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鶯を家まで送り届け(といっても隣の家だけど)、僕も帰宅した。
「ただいま~」
ドアを開けるやいなや、リビングから好野が飛び出してくる。
「おにぃ、お帰り~! ねぇ、どうだった、どうだった!?」
期待を顔いっぱいに浮かべながら、デートの結果を聞きたがる好野。
なんというか、非常にウザい。
「うるさいってば!」
僕は無視して靴を脱ぐ。
と、ドタドタとお母さんまでもが玄関へと駆けてきた。
すぐさま、
「染衣、お帰り~! ねぇ、どうだった、どうだった!?」
好野とまったく同じハイテンションでまったく同じように訊いてくる。
このふたり、間違いなく親子だ。
「この時間だと、食べてきてはいないわよね~?」
「うん」
僕たちは遊園地からまっすぐ帰ってきていた。
そうか、どこかで食事でもしてきたほうが、デートっぽかったかもしれないな。
そんなふうに考えながらぼんやり答えると、お母さんと好野は、にまっ、と笑った。
「夕飯の準備はできてるわよ」
「よしのもまだ食べてないんだ~! 一緒に食べようと思って!」
「それって……」
嫌な予感。
「もちろん、いろいろ聞き出すためよ!」
やっぱり!
「ふふふ、智絵理も聞きたいわ~! 染衣のファーストキスの話!」
両手を胸の前で組み合わせ、身を乗り出すほどの勢いで、お母さんがこんなことを言い出す。
僕は当然、即否定。
「してないっての!」
「え~? じゃあ、熱くぎゅーっと抱きしめ合った話は?」
続けざまに好野が興味津々といった瞳で問いかけてくる。
こちらも断固否定。
「ないよ! 勝手に話を作るな~!」
「ちぇ~っ! じゃ、実際はどうだったのか、詳しく聞くってことで!」
「そうね~。夕飯の時間で、ゆ~っくり聞きましょう!」
「僕、部屋で……」
「ひとりで食べるなんて、まさか言わないわよねぇ~、染衣?」
「う……はい、ちゃんと一緒に食べます」
「よろしい♪」
こうして僕は、遊園地デートの様子を事細かく話す羽目になってしまった。
☆☆☆☆☆
食事を終え、満足そうな好野とお母さんを残したまま、僕はげんなりとしながら部屋へと戻った。
ため息をひとつこぼし、視線をある一点に向ける。
机の上の恋花は、とてもいい感じで色づいてきているようだった。
ほぼピンク一色だった花びらには、赤い色や黄色などもまざり始めている。
ラナンさんいわく、お互いの気持ちが最高に強まり、恋人になれたあかつきには、虹色に輝き出すのだとか。
花はやがて実となり種になる。それを見守るのが、恋花の妖精としてのラナンさんの役目らしい。
「ただいま」
「お帰りなさい!」
僕の帰りを、ラナンさんが温かい笑顔で迎えてくれた。
こうやって出迎えてもらえることにもすっかりと慣れた。今ではもう、帰ってきて部屋にラナンさんがいなかったら、寂しく感じてしまうことだろう。
ただ、今日はいつもと違う行動を、ラナンさんが取った。
「デート、楽しんできましたか?」
「うん。楽しかったよ」
「ふふっ、よかったですわね!」
僕の答えを聞くと、ラナンさんはそう言って、僕の手をぎゅっと握ってくれた。
柔らかなラナンさんの手の温もりに包まれる。
……って、あれ?
「わっ!?」
僕は思わず驚きの声を上げて、ラナンさんの手を払いのけてしまった。
「ご……ごめんなさい、嫌でした?」
「そうじゃなくて……。ラナンさん、僕に触れるの?」
驚いた理由はこれだ。
確かに透明な感じもなくなり、花のようないい香りもしっかりと感じられるようにはなっていたけど、彼女はあくまでも恋花の妖精。本体の恋花と同様に、触れることはできないものと考えていた。
それなのに……。
「ええ。恋花が色づけば色づくほど、わたくしの存在も強くなってゆきますから。いくら色づいても恋花自体には触れることができませんが、わたくしには触れることもできるのですわ」
ラナンさんはそう言いながら、それを証明するかのように再び僕の手を取り、そっと握る。
そのままするりと指を絡め、さらにぴったりと寄り添ってきた。
爽やかな花の香りが、僕の全身を包み込む。
「ふふっ」
笑顔で微笑む。
顔もすごく近い。香りだけじゃなく、笑い声の吐息すらも直接感じられるほどに。
ラナンさん、すごく整った顔立ちをしてるな……。
シミもシワもアザやホクロもない白い肌は、きっと触れたらすべすべだろう。
とても優しく声をかけてくれて、僕を温かく包み込んでくれるラナンさん。
まさに理想的な女性像と言ってもいいかもしれない。
ちょっとお母さんに似た顔も、惹かれてしまう要因になっているだろうか。……僕はべつに、マザコンではないけど。
そこで気づく。
僕って、ラナンさんに惹かれ始めてるの……?
指を絡め、すぐ目の前で微笑んでくれているラナンさんを、無意識のうちにじっと見つめてしまう。
はっ。
いけないいけない。ラナンさんは恋花の妖精なんだから。
そういう対象として考えてはいけない人なのに。
それに僕は、鶯のことが好きだというのに、妖精とはいえ他の女性に惹かれているだなんて。
そんなの、あってはならないことだ。
僕は素早く手を離し、洋服ダンスのほうへと逃げるように移動する。そして、
「ぼ……僕、お風呂に入ってこないと! 今日は疲れたし、お風呂から戻ったらすぐに寝るよ!」
焦りを多分に含んだ声を上げつつ、僕はパジャマと替えの下着を準備し始めた。
「ふふっ。添い寝でもして差し上げましょうか?」
僕をからかうかのようにイタズラっぽく微笑み、ラナンさんはそんな提案をしてくる。
「そ……そんなの、いらないから!」
「ふふっ、わかりました。ですが、ちょっと残念ですわ」
「なに言ってるのさ! そ……それじゃあ、お風呂入ってくるから!」
「はい、行ってらっしゃい」
僕は慌てて部屋を出た。慌てすぎて、階段を踏み外しそうになってしまったけど。
☆☆☆☆☆
お風呂から戻ると、ラナンさんはいつもの落ち着いた物腰に戻っていた。
「先ほどは、ちょっと意地悪がすぎましたでしょうか? 許してくださいね」
そう言って、頭を下げる。
「わたくしも少々、はしゃいでしまっているのかもしれません。恋花も随分と色づいてきましたから……。おそらくもう少しだと思いますので、頑張ってください」
「……うん、頑張るよ」
「それでは、おやすみなさい」
いつもどおり、優しい笑顔でおやすみの挨拶を済ませると、ラナンさんの姿はすーっと薄れ、空気の中に消えていった。
僕は電気を消し布団に潜り込む。
ちょっとだけ、ラナンさんに添い寝してもらえなかったことを残念に思いながら――。