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KOIBANA  作者: 沙φ亜竜
3.もうひとつの恋の花
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-2-

 鶯たちがいなくなってからも、僕と紫輝は笹百合さんについての話を続けた。


 笹百合萌香さん。鶯のクラスメイトで、文芸部所属。鶯とは部活が同じということで、仲もいいらしい。

 マンガとかだと、よく親衛隊がいるような綺麗な子がいたりするものだけど、紫陽花高校に限って言えば、そんな話はまったく聞かない。

 ……実際の世界では、親衛隊がいるなんてことのほうが稀な状況だとは思うけど。


 そんな高校ではあっても、飛び抜けているとまでは行かないまでも、比較的可愛い女子、といった噂話くらいは出回るもので。

 笹百合さんの名前は、そういう噂の中にもたびたび登場していた。

 学校のマドンナ……とまでは言えないと思うけど、噂になるくらいなのだから、それなりに人気があるのは確かだろう。

 鶯のことが好きで他の女の子とつき合ったりする気のない僕でも、笹百合さんの姿を見て、女性らしくて可愛いという印象を持ったわけだし。


「可愛い子だよね」

「ああ。高校に入ってから、前以上に落ち着いた感じで、すごく綺麗になってる」

「へぇ~、そうなんだ。ずっと見てたんだね」

「いや、べつにそういうわけじゃ……ない、わけでもないけど……」

「あはは、紫輝が真っ赤になってるなんて新鮮だな~、ほんと」


 いつもは僕が一方的にからかわれるばかりだったけど、今後は反撃できるかもしれない。

 といった思いもないわけではなかったけど、仲のいい友人が恋をしている話を聞くのは、ちょっと恥ずかしいものの、なんというか微笑ましくて素直に応援したくなる。

 紫輝はいつも、こんな思いで僕の話を聞いてくれていたのか。


「茶化すなよ。でも、ほんとにいいよな。すごい美人ってわけじゃないけど、ポニーテールが似合ってて、落ち着いた雰囲気で……。本を読んでる姿は、本当に絵になるんだぞ」

「本気なんだね。でもさ、噂になるくらいだし、人気あるんじゃない?」

「確かに、倍率は高そうだな」

「そういえば、何度かラブレターを貰ってるところを見たことがあるって、以前鶯から聞いたような気がする。同じクラスで文芸部の子って言ってたから、たぶん笹百合さんのことだよね。全部断ってるって話だったと思うけど」

「やっぱり、そうなのか……。でも断ってるなら、まだ特定の相手はいないってことだよな!」


 一瞬肩を落とし、すぐにいい方向に考えを改めて元気を取り戻す紫輝。

 なんだか見ていて楽しい。


「すでにつき合ってる人がいるから断ってる、っていう可能性もあるけどね」


 わざと谷底へと突き落とすような意見を出してみると、紫輝は再度肩を落とし、沈み込んでしまった。

 これはなかなか面白い反応だ。

 僕が反応を見て楽しんでいることに気づく余裕すらなく、紫輝はうつむき、頬を染めたままつぶやく。


「だけど、中学の頃から好きだからさ……」


 ふむ。ほんとに好きなんだ。

 これ以上落ち込ませたら、さすがに悪いかな。

 そう考えた僕は、紫輝の気持ちがプラスへと転じるように話を持ち上げる。


「それなら、紫輝が一歩リードじゃん? 高校に入ってから笹百合さんに憧れてるだけの人と比べたら、長いあいだ想い続けてるんだし」

「でもなぁ、同じ中学だったといっても、同じクラスになったことはないんだ。ずっと遠くから見ていただけだから、話したことすらないんだよな。だから笹百合さん、俺のことなんて知らないと思う」

「へぇ~。紫輝って結構純情なんだね、顔に似合わず」

「顔に似合わずは余計だ!」

「わっ、やめてよ紫輝! なんで耳を引っ張るのさ!?」

「引きちぎるためだ!」

「やめてってば!」


 いきなり形勢逆転、僕が攻撃を食らう番になってしまったけど。

 紫輝が本気で照れているのは、よくわかった。


 とりあえず、つかみかかっている紫輝を押しのけて、耳を引っ張っている手を払いのける。

 衣替えも迫るこの時期に騒いでいたら、自然と汗もにじんでくる。

 そんな状況で男同士じゃれ合っているのは、さすがにちょっと嫌だ。周りから変な目で見られてしまうかもしれないし。


 不意にチャイムの音が鳴り響く。授業開始の時間だけど、先生はまだ来ていない。

 チャイムが鳴ると同時に席に着く真面目な人も多い中、紫輝は席に戻る気配がなかった。

 先生が入ってくるギリギリまで、僕と喋っているつもりなのだ。


 とはいえ、すぐに先生は来るだろう。

 僕は笹百合さんの件について、話をまとめにかかる。


「よし。それじゃあ、鶯と仲もいいみたいだし、今度話してみるよ。それとなくいろいろ聞き出して、もし可能だったら鶯にも協力してもらえるように頼んでみる」

「ほんとか!?」

「うん、任せといて! もっとも、どうなるかはわからないけどね」

「……梅原さん、変わってるしな」

「そうだね。恋愛に興味とか、全然なさそうだし」

「そんなことはないんじゃないか?」

「そうかなぁ?」

「俺から見たら、絶対にお前のことを好きだと思うんだが」

「え~? 幼馴染みだから気兼ねなく話してるってだけだよ~。そりゃあ、好きでいてくれたら嬉しいけど……。でも鶯の場合、カブトムシとクワガタの次に好き、とか言いそう」

「ぶっ! ありそうだ!」

「でしょ~?」


 そう言って僕と紫輝は笑い合う。

 そのとき、廊下を歩く先生の足音が聞こえてきた。

 おっと、話のまとめに入るつもりが、全然まとまっていなかった。


「とにかく、お互い頑張ろうね」

「おお、そうだな」


 ガシッ。

 差し出した右手と右手をがっしりと握り合い、健闘を誓う。

 そして、ドアを開けて先生が入ってくるよりも早く、紫輝は自分の席へと駆け戻っていった。


 勢い余って椅子が滑って横に倒れかかり、隣の席の女子に「なにしてんの!?」と文句を言われ、先生からも「静かにしろ、早くちゃんと席に着け」とお叱りを受ける羽目になってはいたけど。

 それは僕とは無関係の出来事だ。


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