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夕方になって、ようやく僕と鶯は、紫輝たちと合流した。
「最後に観覧車にでも乗って帰ろうか」
紫輝の提案に頷く。
定番すぎかもしれないけど、遊園地デートの締めとしては、やっぱりこれが一番だろう。
そんなわけで、合流してすぐ、再びふたりずつの組に分かれることになった僕たち。
もちろん、組み合わせは紫輝と笹百合さん、そして僕と鶯のままだ。
最初に紫輝たちがゴンドラに乗り込む。
一応四人でも乗れるサイズではあるものの、係の人もよくわかっているようで、紫輝と笹百合さんのペアが乗り口に歩み寄った時点で、僕たちをそっと手で制した。
笹百合さんの手を取り、先にゴンドラに乗せる紫輝。一周して戻ってきたときには先に降りて、同じように手を引いてあげるのだろう。
紫輝はしっかり、笹百合さんのエスコート役をこなしているようだ。
続いて、僕と鶯。
先に鶯が乗ったのは紫輝たちと同じなのだけど、鶯ははしゃぎまくった様子でゴンドラに文字どおり飛び乗った。
係の人に注意されてしまい、頭を下げつつ僕もゴンドラに乗り込む。
ゴンドラのドアが係の人によって閉められ、ふたりきりの密室に。
少しドキドキしながら、僕は鶯の正面に座る。
ゴンドラは徐々に地面から離れていった。
「前に来たときも、この観覧車に乗ったよね」
「そうだね~。智絵理ちゃんとまだ小さかった好野ちゃんも一緒に、四人で乗ったんだよね。それでも狭くは感じなかったけど、今じゃ四人だと狭そう」
鶯は遠い目をして懐かしそうに微笑む。
鶯も好野と同様に、おばさんと呼ばれるのが嫌いな僕のお母さんのことを智絵理ちゃんと呼んでいる。
「うん。さすがに紫輝たちも一緒だと、窮屈だっただろうね」
「それはそれで、ふたりを密着させるいい作戦になったかもしれないけどね~! にへへ!」
「……だけどそうなると、僕と鶯も密着することになるんじゃ……」
「そ……そうね……」
僕の指摘に、鶯もさすがに恥ずかしがっている様子。
しまった、会話が途切れちゃった……。
ゴンドラはゆっくりと上昇していく。
普段、ふたりで一緒にいるときは鶯がうるさいくらいに喋りかけてくるから、沈黙するなんてことなんてほとんどなかったけど。
鶯が黙ってしまうと途端に会話がなくなってしまう。
僕から喋らなきゃいけないのに、どうしてか言葉が出てこない。
幼い頃からずっと一緒に育ってきて、そばにいることも多かった鶯ではある。
とはいえ、こんなに狭い場所でふたりきりなんて状況は初めてだった。
そう思うと意識してしまい、まともに鶯の顔も見られなくなる。ただ眼下の景色を眺めることしかできない。
雨はもう止んでいる。
雲の向こうでは太陽が赤く色づき始めているのだろう、ほのかなオレンジ色が、薄くなってきた雲を通して周囲の景色全体を染めていた。
「……景色、綺麗」
「うん……」
僕が喋らないせいで同じように視線を外に向けていた鶯が、ぽそりとつぶやく。だけど、会話は続かない。
ゴンドラはそろそろ、てっぺんまで到達しようとしていた。
ふと、鶯が僕を見つめてきた。
一瞬ドキッとしたけど、その視線は僕を通り越し、さらに背後へと向けられているようだった。
次の瞬間、鶯の顔が、突然僕の目の前まで迫ってくる。
……いや、違う。
僕の右横に顔を寄せ、ゴンドラの外を見ているだけだった。
鶯の匂いを間近に感じながら、僕もその場でそっと振り返り、同じ方向へと目を向けてみる。
視線の先には、ひとつ前のゴンドラ、つまり、紫輝と笹百合さんが乗っているゴンドラがあった。
「わおっ! あっち、なんかいい感じじゃない?」
「あっ、そうだね。片方の椅子にふたりで並んで座ってる」
「こっちに背中を向けてるから、表情が見えないのが残念だわ!」
「……でもこっちを向いてたら、気づかれちゃうよ」
「なるほど、そうね! のぞき見するには、ちょうどよかったってことね!」
「いや、まぁ、確かにそうだけど。でもこういうのは、ちょっと悪いような……」
「見られるかもしれないところでイチャついてるほうが悪いのよ!」
「そうかなぁ……。それに、寄り添って座ってるだけで、べつにイチャついてるわけじゃ……」
「うっさいわね、黙ってなさいよ! いいシーンを見逃しちゃうかもしれないじゃない!」
「……どんなシーンを期待してるんだか」
「そりゃ、観覧車で男女ふたりきりっていったら、当然……」
そこまで言って、鶯の言葉が途切れる。
自分の今の状況を思い出したからだろう。
すなわち、観覧車で僕とふたりきりだという状況を。
再び訪れた沈黙。とはいえ、さっきほど気まずい感じではない。
鶯は染衣たちのゴンドラに目を向けたままだ。
僕はすぐそばにある鶯の横顔をじっと見つめる。
その視線に気づいてこちらを向けば、鶯と僕の顔の距離は、ほんのわずか……。
僕の気持ちが通じたのか、鶯が僕のほうを向く。
すぐそばで――お互いの呼吸音まで聞こえるほどの至近距離で、鶯と僕は見つめ合う。
観覧車の頂上付近で、ゴンドラの中にふたりきり。
最高のシチュエーション。
でも……。
「みにょ~ん!」
「ふわっ、なにひてふんひゃひょ!?」
一応通訳すると、うわっ、なにしてるんだよ!? となる。
鶯のやつ、いきなり僕のほっぺたを両手で引っ張り始めたのだ。しかも、思いっきり。
「みにょにょ~ん! にへへへ、染衣のほっぺ、あまり柔らかくないけど、結構伸びるね~!」
「いひゃって……! えいっ、ひかえひ!」(痛いって……! えいっ、仕返し!)
「ひゃっ!? ひゃめふぇぇ~! これいひょうひゃわやはふなっはら、はえひゃう~!」(ひゃっ!? やめてぇ~! これ以上柔らかくなったら、垂れちゃう~!)
「ふぁっふぁら、ふぉっひふぁふぁはへ~!」(だったら、そっちが離せ~!)
「ひや! あひゃひひふぇいえいふにゅは~!」(イヤ! あたしに命令するな~!)
思いっきりほっぺたをつかみ合い、ゴンドラが大きく揺れまくる。
さすがにそれで止まったりはしなかったものの、一周してゴンドラを降りた僕たちは、係の人からこっぴどく叱られる結果となってしまった。