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KOIBANA  作者: 沙φ亜竜
7.恋の応援、花見酒
28/44

-3-

 雨風にさらされて凍える子猫のようにとぼとぼと歩きながら、僕は学校へと向かった。

 駅に着き、電車に乗り、さらに学校を目指して歩く。

 ぼんやりとさっきの出来事を考えつつ歩いても、遅刻することなく学校に到着した。

 はやる気持ちを抑えきれず、家を出たのがいつもより早かったのがその要因だ。


 鶯は、僕を待たせないようにと急いで必死に準備した結果、あんなひどい状態で出てきてしまったと言える。

 つまり、そういった意味でも、僕が悪かったことになるのだ。

 来るの早すぎだよ。そう文句を言われても仕方がなかった。でも鶯は、そんなことは言わなかった。


 だからといって、乱れたままの服装で出てきたり、パンをくわえてマーガリンやジャムを口の周りにべったりつけた状態で出てきたりするのが仕方ないかというと、そんなことはないと思うけど。

 それでも、僕が文句を言う筋合いなんてなかったのは確かなのだ。


 反省の念が頭の中で渦巻く。


 とはいえ、どんな顔をして鶯に会えばいいのか、僕にはわからない。

 クラスが違っていて助かった。


 ゆっくり歩きすぎて、さすがに遅刻ぎりぎりの時間になっていたからか、下駄箱付近に紫輝の姿はなかった。

 いや、そうでなくても、今の紫輝が自ら僕に近寄ってきたりはしないか。

 自分のことで頭がいっぱいで、すっかり忘れ去ってしまっていたけど、紫輝だってなんだかおかしくて、笹百合さんとの仲が微妙な感じになっている最中なのだから。


 教室に入ると、紫輝は自分の席に座っていた。

 僕もまっすぐ自分の席へと向かう。

 紫輝の席は窓際の前のほう、僕の席は真ん中の列の一番後ろ。だから、顔を合わせる必要もない。


 休み時間になっても、僕はトイレに行く場合を除いて、席を立たなかった。もちろん、紫輝のほうから僕のそばに寄ってきたりもしない。

 このところ、僕はいつでも紫輝とつるんでいて、昼休みには鶯や笹百合さんとも一緒に文芸部の部室へと赴いていた。

 そのせいもあって、紫輝以外のクラスメイトとは、あまり親しく話したこともなかった。


 今は誰とも話したくないし、それはそれで静かに過ごせて好都合だ。

 そう自分に言い聞かせはするものの、なんだか寂しいのもまた事実だった。


 鶯とケンカした。

 そういうことになるんだよね……。


 思い返してみると、物心つく前からずっと近い距離で過ごし、毎日のように顔を合わせていた僕と鶯。

 言い争いなんて、しょっちゅうしていた。だけど、それはお互いを理解した上でのこと。

 今までだったら、その場ですぐに笑い合って仲直り。いつだってそんな感じだった。

 今回みたいに完全な反発をした大ゲンカなんて、初めてのことではないだろうか。


 鶯がそばにいることを僕は当たり前のように思っていた。

 クラスは違うし、今ではお互いの家を行き来することもあまり多くはなくなっているから、離れている時間もそれなりにあるのは確かだ。

 でも僕にとって、鶯は生活の必需品なのだ。

 ……そんなふうに言ったら、「物扱いするな」と怒られそうだけど。


 そばにいてくれるのが当たり前の、今の僕にとって必要な存在。

 それが鶯。

 いつも明るく元気で、うるさいくらいに喋りかけてきて、虫が大好きでちょっと変わった女の子。

 少し変わった鶯の匂いだって、僕の心を安らかにしてくれる清涼剤のような役割を担っているとも言える。


 そんな鶯とケンカして、いつ仲直りできるかわからない。仲直りできるのかもわからない。

 こんな状況なんて、今までにはなかった。


 僕はいったいどうしたらいいのだろう?

 悩みながらの一日は、とても長く感じられた。


 鶯は昼休みのたびに迎えに来てくれていた。だけど今日はやってこない。

 紫輝もここしばらくの昼休みと同様、すでに教室を出ている。

 その紫輝にお弁当を届ける笹百合さんも、目的の相手がいないのだから来るはずがない。

 静かにひとりで食べる昼食は、なんと味気ないものだろうか。


 放課後になっても、鶯と顔を合わせる気力の持てない僕は、下駄箱の前で待つこともなく、素早く昇降口をくぐった。

 紫輝も今日最後の授業が終了した瞬間に、教室から出ていっていた。


 僕は朝と同じように、とぼとぼと帰り道を往く。

 ひとり寂しく歩きながら受ける風は、とても冷たく思えた。


 空には薄暗い雲が広がり始めている。明日は雨が降りそうだ。

 梅雨なのだから、それも自然と言えるかもしれないけど。

 僕の心も曇り空。今にも降り出しそうな心模様。

 そんな気持ちが空に映し出されている。僕にはそう思えてならなかった。



 ☆☆☆☆☆



 寂しく帰宅すると、いつものように好野が出迎えてくれた。


「おにぃ、お帰り!」

「ただいま」

「……どうしたの? 顔が暗いよ?」

「なんでもない」


 僕は力なく答えて階段を駆け上った。

 心配させてしまうだろうからと思い、僕はカバンを部屋に置いてすぐ、普段どおりリビングへと下りたのだけど。


「よしのね、今日、小テストで満点取ったのよ!」

「あら~、偉いわね、好野! 染衣はどう? 最近小テストの話とか、あまり聞かないけど」

「ん……べつに……」

「べつにってなぁに? あっ、もしかして、小テストはあったけど点数悪いからって隠してたりするのぉ~?」

「わっ、おにぃ、そんなことしてるの? やっだ、卑怯者だぁ~!」

「そんなこと、ないよ」

「……そうそう、そういえば智絵理、さっきお魚屋さんでオマケしてもらっちゃった~! いつも綺麗だからオマケしてあげるよ、だって~! うふふ~、智絵理みたいにいつまでも若いと、お得よね~♪」

「智絵理ちゃん、二十代でも通用するもんね~! あっ、おにぃ、智絵理ちゃんに欲情とかしちゃダメよぉ~?」

「うん……」

「……おにぃの大切にしてるフィギュア、落として壊しちゃった! ごめんね?」

「うん……」

「染衣……智絵理秘蔵のフリフリドレス、着てくれる~?」

「うん……」


 僕は心ここにあらず。

 なにやら好野やお母さんが話しかけてくれるのはわかったけど、生返事を返すのみ。


「ちょっと、おにぃ。どうしたの?」

「もしかして、ご飯、不味かった?」

「いや、べつに……」

「…………」


 顔を見合わせて首をかしげるふたり。

 このあとも僕は、好野やお母さんとの会話にまともな受け答えはできず、結局心配させる結果になってしまった。


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