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KOIBANA  作者: 沙φ亜竜
1.恋の花を咲かせましょう
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-3-

「それじゃあ、僕はそろそろ……」


 トン汁を食べ終えてからも、というか食べているあいだからずっとだけど、僕と鶯のお喋りは続き、気づけばかなりの時間が経っていた。

 二時間……は経っていないと思うけど、一時間以上は喋っていただろうか。

 さすがに家の夕飯も出来ているだろうし、僕はおいとましようとしたのだけど。


「あっ、染衣、ちょっと待って。面白い本があったから、貸してあげるよ!」


 そう言うが早いか、鶯は僕の腕をつかんで引っ張る。

 もとより抗うつもりのない僕は、鶯に引っ張られるがまま、彼女の部屋へと連れ込まれる結果となった。


 女の子の部屋といったら、ピンク色を基調とした小物やらぬいぐるみやらが置かれた可愛らしい部屋を想像して、しかもなんだか甘くていい香りがしそうなイメージがあるけど。

 鶯の部屋に限って言えば、そういったイメージとはまったく異なっていた。

 幼い頃から何度も足を運んでいる場所だから、僕としては慣れていて今さら驚きもないのだけど。きっと初めて鶯の部屋に入った人は、みんな驚くのではないかと思う。

 それほど、めちゃくちゃに散らかっていて、なおかつ、微妙に変なニオイまでしているのだ。


 本やらペンやらが床に転がっているだけなら、A型の僕としてはちょっと気になるものの、さして問題もないとは思う。

 でも、鶯の部屋はそんなレベルを遥かに超えていた。

 一応仮にも女の子である鶯は、衣服やちょっとしたアクセサリーなんかもたくさん持っているのだけど。そういった大切なものと言うべき品々まで、床に無造作に投げ置かれているのだ。


 洗ったあとの服をタンスやクローゼットに仕舞わず、置かれたままになっているだけというのなら、まだマシかもしれない。

 だけど、着終わったあとの服がそのまま脱ぎ散らかされている上、なぜか下着までもが脱ぎ捨てられている状態……。

 下着を脱ぐのって普通ならお風呂場の脱衣所くらいだと思うのだけど、なぜ部屋に脱ぎ捨てられているのやら。

 汗をかいたとかいう理由で、はき替えたのかもしれないけど、それならそれですぐに洗濯機やら洗濯カゴやらに投げ込むべきなのでは。


 そんなわけで鶯の部屋は、床が完全に隠れるまでにはさすがに至らないものの、ほとんど足の踏み場がなく、座る場所を見つけるのも困難なほどだった。

 ベッドに洋服ダンス、勉強机に加え、テレビやミニコンポも置いてある六畳の部屋だから、というのもあるだろうけど、それにしたってこれは……。


「鶯……ちょっとは片づけたら?」

「いいじゃんべつに。死にはしないわ!」


 即答。

 確かに死にはしないだろうけど、女の子としてこの状況はどうなのか。

 というか、幼馴染みとはいえ男性である僕を部屋に入れるというのに、脱ぎ捨てられた下着がそのままって、どういう精神構造をしているのか。


「ゴミとかは置きっぱなしにしないようにしてるし。腐った食べ物とかが転がってたりはしないわよ?」

「ゴキブリが出たら嫌だから?」

「もちろん!」


 再び即答。

 ゴキブリが苦手なのは、女の子らしいと言えなくもないかもしれないけど。(いや、僕だって苦手だけど)

 ただ、鶯の部屋には、普通の女の子の部屋にはないものがある。

 それは――。


「そのわりに、カブトムシとかクワガタは好きだよね」

「当たり前でしょ!」


 みたび即答。

 そう、鶯はカブトムシやらクワガタやら、その他ありとあらゆる虫が大好きなのだ。

 虫の王者的な印象もあるそれらの虫以外にも、バッタやらイナゴやらコオロギやらカマキリやら、虫全般が彼女の興味の対象となっている。

 ゴキブリや毛虫など、一部を除いて。


 そんな虫好きな鶯は、自分の部屋の片隅にプラスチック製の虫カゴを置き、そこで虫を飼うのが趣味の女の子だ。

 僕も何度か会ったことがあるけど、親戚に虫好きな叔父さんがいて、鶯はその人から季節ごとに虫を譲り受けて育てている。

 叔父さんは、様々な虫を卵や幼虫の段階から飼育しているほどの虫マニア。自宅の敷地内に虫専用の飼育小屋を建て、虫の種類に合わせて温度調整などもしているのだとか。


 今鶯が飼っているのは、叔父さんがつい先日遊びに来たときにいただいたカブトムシとクワガタのようだ。

 普通に考えたら夏の虫で、まだ時期じゃなさそうに思うけど、上手く温度調整してやれば五月半ばのこの時期でも成虫になる固体は現れるのだそうだ。


 部屋の隅に置かれた虫カゴの中には土が敷き詰められ、その上に木の枝やら草やらも配置され、さながら小さな庭とも言うべき状態になっている。

 その中で、カブトムシとクワガタがそれぞれ一匹ずつ、のそのそとうごめいていた。

 鶯の部屋に微妙なニオイが漂っているのは、おそらくそのせいだろう。

 冬は活発に活動する虫が基本的にはいないため、その時期だけは虫カゴを部屋の外に出していて、ニオイも少しはマシになるのだけど。


 もっとも、整髪料とかのニオイなのかよくわからないけど、鶯自身もちょっと鼻にツンと来るような、微妙な匂いを振りまいていたりする。

 べつに嫌な感じではなく、僕としては幼い頃からずっとそばで嗅いでいる匂いだから、なんとなく心が落ち着くし、どちらかと言えば好きな部類に入る。

 とはいえ、他の人に尋ねてみたことはないものの、一般的には微妙に感じるニオイなのではないかと思う。

 ちょっとおかしなニオイだなんて、いくら幼馴染みでなんでも気軽に言い合える間柄の鶯が相手ではあっても、口に出して指摘したことなんてないけど。


 と、それはさておき。


「カブやんとクワっちは、あたしの生きがいよ!」


 鶯は平然とそう言いきった。

 カブやん、クワっちというのは、カブトムシとクワガタにつけられた名前だ。そのまんまだけど。

 五月から六月くらいになると、鶯は毎年のように成虫のカブトムシとクワガタを一匹ずつ叔父さんから貰っている。

 そして毎年同じ名前をつけて可愛がっているのだ。


「……カブトムシがもう一匹いたら、名前はどうするの?」

「カブやんマークツー!」

「…………」


 目をキラキラ輝かせて一瞬の迷いもなく答えが返ってきた。

 思わずツッコミを忘れ、呆れ顔になってしまう。

 ま、今に始まったことでもないし、気にする必要もないか。


 ここまでのやり取りでだいたいわかってくれているかもしれないけど、僕の幼馴染みである梅原鶯という女の子は、かなりの変わり者だ。

 そう言うと、あんたに言われたくないわ! と本人から猛烈な反論を受けてしまう。僕としては、その反論にだって反論したいところ。

 好野には、どっちもどっちとか言われそうだけど。


 ともかく、そんな幼馴染みの鶯と僕は昔から変わらず仲よしで、高校一年生となった今でも同じ学校に通っている。

 高校生になっても、お互い変わらずに、いつまでも仲よしのまま。

 さりとて、僕のほうは変わっていないわけでもなくて……。


 …………。


「あれ? ぼーっとして、どうしたの?」


 無言で思考に浸ってしまっていた僕の顔を、鶯は首を傾けてのぞき込む。

 無意識にうつむき加減になっていた僕の顔をのぞき込む鶯のキラキラとした瞳は、思いのほか近くにあった。


「い……いや、なんでもない!」


 慌てて目を逸らす。

 幼馴染みでずっと一緒にいて、さっきだって腕をつかまれたりしたし、手を握られたり体に触れられたりすることなんて日常茶飯事なのに。


 それなのにどうしてこんな、至近距離から見つめられただけで、顔が熱くなってくるのだろう。

 ……理由は……わかりきっているけど……。


 ふと視線を移した先、机の上に一冊のノートがあることに僕は気づいた。


「これは……?」


 そっとそのノートに手を伸ばしてみる。


「わっ、きゃっ! 見ちゃダメ! エッチ!」


 僕が触れるよりもわずかに早く、鶯は机の上のノートを奪うように取り上げ、胸の前に両手で抱きかかえた。


「エッチって……。え~っと……」


 なぜにそこまで慌てるのやら。


「日記かなにか? あっ、それとも、文芸部だし、オリジナルの小説とか?」


 とりあえず、さっきとは形勢逆転した僕と鶯。慌てている鶯に、僕は冷静に質問を飛ばす。

 小さい頃から鶯は本が好きだった。とくに、なにやら変わった物語とかに興味を示す傾向があるようだ。

 今では文芸部に所属し、自分でも短編小説なんかを書いたりしているらしい。


「え~っと、物語……かな」

「へぇ~、そうなんだ。どんな話なの?」

「まだ、途中だから……」

「途中まででもいいから、見せてよ」

「イヤ!」


 断固拒否される。そこまで嫌がらなくても……。

 オリジナルの小説やら物語やらっていうのも、見られるのは恥ずかしいものなのかもしれないけど、文芸部では季刊誌も発行しているわけだし、そんなことを言っていたら務まらないのでは。

 もしかして物語というのは嘘で、本当は日記だったりしたら? それなら、見られたくないというのも頷けるけど。


 どちらにしても、見られたくないと言っているものを、無理矢理見るような意地悪なんて、僕はしない。

 というか、意地悪なんてしようものら、百倍返しでもっとひどい意地悪をされるに決まっている。


「そっか。残念。じゃあ、完成したら見せてね」

「……うん。完成……したら、ね」


 僕の言葉に、ほっと息をついて、鶯はノートを棚の奥に仕舞い込んだ。


「あっ、そうそう! 面白い本って、これなの!」


 ノートを仕舞ったあと、鶯は慌てて取り繕うように本を差し出してくる。

 ここにきてようやく、僕を部屋まで呼んだ最初の目的に到達した。

 寄り道が長すぎではあるけど、それもある意味いつものこと。

 僕としては、会話の内容なんてどうでもいいのだ。鶯と一緒に時間を過ごせるのならば。


「どれどれ」


 鶯が差し出したハードカバーの本を受け取る。

 タイトルは、『ショウリョウバッタ伯爵とカマキリ夫人』?


「な、なんというか……」


 鶯の変な話好きの趣味全開な本だね、といった本音は飲み込み、


「伯爵が夫人に食べられてしまいそうなタイトルだね」


 どうにか、率直な感想だけを述べる。


「え~っ!? 染衣、どうして知ってるの!?」

「……ほんとにそんな話なのか……」


 それより、いきなりネタバレしてどうするのさ。

 そんな文句の言葉は振り払い、ありがたくその本を借りて帰ることにする僕だった。


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