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KOIBANA  作者: 沙φ亜竜
8.すれ違いの純情な感情
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-4-

 学校に着き、教室に足を踏み入れると同時にチャイムの音が鳴り響いて、担任の先生が入ってきた。

 いろいろと考えながらだったせいで、ちょっとゆっくり歩きすぎだったけど、どうにか遅刻はせずに済んだようだ。

 そこで気づく。紫輝の席が空いていることに。


「今日は藤柳が風邪をひいて休みだそうだ。梅雨で涼しい日もあるからな、みんなも気をつけるように」


 ……そっか、紫輝は休みなんだ。

 風邪かぁ……。ひどいようならお見舞いにでも行くべきかな?

 紫輝の席をぼんやりと眺めながら考える。


 いや、一日風邪で休んだだけでお見舞いなんて、大げさか。

 それに、最近は避けられているような感じだったから、なんだか気まずいし……。


 頬杖をついてぼーっとしているあいだに、朝のホームルームは終わり、担任は教室から出ていった。

 紫輝がいないと、クラスで話す相手もいない僕。

 ちょっと交友範囲が狭すぎだとは思うけど、今さらな気もするし……。

 それに今は、ゆっくり考えたいときでもある。紫輝の風邪が気にならないわけじゃないけど、それよりも鶯とのことを考えるべきだろう。


 ラナンさんも後押ししてくれているのに、告白するどころか会えてすらいない現状は、どうにかしなくちゃならない。

 だけど、顔を合わせるのすら気まずい、という思いもある。

 昨日あれだけ鶯を怒らせ、大嫌いとまで言われてしまった僕なんて、視界にすら入ってほしくないに違いない。


 ともあれ、会わなければ謝ることすらできない。

 謝るだけじゃない。謝ったあと、さらに僕は告白しなくてはならないのだ。

 以前の僕たちのままだったら、さほど難しいことではなかったかもしれない。

 どうも思いきりの足りない僕だから、以前のように仲よしなままでも、なかなか言えなかった可能性はあるけど……。


 今はそれどころの問題ではなく、まったく接点すらない状態なのだ。

 一旦メールを緩衝材のような役割として送って、それから話すという方法もあるだろう。でも、僕としてはそれも気が引ける。

 鶯はもちろん紫輝に対しても、普段から学校のある日は毎日顔を合わせていたというのもあり、わざわざメールを送るなんて、ほとんどしたことがなかったからだ。

 今さらメールでご機嫌うかがいとも言うべき手段を取るのも、なにか違うような気がしていた。


「ちゃんと会って話さないと。鶯とも、紫輝とも……。でも、やっぱり気まずい……」


 そんなふうに考えながらの授業は、当然のごとく頭に入ってこない。

 迷いが吹っ切れないまま、時刻は昼休みとなった。

 昨日、鶯と笹百合さんは来なかった。だから今日も来ないだろう。そう思っていたのだけど。


「あっ……!」


 思わず立ち上がっていた。

 教室の前のほうのドアから遠慮がちに顔をのぞかせているのは、紛れもなく鶯だ! その隣には、笹百合さんもいる。


 僕は急ぎ足でふたりのもとへと向かった。

 ……考えてみたら、ふたりの目的がこのクラスにいる文芸部の女子生徒だという可能性もあったわけだけど。

 このときの僕にそんなことを考慮する余裕なんて、あるはずもなかった。



 ☆☆☆☆☆



 結論から言えば、ふたりの目的は僕で当たっていた。

 正確には、僕よりも紫輝に用があるというのが、本当のところだったようではある。ただ、今現在の目的としては僕。

 紫輝に関しては、風邪で休んでくれていて、むしろよかったかもしれない、といった反応だった。


 どうしてそんなことを言うのか、このときの僕にはわからなかったのだけど、ふたりは多くを語ろうとはしなかった。

 言葉を交わしたのは、主に僕と鶯。

 顔を合わせるのも気まずいと思っていたとおり、最初のひと言ふた言は、ぎこちないものだった。

 それでも鶯としては、僕との確執よりも、友人である笹百合さんのことを優先的に考えているようだ。

 とすると、話の内容は紫輝絡みということになるのだろう。


 とりあえず文芸部の部室でお昼を食べようとだけ言われたため、僕はふたりの女子に続いて廊下を黙々と歩いていった。

 文芸部の部室に入り、念のため内側からカギをかける。

 会議テーブルを挟んで片側に僕、反対側に鶯と笹百合さんという位置取りでパイプ椅子に座ると、突然笹百合さんが声を押し殺しながら泣き始めた。


「え……ちょっと、笹百合さん……?」


 動揺を隠せない僕。

 鶯は笹百合さんの背中にそっと手を乗せて落ち着かせようとしていた。


 僕は鶯のほうに視線を向けてみた。鶯も一旦はこちらに視線を向けたものの、すぐに目を逸らしてしまう。

 やっぱり気まずいという思いは、僕と同様に持っているようだ。

 とはいえ、笹百合さん本人は泣いているし、話せるのは自分しかいない。それは理解していたのだろう、鶯はゆっくりと口を開いた。


「萌香ちゃんね、藤柳くんとケンカしたんだって」

「え? そうなの?」


 鶯とのことで忘れかけてはいたけど、紫輝は笹百合さんとラブラブで、キスもしたと嬉しそうに話していた。

 それ以降、僕は紫輝とまともに話せていないけど、なぜか笹百合さんのことを避けているようだった。

 放課後の廊下で一度話したとき、笹百合さん本人も理由はよくわからないと言っていた。

 その時点でケンカの話は出ていなかったのだから、それよりもあとの出来事ということになるのだろう。


 頭の中で考えを巡らせる。

 そんな僕に向けて、鶯はさらに衝撃の発言を続けた。


「しかも、藤柳くんの浮気が原因なんだって」

「え……えええええっ!?」


 驚きの声を上げる僕に、どうにか少しは落ち着いてきた様子の笹百合さん本人が、まだ涙まじりの声で詳細を語ってくれた。


 数日前、メールも電話も応答なしで全然会ってもくれないため、不安になった笹百合さんは、思いきって紫輝の家にまで押しかけてみたのだそうだ。

 でも、インターホンに紫輝本人が出て対応したものの、用事があるからと言って中に入れてはくれなかった。

 仕方がないから帰ろうとしたところで、ふと見上げてみると、紫輝の部屋のカーテンが少しだけ開いていて、明かりが漏れていた。


 そこに、僕たちと同年代くらいの、ひとりの女の子の姿が見えたらしい。

 その位置から女の子が移動したと思ったら、代わりに見えたのが紫輝の姿。

 なにやら喋っている様子で、楽しそうに笑っている横顔も確認できた。


 笹百合さんはその日はそのまま帰ったけど、いても立ってもいられず、翌日、放課後すぐに教室を飛び出した。

 そして昇降口で待ち伏せをして、帰り際の紫輝を問い詰めた。「あの子は誰なの?」と。

 そうしたら紫輝のやつは、「笹百合さんには関係ない!」と怒鳴って、怯える笹百合さんを残し、逃げるように走り去ってしまったのだという。


「もう、私、どうしたらいいか……!」


 抑えきれなくなった感情が溢れ出してきたのだろう、笹百合さんは再び涙を流し始めた。

 鶯はそんな彼女の背中をよしよしと撫でて慰める。

 結局笹百合さんは、昼休み終了五分前の予鈴が鳴るまで、途絶えることなく泣きじゃくっていた。



 ☆☆☆☆☆



 紫輝のところにお見舞いに行くべきかとも思っていたけど、もしかしたらズル休みなのかもしれない。

 笹百合さんの話を聞いて、僕はよくわからなくなっていた。


 それにしても紫輝が浮気をするだなんて、なんだか信じられない。

 少なくとも僕に笑顔でキスしたことを話してくれたあのときまでは、笹百合さんを本気で好きで、仲よくなれたことを喜んでいたのは間違いないだろう。

 あれが演技だったとしたら、アカデミー賞ものだ。


 単純に僕が鈍感なだけで、実はそのときから別の彼女がいた、という可能性もないわけじゃないけど……。

 もしそうだとしたら、友達だと思っていた僕の心をも踏みにじったことになる。


 紫輝のやつ、なにを考えてるんだ?


 今ここで悩んでいても、なにも解決はしない。

 とりあえず、今日のところは家に帰ろう。なんだか、疲れてしまった。

 考えてみたら、鶯との件もうやむやになり、謝ることすらできていない。


「ラナンさんに怒られちゃうかな? また、おまじない、貰おうかな……」


 そんなことを思いながら、僕はじっとりと湿った雨が降る中、とぼとぼと家路に就く。

 傘の差し方が悪かったのだろうか、家に着く頃には、制服のワイシャツも随分と水浸しになってしまっていた。

 僕の心の中と同じように――。


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