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数日経ち、週明けの月曜日。
いつものように鶯と昇降口前まで一緒に登校、下駄箱で紫輝と合流し、僕は教室へと向かった。
紫輝に変わった様子はなく、普段どおり他愛ない会話も交わした。
休み時間になれば僕の席にまで歩いてきて、適当に話して時間を潰す。それも、いつもどおりだ。
ただ、ひとつだけ気になる点があった。笹百合さんの話題が出ないことだ。
とはいえ、いくら好きな女の子がいて一緒にいればラブラブな状態でも、年がら年中、相手の子のことばかりを考えているわけじゃない。
だからそれは、とくに不思議なことではないはずだ。
なのに僕は、なんとなく違和感を覚えていた。
もっとも、それが単なる勘違いで、話題を振るなりラブラブなのろけ話を延々とされ始めても困る。
というわけで、僕はあまり気にしないようにしていた。
でも、昼休みになって笹百合さんが訪ねてくると、その違和感が正しかったことを確信する。
笹百合さんの隣には鶯も並び、いつもどおり昼食を一緒に食べようと誘いに来たのだけど。
教室を見回してみても、紫輝の姿はどこにもなかった。
とりあえず、僕はひとりで鶯たちのもとへ。
「こんにちは。ごめんね、紫輝のやつ、いないみたい。トイレにでも行ったのかな?」
「あっ、そうなんだ。んじゃ、ちょっと待ちますか!」
「……ええ」
ふたり分のお弁当を抱えたままたたずむ笹百合さんは、いつもなら飛びついてくる勢いの紫輝がいないことを寂しく思っているのだろうか、うつむきがちで元気がない。
僕たちはしばらく黙って紫輝が戻ってくるのを待っていたけど、一向に帰ってくる気配はなかった。
「あまり遅くなると時間もなくなるし、先に行ってよう。いつもの場所だし、あとから来るでしょ」
「そだね~、んじゃ、れっつらごぉ~! 今日のおべんとなんだろな~! って自分で買ってきたパンだけど~!」
鶯は相変わらず明るく能天気に振舞う。
おそらくは、笹百合さんに元気がないことを気遣っての行動だろう。
……絶対にそうとは言いきれないけど。
ともかく、いつものように文芸部の部室へと向かい、僕たちは先に食べ始めることにした。
ま、そのうち来るだろう。僕はそんなふうに気楽に考えていた。
ところが、待てど暮らせど紫輝は現れない。
「ほんと、どうしたんだろうね? メールしても返信なしだし」
「まったくよね~。……萌香ちゃん、なにか聞いてない?」
「……ううん、聞いてない……」
答える笹百合さんの声は、消え入りそうなほどだった。
もう昼休みも終わる時間だというのに、箸をつけてはいるものの、お弁当はほとんど減っていない。
やがて、予鈴が鳴り響く。
結局紫輝は来なかった。
僕たちは昼食を終え、とぼとぼと教室に戻った。
☆☆☆☆☆
僕が教室に戻ると、紫輝はすでに自分の席に着いていた。
まだ授業開始のチャイムが鳴るまでには少しだけ時間がある。
僕は紫輝のそばに駆け寄った。
「紫輝、どうして来なかったの? 笹百合さんが、せっかくお弁当持ってきてくれたのに」
「ん? あ……ああ。ちょっと、トイレにこもっててな」
「そうなの? 大丈夫?」
「ああ、もうすっきりだ」
「そっか、ならいいけど。でも、せめてメールくらいしてよ」
「悪い悪い」
……そう言いながらも、全然悪いと思っていないような、素の表情。
いや、それは素というよりも、心ここにあらずといった様子で、目もなんとなく虚ろなように思えた。
すぐにチャイムが鳴り、先生が教室に入ってきてしまったため、僕は仕方なく自分の席に戻ったけど。
授業中は気になって集中なんてできず、僕はずっと紫輝の背中に視線を向け続けていた。
☆☆☆☆☆
窓際の席に座る紫輝を観察していると、たまに外を眺め、はぁ~とため息をこぼしていることに気づいた。
なにかあったのかな?
考えられるのは、やっぱり笹百合さんとのことだろう。
あれだけラブラブだったのに、まったく話題に出そうともしない。
週末を挟んだことから考えると、もしかして笹百合さんに告白して玉砕したとか?
笹百合さんも元気がなかったし、可能性としてはそれが一番ありえるかもしれない。
ともあれ、もしそうだったとしたら、笹百合さんはお弁当を持っていつものように昼休みに呼びに来るだろうか?
僕や鶯がいる手前、いきなり来なくなったらバレバレだから、とりあえず来たって感じだったのかな?
だけど、紫輝がいたらそれこそ気まずくてバレバレだろう。
告白されて一旦は拒絶したけど、じっくり考えてみて、やっぱり自分も好きだという気持ちに気づいて、OKしようと思っているとかは?
これなら笹百合さんの元気がなかったことも含めて説明がつくかもしれない。
……いや、その場合でも、直接電話なりメールなりはするだろう。
最近は結構積極的になってきてはいたものの、元来控えめな性格の笹百合さんだし、メールすら送るのをためらっている、とも考えられる。
違和感はあるけど、やっぱりそういうことなのかな?
仮にそうだとしても、僕としては納得のいかないことがある。
紫輝とは今年この高校に入学してから出会ったわけだし、友人としての期間は二ヶ月程度でしかない。一般的には短いと言える。
それでも、僕たちはなんでも話せるくらいに気を許し合っていると思っていた。
もしかして、そう思っていたのって、僕のほうだけなの? 僕の勝手な思い込みでしかなかったの?
そんなふうに考えると、とても悲しくなってくる。
授業を聞いていても、頭にはまったく入ってこなかった。
ひとりで頭を悩ませていても、埒が明かない。
ここはやっぱり紫輝をつかまえて、じっくりと問い詰める必要があるな。
よし。
僕はぐっと拳を握り、決意を固めた。……のだけど。
放課後になると、まるで僕から逃げるように――いや、僕なんか眼中にないのかもしれないけど、紫輝は素早く教室から飛び出していってしまった。