとわからない。

 紫輝について知らないことなんて、たくさんあるだろう。


 ともあれ、そういうものだと思う。

 どんなに親しい友人や恋人にだって、まったくなんの隠し事もないなんてことは、まずありえない。


 それは僕だって同じだ。

 鶯のことが好きだというのは紫輝に話した。

 それでも、恥ずかしかったせいもあるけど、鶯との思い出をすべて赤裸々に語ったわけではない。語り尽くせるわけでもない。


 自分自身、わかっていない部分だってあるし、忘れていることだってある。

 自分の人生を、他人がすべて知っているなんてことはありえないし、逆に、あってはならないことだとすら思う。


 誰にだって隠しておきたいことのひとつやふたつ、あるものだ。

 僕だったら、罰ゲームで女装させられたこととか、隠してあるエッチな本の中に実は鶯に似た子がいるとか……。

 ラナンさんの存在も、話せないことのひとつだ。もっとも、話したところで、恋花の妖精だなんて誰にも信じてはもらえないだろうけど。


 ともかく、人間関係っていうのは、そういうものだ。


 僕としては、仮に紫輝が心変わりしていたとしても、それはそれで仕方がないと思う。

 ただ、もしそうだとしても、どうして僕に話してくれないのか。そして、どうして笹百合さんにちゃんと言ってあげないのか。

 それだけはやっぱり納得がいかない。


 やがて電車は目的地に着く。

 僕は電車を降り、一路、紫輝の家へと駆け出した。

 紫輝の家が見えてくる。

 はやる気持ちを抑え、僕は呼吸を整えると、インターホンのボタンを押した。


「はい」


 インターホン越しに、女性の声が響く。紫輝のお母さんだろう。


「僕、紫輝くんのクラスメイトの桜井ですけど……」

「あら、桜井くん。前にも来てくれたことがあったわよね? いらっしゃい」


 インターホンはそこで途切れたけど、玄関の向こうから、


「紫輝~? お友達が来たわよ~?」


 という声が直接聞こえてきた。

 しばらくして玄関のドアが開く。顔を出したのは、紫輝ではなくお母さんのほうだった。


「紫輝、呼んでるのに下りてこないの。でも、さっき帰ってきたばかりだから、部屋にいるはずよ。どうぞ、上がって」

「はい、お邪魔します」


 僕は会釈をして、遠慮なく上がらせてもらった。

 階段を上って手前にあるのが紫輝の部屋だというのは知っている。僕は意を決し、階段を静かに上っていった。



 ☆☆☆☆☆



 ドアノブに手をかける前に、僕は中の様子をうかがってみた。

 微かだけど、たまに声がする。紫輝らしき声と、女の子の声。

 緊張が走る。

 気を引き締めて、僕は部屋のドアを勢いよく開け放った。


 考えてみると、もしも部屋の中にいるふたりが、いやらしいことなんかをしている真っ最中だったりしたら、すごく大変だったかもしれないけど。

 幸いなことに、そういうわけではなかった。


 それでも僕は、紫輝に怒りを覚える。

 ちょっとだけ可能性として考えていた、親戚の女の子が遊びに来ているだけ、という感じでは、どう見てもなかったからだ。


 呆然とする僕の目の前に広がる光景……。

 紫輝は女の子――髪の毛をツインテールにまとめた可愛らしい女の子と、熱い抱擁を交わしていた。


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