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KOIBANA  作者: 沙φ亜竜
7.恋の応援、花見酒
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-2-

 玄関を出ると、清々しい青空が僕を迎えてくれた。

 絶好の告白日和。

 爽やかに響き渡る小鳥たちのさえずりも、僕と鶯の輝かしい未来を祝福するメッセージのように聞こえる。

 そんなふうにすら思えるほどの、暖かな朝。


 まだ梅雨の真っただ中のはずなのに、ここまで晴れ渡っているのは、神様が僕を後押ししてくれているからに違いない。

 異常なまでの、ポジティブシンキング。ラナンさんのおまじない効果は絶大なのかもしれない。

 軽やかな足取りで、僕は隣の家――鶯の家の玄関前までやってきた。


 いつものようにチャイムを押す。

 さすがにちょっと、緊張が走る。


 鶯が出てきて顔を合わせたら、まずは普通におはようの挨拶をしないと。

 それから、そうだな、駅へ向かう途中の道、人通りの少ない辺りで告白しよう。

 夜の公園で、とか、そんなロマンチックなシチュエーションなんて、僕と鶯のあいだには必要ない。

 普段どおりの生活の中で、お互いの気持ちをさりげなく確かめ合えば、それだけでOKのはずだ。


 考えを巡らせながら、愛しの鶯を待ちわびる。

 さほど長い時間ではないはずなのに、永遠とも思えるくらいに感じてしまうのは、それだけ待ち望んでいたからだろうか。


 ドタドタドタ。

 階段を駆け下りてくる音が響く。もちろん音の発生源は鶯以外にない。

 チャイムの音で目覚めて、慌てて起きてきたんだろうな。鶯らしい。

 微笑ましく思いながら、まだちょっと時間がかかるかなと覚悟を決める。


 大丈夫。大好きな女の子を待つ時間も、思いを馳せる上では楽しい大切なひとときになるのだから。

 などと考えていると、思いのほか早く玄関のドアが開かれた。

 飛び出してくる鶯。


「おは……よ……う……」


 思わず僕の挨拶の声が途切れがちになったのも、当然の反応と言えるのではないだろうか。

 なぜなら鶯は、寝グセだらけのボサボサの頭で出てきたのだから。


 それだけではなく、制服も急いで着たためかすごくグチャグチャで、ブラウスの裾が片方スカートの中に入った状態。

 反対側の裾は出ているけど、ついでにその下のシャツまでもが外に顔を出していた。

 なおかつ、胸のリボンも完全に曲がっている。目の前にいるのが僕じゃなくて女子校のお姉様だったら「リボンが曲がっていてよ?」とか言われてそっと直されるに違いない。


 ついでに言えば、彼女は手ぶらだった。

 今日は普段どおりの授業がある日だから、カバンを持たずに登校するはずがない。単純に持ってくるのを忘れたのだろう。


 僕がそれらすべてを指摘すると、


「あ~、ほんとだ~!」


 と言い残して家の中に逆戻り。

 そんなに急がなくてもいいのに、まったく鶯ってやつは……。

 僕がせっかく告白しようと気合いを入れているのに、あまりにもひどい。

 女の子としての自覚がなさすぎるだろう。少しはラナンさんを見習ってほしいものだ。


 しばらくして、鶯はやっぱりドタドタと玄関から飛び出してきた。


 髪の毛はまだ少し跳ねているけど、いつもそんなもんだし、まぁ、許容範囲内だろう。

 さっきはなかったヘアピンも、今はしっかりとつけている。

 ……相変わらず虫系で、今日はリアルなキリギリスの飾りがついたものだけど、それは鶯の趣味だし、これも許容範囲内。


 制服も、完璧な着こなしとまではいかないけど、普通に人前に出られるレベル。

 リボンの形が少し悪いけど、それくらいなら問題なしだろう。

 当然ながら、今度はカバンもちゃんと持っている。

 カバンにつけられたストラップも虫をかたどったものばかりだけど、それもいつもどおりなので、むしろOK。


 ただ、どうしても見逃せない部分が追加されてしまっていた。

 おなかがすいていて、朝食も取っておこうと思い立ってしまったのだろうか、鶯はパンを口にくわえたまま出てきたのだ。

 玄関のドアにカギをかけ、反転して僕のほうに笑顔を向けると、


「ほれひゃあ、いひふぁひょうは!」(それじゃあ、行きましょうか!)


 通訳が必要な言葉をかけ、そのまま気にすることなく、いざ出発、といった様相。

 さすがに僕は呆れてしまった。

 いったい鶯は、どんな精神構造をしてるんだ?


 そりゃあ、変わっているのは前々から知っていることだし、今さらではあるけど。

 それにしたって、僕のことをもし好きなのならば、身だしなみだとか行動だとか、もうちょっとは気にするものだろう。

 それなのに、髪も服も乱れたまま僕の前に出てきたり、パンをくわえたまま飛び出してきたり。

 あ~あ、よく見れば、くわえたパンに塗りたくられたマーガリンやジャムが、口の周りにべったりついてるし……。


 いくらなんでも、ひどすぎなんじゃないだろうか?

 ラナンさんだって応援してくれているっていうのに、この状況はあんまりだ。

 全然告白できるような雰囲気じゃない。


 鶯のやつ、もしかして、わざとやってるんじゃないか?

 僕のことを、からかってる? それとも、バカにしてる?

 様々な考えが頭を駆け巡るうちに、だんだんと怒りが込み上げてくる。


 そんな僕に、鶯は首をかしげながら「どうしたの?」といった雰囲気で視線を向ける。

 口にパンがなくて、マーガリンやジャムがべっとりくっついていなければ、可愛らしい仕草とも思えるのだけど。


「もっと女の子らしくしなよ」


 怒りの爆発をどうにか抑えならが、たしなめるように言う。

 真ん丸な目で、僕は見つめられる。


 もぐもぐもぐもぐもぐもぐ。

 パンがするすると鶯の口の中に吸い込まれていく。

 もぐもぐもぐもぐもぐもぐ。

 僕がじっと見つめ返す中、鶯はよく咀嚼して全部飲み込んでから口を開いた。


「なによそれ!? 女の子らしいってなに!? あたしはあたしだもん! しょうがないじゃない!」


 突然の怒鳴り声が飛び出す。

 まだ口の中に残っていたパンくずまでもが、その勢いで一緒に飛び出すのもお構いなしに。


「な……なんだよ! もっとおしとやかにしないと、お嫁の貰い手もないよ!?」

「い、いいもん!」


 僕の反撃に、一歩も引かない鶯。


「よくないでしょ? 老後にひとりきりなんて、鶯だって寂しいでしょ!?」

「だ、だって……」


 次々とぶつけられる僕からの怒号に、鶯の勢いは一旦途切れる。

 なんだかうつむき加減になり、顔も赤くなっているようだ。

 それは怒りのせいだけだろうか、それとも……。


 ともかく、そんな鶯の口から続けられた言葉は、さっきまでの勢いとは打って変わって、ドキッとするような可愛らしい調子だった。


「誰も貰ってくれなかったら、染衣が貰ってくれるでしょ……?」


 鶯はそう言うと、上目遣いで僕を見つめてくる。なんだか、ちょっと、恥ずかしい。

 そのせいもあるけど、今までの勢いを止められなかったこともあり、僕は鶯にひどいことを叫んでしまう。


「僕に余り物を処理しろっての!?」

「あ……余り物ってなによ!」

「だって、そういうことでしょ!?」


 僕の言葉に、鶯も怒る。

 売り言葉に買い言葉。僕のほうも、止められない。


 確かに僕は女の子らしくない鶯の状態に、さっきからずっと怒ってはいた。

 でも、なんでも遠慮なく言い合える、そういう間柄だと思っているからこそ、余り物だなんて、本気ではない言葉までもが飛び出したのだ。


 それなのに鶯は、そんな僕の思いに気づきもせず、


「いいよ、もう! 染衣なんて大っ嫌い!」


 大声で言い捨てると、凄まじいスピードで、走って先に行ってしまった。


 ………………。


 ……いや、僕が悪い。

 それは僕にだってわかっている。

 だからこそ、心がズキズキと痛んでいるのだ。


 呆然と立ちすくむ僕。

 いきなり静かになり、血の上った頭が徐々に冷やされていく。

 周囲に人影はない。

 人がいたら、野次馬が集まってきていたかもしれない。そう考えれば、助かったとも言える。


 だけど――。


 家を出た瞬間は、あんなにも心が弾んでいた。

 日差しも温かく感じ、小鳥たちの歌声も心地よく響いていた。

 それなのに、今はどうだろう。


 今日って、こんなに冷たい風が吹いていたっけ?

 小鳥たちの声って、こんなにも空しく頭の中に響いてくるものだっけ?


 あ……あれ……? 僕……なにを……。

 告白を決意して……でも言えなくて……。大声で怒鳴り合って……。

 それに鶯、大嫌いって……。


 あれ? あれれ??


 混乱。動転。茫然自失。

 戸惑いを隠せない。


 僕の瞳からは、無意識にひと筋の雫が流れ、朝日にきらめきながら地面に舞い落ちていった――。


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