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鶯たちがいなくなってからも、僕と紫輝は笹百合さんについての話を続けた。
笹百合萌香さん。鶯のクラスメイトで、文芸部所属。鶯とは部活が同じということで、仲もいいらしい。
マンガとかだと、よく親衛隊がいるような綺麗な子がいたりするものだけど、紫陽花高校に限って言えば、そんな話はまったく聞かない。
……実際の世界では、親衛隊がいるなんてことのほうが稀な状況だとは思うけど。
そんな高校ではあっても、飛び抜けているとまでは行かないまでも、比較的可愛い女子、といった噂話くらいは出回るもので。
笹百合さんの名前は、そういう噂の中にもたびたび登場していた。
学校のマドンナ……とまでは言えないと思うけど、噂になるくらいなのだから、それなりに人気があるのは確かだろう。
鶯のことが好きで他の女の子とつき合ったりする気のない僕でも、笹百合さんの姿を見て、女性らしくて可愛いという印象を持ったわけだし。
「可愛い子だよね」
「ああ。高校に入ってから、前以上に落ち着いた感じで、すごく綺麗になってる」
「へぇ~、そうなんだ。ずっと見てたんだね」
「いや、べつにそういうわけじゃ……ない、わけでもないけど……」
「あはは、紫輝が真っ赤になってるなんて新鮮だな~、ほんと」
いつもは僕が一方的にからかわれるばかりだったけど、今後は反撃できるかもしれない。
といった思いもないわけではなかったけど、仲のいい友人が恋をしている話を聞くのは、ちょっと恥ずかしいものの、なんというか微笑ましくて素直に応援したくなる。
紫輝はいつも、こんな思いで僕の話を聞いてくれていたのか。
「茶化すなよ。でも、ほんとにいいよな。すごい美人ってわけじゃないけど、ポニーテールが似合ってて、落ち着いた雰囲気で……。本を読んでる姿は、本当に絵になるんだぞ」
「本気なんだね。でもさ、噂になるくらいだし、人気あるんじゃない?」
「確かに、倍率は高そうだな」
「そういえば、何度かラブレターを貰ってるところを見たことがあるって、以前鶯から聞いたような気がする。同じクラスで文芸部の子って言ってたから、たぶん笹百合さんのことだよね。全部断ってるって話だったと思うけど」
「やっぱり、そうなのか……。でも断ってるなら、まだ特定の相手はいないってことだよな!」
一瞬肩を落とし、すぐにいい方向に考えを改めて元気を取り戻す紫輝。
なんだか見ていて楽しい。
「すでにつき合ってる人がいるから断ってる、っていう可能性もあるけどね」
わざと谷底へと突き落とすような意見を出してみると、紫輝は再度肩を落とし、沈み込んでしまった。
これはなかなか面白い反応だ。
僕が反応を見て楽しんでいることに気づく余裕すらなく、紫輝はうつむき、頬を染めたままつぶやく。
「だけど、中学の頃から好きだからさ……」
ふむ。ほんとに好きなんだ。
これ以上落ち込ませたら、さすがに悪いかな。
そう考えた僕は、紫輝の気持ちがプラスへと転じるように話を持ち上げる。
「それなら、紫輝が一歩リードじゃん? 高校に入ってから笹百合さんに憧れてるだけの人と比べたら、長いあいだ想い続けてるんだし」
「でもなぁ、同じ中学だったといっても、同じクラスになったことはないんだ。ずっと遠くから見ていただけだから、話したことすらないんだよな。だから笹百合さん、俺のことなんて知らないと思う」
「へぇ~。紫輝って結構純情なんだね、顔に似合わず」
「顔に似合わずは余計だ!」
「わっ、やめてよ紫輝! なんで耳を引っ張るのさ!?」
「引きちぎるためだ!」
「やめてってば!」
いきなり形勢逆転、僕が攻撃を食らう番になってしまったけど。
紫輝が本気で照れているのは、よくわかった。
とりあえず、つかみかかっている紫輝を押しのけて、耳を引っ張っている手を払いのける。
衣替えも迫るこの時期に騒いでいたら、自然と汗もにじんでくる。
そんな状況で男同士じゃれ合っているのは、さすがにちょっと嫌だ。周りから変な目で見られてしまうかもしれないし。
不意にチャイムの音が鳴り響く。授業開始の時間だけど、先生はまだ来ていない。
チャイムが鳴ると同時に席に着く真面目な人も多い中、紫輝は席に戻る気配がなかった。
先生が入ってくるギリギリまで、僕と喋っているつもりなのだ。
とはいえ、すぐに先生は来るだろう。
僕は笹百合さんの件について、話をまとめにかかる。
「よし。それじゃあ、鶯と仲もいいみたいだし、今度話してみるよ。それとなくいろいろ聞き出して、もし可能だったら鶯にも協力してもらえるように頼んでみる」
「ほんとか!?」
「うん、任せといて! もっとも、どうなるかはわからないけどね」
「……梅原さん、変わってるしな」
「そうだね。恋愛に興味とか、全然なさそうだし」
「そんなことはないんじゃないか?」
「そうかなぁ?」
「俺から見たら、絶対にお前のことを好きだと思うんだが」
「え~? 幼馴染みだから気兼ねなく話してるってだけだよ~。そりゃあ、好きでいてくれたら嬉しいけど……。でも鶯の場合、カブトムシとクワガタの次に好き、とか言いそう」
「ぶっ! ありそうだ!」
「でしょ~?」
そう言って僕と紫輝は笑い合う。
そのとき、廊下を歩く先生の足音が聞こえてきた。
おっと、話のまとめに入るつもりが、全然まとまっていなかった。
「とにかく、お互い頑張ろうね」
「おお、そうだな」
ガシッ。
差し出した右手と右手をがっしりと握り合い、健闘を誓う。
そして、ドアを開けて先生が入ってくるよりも早く、紫輝は自分の席へと駆け戻っていった。
勢い余って椅子が滑って横に倒れかかり、隣の席の女子に「なにしてんの!?」と文句を言われ、先生からも「静かにしろ、早くちゃんと席に着け」とお叱りを受ける羽目になってはいたけど。
それは僕とは無関係の出来事だ。