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「やぁ、鶯。それに、笹百合さん。また会ったね!」
「あっ、染衣! やほ~!」
放課後、僕は下駄箱の前辺りの廊下で、笹百合さんと一緒に部活へ向かう途中の鶯と出会う。
もっとも、チャイムが鳴った瞬間に教室を出て、紫輝とともにこの場所で待ち構え、ふたりが通りかかるのを待っていたのだから、偶然というわけではないのだけど。
「さ……笹百合さん、こんにちは」
「藤柳くん、こんにちは……」
控えめながら、紫輝も笹百合さんと挨拶を交わす。
昨日まで話したこともなかったふたりだし、第一歩としては充分な成果と言えるだろうか。
「鶯は今日も、元気そうだね!」
「うん! もちろんだよ! あたしはいつでも元気元気! ……って、それってなんか、バカっぽい?」
「いやいや、元気なのはいいことだよ! ね、笹百合さん?」
「え? う……うん、そうね。私もそう思う」
「……一瞬迷いがあった気がする。もしかして萌香ちゃん、あたしのことバカだと思ってるの!?」
「そ……そんなことないよ!? そりゃあ、虫のヘアピンとか、大口開けて笑ったりとか、突然会話がワープしたりとか、変な子だな~とは思ってるけどっ!」
笹百合さん、それはフォローになってるの……? と思わなくもないところだけど。
「にへへ、ならよしっ!」
「いいんかい!」
満足気に笑う鶯にツッコミを入れたのは紫輝だった。
「え~? だってさ、藤柳くん、考えてみてよ。変っていうのはね、個性なんだよ! 没個性な今の世の中、個性的なのはむしろ望まれるべき能力なんだよ! だから変な子っていうのは、最高の褒め言葉なんだよ!」
よくわからない主張を、鶯は自信満々に迷いなく言いきる。
「えっと、べつに私、褒めてない……」
「ガーン!」
笹百合さんのナイスな指摘に、鶯は頭を抱えて廊下にうずくまる。
当然ながら、大げさに反応しているだけで、実際にショックを受けているわけではない。
ただ、スカートのまま深く腰を落としている状態だから、なんというか、中が見えそうで目のやり場に困ってしまう。
隣に並ぶ紫輝は、さりげなく視線を逸らしていたけど。
大げさに反応しすぎだよ、鶯……。
「まぁ、個性的ってのは、悪くないことだよね」
「そ……そうだよねそうだよね、染衣もやっぱりそう思うよね!? あたしってば、個性的で可愛い女の子だよねっ!?」
僕の言葉に勢いよく立ち上がり、必死にそう問いかけてくる鶯の顔は、すぐ目と鼻の先にあって。
ツバまで飛んでくるくらいの勢いには、さすがの僕も一歩引いてしまう。
……べつに嫌ってわけじゃないけど、やっぱりほら、息までかかるほどの近距離は、いくらなんでも恥ずかしいし。
「うわっ、近い近い! っていうか、自分で可愛い女の子なんて、よく言えたもんだね、鶯のくせに!」
「ちょっ!? くせにってなによ!? あたしのどこが可愛くないっての!?」
「いろいろありすぎるけど……とりあえず、ここ?」
僕はあまりの猛攻にたじろぎながらも、果敢に抵抗を試みる。
人差し指で指し示したのは、鶯の右側頭部で髪の毛を留めているヘアピン。というよりも、そのヘアピンにつけられた、大きな飾りだった。
カブトムシやらクワガタやらといった、虫の飾りのついたヘアピンを愛用しているのは、昔からのことだし今さら指摘することでもない。
だけど、いくらなんでも今日のヘアピンには、僕でも驚いていたからだ。
登校中から気になってはいた。
笹百合さんのことをいろいろと聞き出したりしていたため、余計なツッコミを入れる暇がなくて今まで黙っていたけど……。
今日のヘアピンの飾りは、蝶をかたどったもの。
うん、カブトムシやクワガタなんかと比べたら、ずっと可愛いデザインで女の子らしいとは思うよ。
だけど……。
「どうして羽を羽ばたかせたり、触覚や足がうごめいたりしてるのさっ!?」
そう。そのヘアピンは、不規則な動きで羽をパタパタ羽ばたかせ、触覚や足をうねうね動かしていたのだ。鶯の頭の上で。
「おっ、気づいてくれたのね!」
気づかないほうがおかしい。
「スーパーリアルシリーズっていう新製品なんだよ! 温度や湿度、音、光なんかに合わせて、いろいろな部分が動く仕組みになってるの! すっごくリアルだよねっ! 最高だよねっ!」
リアルすぎるというのは、大抵の場合、問題ありだと思う。
「まぁ、羽ばたきが強いと鱗粉まで舞い散って、ちょっと鼻がこちょばゆくなるのが、玉にキズだけど……ふぇ、ふぇっくちゅっ!」
『リアルすぎ!』
意外に可愛らしいくしゃみをぶっ放した鶯へのツッコミの声は、寸分の狂いもなく綺麗にピッタリと重なった。
☆☆☆☆☆
とまぁ、僕たちはこんな感じで、放課後には必ず四人で顔を合わせて話すようになっていった。
主に僕と鶯がいつものように幼馴染みスキル全開でバカ話を展開、紫輝と笹百合さんもたまに巻き込むようにして、しばらくのあいだ楽しく会話を続け、部活の邪魔にならない程度で切り上げる。
紫輝と笹百合さんも、控えめながら徐々に自分から話題を振ったりもできるようになり、気づくとふたりで微笑み合ったりなんかもしていて、どうやらいい雰囲気になってきているみたいだった。
朝にはいつもどおり、僕と鶯は一緒に登校している。
紫輝や笹百合さんとも一緒に登校できれば理想的なのだけど、ふたりとも僕たちとは電車の方向が逆だから、それは無理だった。
僕たちと同じように、紫輝と笹百合さんのふたりだけでも待ち合わせて一緒に登校すればいいのに、とは思うものの、まだそこまで親密になっているわけでもないようだ。
一緒に話す機会がもっとほしいところだけど、クラスが違うというのは、なかなか時間を合わせるのも難しいもの。
現状では、放課後に少しだけ会話する程度で満足するしかないだろう。
今日も今日とて、そうやって放課後の数分程度の会話を楽しんだあと、僕と紫輝は通学路を駅に向かって歩いていた。
「やっぱり笹百合さんって、いいよな~。ピアノが得意だなんて、女性らしいしイメージピッタリだよな~」
「ほんと、そうだね。欠点を探すのが難しいよね。しいて言えば、おとなしすぎるってことくらいかな?」
「それも清楚で可憐な雰囲気に合ってるけどな。とはいえ、我ながら結構話せるようになってきたと思うよ」
「うんうん。なかなかいい感じだと思う。たいてい紫輝が話しかけて、笹百合さんがひと言ふた言返すだけって感じではあるけど」
「それでも、大きな進歩だ」
「まぁね。だけど、以前鶯が言ってたけど、笹百合さん、言うときには言う強さも持ってるって話だから、もっと気を許してくれれば、いろいろと向こうからも話しかけてくれるようになるんじゃないかな」
「ということは、まだまだか」
「そうだね。でも大丈夫だよ。嫌だったらこんなに毎日のように話したりなんかしてくれないはずだし」
「だよな。もっと親しくなれるように頑張るしかないよな!」
笑顔の紫輝。
友人がこうも嬉しそうに笑っていると、こっちまで明るい気分になってくる。
「……それはそうと、お前のほうはどうなんだ?」
「え? 僕? ん~、相変わらずって感じだけど、でも、悪くはないと思うんだよね。笹百合さんと紫輝のこと、鶯も応援していろいろ考えてくれてるから、自然と恋愛についても意識するようになってきてると思うし」
「そのわりに、虫関連の話になると、色気もなにもなくなるけどな」
「まぁ、それは鶯だから仕方がないってことで……」
僕としても若干気になってはいるのだ。鶯の脳内ランキングで虫に勝つのは、容易ではなさそうだということが。
ともあれ、虫について熱く語っている鶯は、瞳をキラキラと輝かせて一段と可愛く見えてしまうから、やめろとも言えず……。
「好きなものの話をしているときってのが、一番自然体でいられて、活き活きしている瞬間だろうしな。お前も一緒に、虫について語ればいいだろ」
「いや、さすがにそれはちょっと……」
「お前も虫のヘアピンを借りてペアルックとか」
「それは絶対に嫌だ!」
「ははは! ま、確かにそんな虫虫カップルになってたら、俺はお前らから距離を取るけどな!」
「……だよね」
虫虫ってのは嫌だけど、カップルと言われるのはいいかも。
なんて考えながら、僕は紫輝に続いて駅の改札を通り抜けた。