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遊園地を出て、最寄り駅まで向かう道中。
僕たちは自然と、男同士、女同士に分かれていた。
僕と紫輝が前、少し離れて鶯と笹百合さんが歩いてくる。女性陣が距離を取ったのは、お互いのことを報告し合っているからだろう。
そして僕も、隣を歩く紫輝に話しかける。いろいろと聞き出してやろうと考えながら。
「偶然見えたんだけどさ、なんか随分、いい雰囲気だったんじゃない?」
やるね~、このぉ~! といった冷やかしを込めた言葉。当然ながら、ニヤニヤとした笑いも添える。
僕と鶯は興味津々でのぞいていたのだから、偶然見えたというわけではないけど、そんなのは些細な違いでしかない。
「ん。まぁ、そうだな」
意外にも、素直に肯定が返ってきた。
「……なんだよ。恥ずかしがってくれなきゃ、つまらないじゃん」
「なに期待してんだか。でもさ、仕方がなかったんだよ」
「え? どういうこと?」
「笹百合さん、高所恐怖症なんだってさ。言い出せなくて、観覧車に乗ってからも我慢してたらしいんだけどな。なんか様子がおかしかったから、聞いてみたらそういうことだった。だからすごく怖がってて。それですぐそばに寄り添って、一周するまでの辛抱だからって慰めてたってわけだ」
「そうだったんだ……」
乗る前に言ってくれればいいのに、と思わなくもないけど、控えめな性格だから乗り気な僕たちに遠慮して言い出せなかったんだろうな。
高所恐怖症で怖くても、紫輝と一緒に観覧車に乗りたいと思った、なんてこともあるかもしれないけど。
「ジェットコースターとかにも乗りたがらなかったけど、絶叫マシーンなんかは女の子だし苦手なのかもって考えただけで、高所恐怖症にまでは思い至らなかった……。くそっ、失敗したな……」
紫輝は心底悔しがっているようだ。
本気で笹百合さんのことを好きなんだな。細かくデートの計画まで練ってきていたみたいだし。
「ところで、そっちはどうだったんだ?」
不意の質問。僕は素直に応じる。
「こっちはダメダメだよ。ちょっとだけいい感じにはなったんだけど、すぐに鶯がふざけてほっぺたを引っ張り始めるしさ。おかげで係の人に怒られちゃったよ」
「ははは、お前たちらしいな」
「うるさいっての!」
せっかくのデートだったというのに、結局あんな感じになっちゃったのは、さすがに残念でならない。
ともあれ、それが僕と鶯の自然な関係と言えるのかもしれないけど。
「あ~、それにしても笹百合さん、すごくいい香りだった……」
僕が沈黙し始めたのを気にかけたのか、うっとりしたような顔で紫輝がつぶやいた。
「確かに笹百合さん、少し離れててもいい匂いがするよね。なんか爽やかな感じの。ブルーベリーっぽいかな? 女の子らしいよね、鶯と違って。鶯はなんだか変わった匂いしかしないし」
笹百合さんの匂いは、学校でも感じていた。
ふわっと空気の流れに乗ってくる爽やかな匂いは、心を落ち着かせてくれるようにも思えた。
すぐそばまで近づいたことはないから、ほのかに漂う香りといった感じでしかなかったけど。
それに比べて、鶯の匂いはちょっと変だ。べつに臭いわけじゃないけど独特な匂いで、僕は今まで生きてきて、鶯以外から同じ匂いを感じたことはない。
整髪料かシャンプーの匂いだと思っていたけど、朝シャンしたあとの匂いはまたちょっと違っていたし、整髪料らしきものを使っている形跡もない。
鶯のお母さんの匂いとも違う、鶯だけの匂い。
近くを通っただけでも感じる鶯の変わった匂いは、僕はそれなりに好きだけど、鼻にツンと来るようなあの感じは、嗅いだら不快に思う人もいるかもしれない。
そんなふうに考えていたのだけど。
「梅原さんって、どんな匂いなんだ?」
「え?」
僕は耳を疑った。
「至近距離まで近寄ったことはないけど、俺は梅原さんの匂いって、ほとんど感じたことはないけどな」
「そうなの? 僕はちょっと離れていてもわかるよ? 鶯の匂いだって」
そう答えると、紫輝は不思議そうな顔をする。
「そうなのか? ははは、もしかしたら、お前だけにしか感じられない匂いだったりしてな」
「え?」
「オスを惹きつける匂いを出す虫とかもいるだろ? そんな感じで」
「鶯は虫かよ!」
自分でも考えたことのある内容ではあったけど、さすがに僕は文句の声を上げる。
「悪い悪い。でも、将来の夢はカブトムシになること、とか言いそうな気もするけど」
「あ~、それは……確かに言いそうだけど」
「ま、そんな感じで、不特定多数の男性じゃなくて、お前だけを惹きつける匂いなのかもしれないってことさ」
「どうして僕だけなのさ」
「そりゃ、運命の相手だから、とかな」
「えっ?」
「そう考えたら、なんか嬉しいだろ?」
「ま……まぁ、そうだね」
頬を染めながら答える。
あれ? 紫輝のことを聞き出そうとしてたのに、いつの間にか逆転してる……?
僕はようやくそのことに気づき、紫輝と笹百合さんについての話に引き戻した。
「でさ、見えたのって観覧車のてっぺんくらいのときだけど、その後どうだったの? ずっと寄り添ってただけ?」
一瞬の躊躇。だけど、意を決したように、紫輝は言葉を漏らす。
「ん~、キス……」
「えっ、したの!?」
思わず声が大きくなり、慌てて口をつぐむ。
少し離れているとはいえ、後ろからは鶯と笹百合さんが歩いてきているわけだし。
「……できなかった……」
「ダメじゃん、やっぱり」
「やっぱりってなんだよ?」
「だって、紫輝、結構ヘタレだから」
「お前に言われたくない!」
そう叫んでつかみかかってくる紫輝。
いいだろう、相手になってやる! とばかりに、僕も応戦する。
「あんたら、仲いいわね! そっちの趣味だったりして~?」
突然鶯の声がすぐ近くで響いた。
いつの間にか追いついてきたらしい。女の子同士の話も終わったのだろう。
と、それよりも。
『そんなわけあるか!』
僕の否定の言葉に、紫輝の声もピッタリと重なる。
「息ピッタリじゃない! 図星なんじゃないの?」
『絶対にない!』
再び叫んだ否定も、またもやピッタリ重なった。
「にゃっはははは!」
鶯はおなかを抱えて大笑い。
その横で、笹百合さんも控えめにくすくすと笑い声をこぼしていた。
……鶯の笑顔、やっぱり可愛いな。思いっきり大口を開けて笑うから、あまり品はよくないけど。
僕の隣では、紫輝も笹百合さんの笑顔を見つめながら、笑みを浮かべている。
もちろん僕も笑顔だ。
雨上がりの空。
雲の切れ間からは夕陽が差し込み、四つの笑顔を明るく照らしてくれていた。