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家を出るとまず、隣の家の鶯を呼びに行った。
玄関から出てきた鶯の久しぶりに見た私服姿で、なんだか必要以上に鼓動が高鳴る。
僕からはなかなか話しかけられず、鶯のほうも少々緊張しているのか、いつものように矢継ぎ早に喋りかけてくるという様子ではなかった。
ちらほらと遠慮がちに話しかけてくる内容は、相も変わらず虫の話題がメインだったのだけど。
電車に乗り、つつじ山遊園地の最寄り駅へ。その駅の前で、紫輝や笹百合さんと待ち合わせている。
笹百合さんは僕たちよりも先に来ていた。
それから数分後、約束の時間ギリギリに慌てた様子の紫輝が到着する。
「こういう日は余裕を持って行動しろよな」
「悪い悪い。途中で急病人を助けてきたから」
「嘘つくな!」
そんな軽口をぶつけ合うと、笹百合さんが控えめな笑い声をこぼす。
さて、役者は揃った。いざ、遊園地デートへ!
……などと気合いを入れると失敗しかねないから、僕は気楽に構える。
「それじゃ、行こうか」
「うん!」
僕の言葉に、鶯が満面の笑みで答えてくれた。
☆☆☆☆☆
遊園地内に入ってすぐ、僕と鶯はある行動に出た。
電車の中で、僕たちは他愛ない虫の話ばかりしていたわけではなかった。
……いやまぁ、ほとんどが虫の話だったのは否定できないのだけど。
ともかく、僕と鶯は話し合って決めていたのだ。
遊園地に入ったらわざとはぐれて、紫輝と笹百合さんをふたりきりにしてあげようと。
雨が降ったり止んだりという天候のせいで、意外と人が少なめなのは想定外ではあったけど、それでも作戦は予定どおり実行された。
僕たち四人は基本的に、紫輝と笹百合さんが横に並び、僕と鶯も並んでふたりに続く感じで歩いていた。
紫輝はインターネットでいろいろと検索し、それぞれの乗り物の平均的な待ち時間のデータだとかも調べてきたらしい。そのせいで夜遅くまで時間がかかり、遅刻しそうになったのだとか。
意外に計画的なやつだったんだな、紫輝って。僕なんて、なにも考えていなかったというのに。
その熱心さを勉強に発揮できれば、もっと上位の成績が取れそうな気がするのだけど。
ちなみに紫輝の成績は、どの教科も僕とどっこいどっこいといった感じ。最低ランクではないものの、下から数えたほうが早いのは確かだった。
そんな紫輝が笹百合さんをエスコートするように、目的の乗り物を目指す。
そこで作戦決行。
機を見て、僕と鶯は素早く物陰に身を隠した。
これだけだと、僕たちを必死になって探し始め、デートどころじゃなくなってしまう可能性もある。なので、すぐさま携帯電話でメールを送った。
僕は紫輝に、鶯は笹百合さんに。そっちはそっちで楽しんでね、といった内容だ。
僕たちの気遣いを、紫輝は素直に受け取ってくれたのだろう、「わかった」と短い返信が届いた。
鶯も指でOKマークを作る。笹百合さんも了解してくれたようだ。
「よっし、作戦成功!」
ガッツポーズの鶯。
「……でも、僕たちもふたりきりだよね」
「そ……そうね……」
僕の言葉に、鶯は一瞬言葉に詰まる。頬がほのかに赤く染まっているようにも見えた。
なんか、デートだなんて意識すると、恥ずかしくてダメっぽいな。僕も顔が熱くなってきてるし……。
ここはいつもどおりを装って、気楽な雰囲気に戻さないと。
「だけどさ、僕たちの場合、いつもどおりって感じだよね」
「そ……そうよね!」
「とりあえず、久しぶりの遊園地、楽しもうか。いつだったか、うちの家族と来たときみたいに!」
「うん、そうしよう!」
逆効果でテンションを下げてしまう可能性もあったけど、僕があえて『家族』という言葉を用いて気楽さをアピールすると、鶯は明るい口調で素直に応じてくれた。
☆☆☆☆☆
鶯と一緒に遊園地を楽しむと、問題になることがある。というのを、僕はすっかり失念していた。
「いや~、やっぱり楽しいね! ストレス発散にもなるし!」
満足さをこれでもかとばかりに表しまくっている笑顔の鶯とは対象的に、僕はげっそり青い顔。
「そ……そうだね……」
どうにかそう答えるだけで精いっぱいだった。
鶯が乗りたがるのは、絶叫マシーン系ばかりだったのだ。
天候のおかげで待ち時間が少ないというのも、その状況に拍車をかけた。
次から次へと鶯に引っ張られて絶叫マシーンへと乗り込む。
結構大きな遊園地とはいえ、絶叫マシーンがそんなにいくつもあるわけではない。だから同じ乗り物に何度も何度も繰り返し乗っていた。
鶯がはしゃいで喜んでいるのは確かだから、僕としても嬉しいのだけど。
こんなにも連続で乗ったら、いくらなんでも体がもたない……。
「う……ごめん鶯、絶叫系はさすがにもう……」
「え~? だらしないな~、染衣は。でも、確かにちょっと、速い乗り物ばかりで足がふらふらしてきたわね」
「でしょ? だからちょっと休憩……」
「ゆっくり歩ければいいよね。んじゃ、次はこれで!」
「…………」
僕の腕を引っ張って鶯が入ったのは、リアルな怖さがネット上でも話題になっているお化け屋敷だった。
……これもある意味絶叫系……。
そんな文句なんて、僕に言えるはずもなかった。
☆☆☆☆☆
結局。
お化け屋敷のあとにも再び絶叫マシーンに乗せられた僕は、茂みの陰で吐いてしまった。
せっかくの楽しい気分に水を差すことになるし、ずっと我慢していたのだけど、とうとう限界が来てしまったのだ。
「もう、ほんと、だらしないんだから」
と言いながらも、鶯は僕の背中をさすってくれた。
「ごめん……」
「いいわよべつに。染衣はこういうの弱いだろうな~って思って、わざと絶叫系ばかり選んだんだし」
「む……ひどっ!」
「にへへ。でもほら、具合の悪い人を介抱する女の子ってのも、いいもんじゃない?」
「具合の悪くなった原因を作ったのが、その当人でないのならね」
「具合悪くても、減らず口は文字どおり減らないのね~」
「ま、それだけ鶯が話しやすい相手だってことだよ」
「うん。あたしも染衣になら、なんでも話せるよ」
「……体重は?」
「秘密♪」
「…………」
なんだか納得がいかないものの、とりあえず、気持ち悪さも随分と消えてきた。
「復活した? だったらもう一度、絶叫モンスターコースターと最凶ジャイアントコースターのはしごに……」
「行かないから!」
僕の悲痛な叫びで、さすがに鶯も今度は思い留まってくれた。
……というか、からかわれていただけだったのだろう。鶯は楽しそうに笑顔をこぼしていた。