相談室に来るの?
ー相談室。
何処の学校にもありふれたその部屋は、「色々な悩みを持つ生徒達に的確なアドバイスや解決策を提示してくれる」場所である。
都内某所にあるとある高校の校舎の片隅、比較的保健室に近いところにそれはあった。
その部屋の応接ソファに座り、ガラスのテーブルに頬杖をつくのは、二年保健委員の相良 忍。ひょんな事からこの相談室の相談員を任された普段はクールな男子だ。
「耐え忍」の愛称で呼ばれるとおり、我慢強く、根っからの常識人であるために相談員に抜擢されたのだが、このところ彼は相談員を承諾したことを後悔し始めている。
と、いうのも、この相談室には奇人、変人の類しか来ないからである。
ー忍は相も変わらず頬杖をつき、扉の方を「ぬぼーっ」と眺めていると、その扉が勢いよく開かれる。
その扉の前に立ちはだかったのは、幼さ溢れる体と制服がマッチしない少女だった。
「邪魔するぞ!!」
可愛い声を上げ、忍の返答も待たずに彼の向いのソファにどっかり座る少女A。
「よし、邪魔するなら帰れ」
「うむ、そうだなー、ってそんな吉〇新喜劇のような真似をするかっ!!」
見事なまでにノリツッコミをこなす少女の名は賀東 奈鈴。
愛らしい顔立ちに流れるような滑らかさを持つツインテール(怪獣にあらず)、その小柄な体格に見合った幼い子供のようなハスキーボイスは世の漢の心をお持ち帰りするには十分すぎる性能だが、重大な欠陥、もとい欠点がある。
その顔立ちにまったく似合わない険しい表情、への字に閉じた口元、おまけにあまりにも男臭い物言いが彼女の萌え要素を完全に相殺させてしまうのだ。
その賀東は今、ソファに仁王立ちして忍を見下ろす。
「貴様、まさか自らの職務を放棄するのか?何とまぁ、嘆かわしい・・・」
「嘆息しているところ申し訳ないが、むしろお前のその見た目と中身のギャップの方が嘆かわしいぞ」
冷静に忍が切り返すと、彼女の表情が一層険しくなる。
「む、貴様、怠惰だけでは飽きたらずにこの賀東奈鈴を愚弄するか!?」
賀東が一喝すると、忍が露骨に顔をしかめる。その表情はいかにも面倒くさげだ。
「誰も愚弄してねーよ・・・。つか、とにかくソファから降りようか?」
「ふ・・・、愚かな奴め。何故この私が貴様と対等に立たねばならんのだ?」
「じゃあ俺は何処に座れと?」
「床があるだろうが」
「断る」
「拒否権はない!!」
「断固、辞退する。・・・そもそも俺相談室長だし」
「甘いな、私は悩みを持った哀れな宇宙機動軍大尉だぞ?」
「何の話だよ・・・?つか、自分で『哀れな』って言ってる時点で違げーよ。とにかく、座れ」
「ムゥ・・・、この屈辱は忘れん・・・!」とか言いながらなんだかんだで彼女は座り直す。
「・・・で、用がなかったら今すぐ帰れ」
うっとうしげに忍が手で払うような仕草をすると、賀東は顔をしかめる。
「失敬な、わざわざ私が悩みを打ち明けてやろうと言うのに・・・」
「いやさ、ソレ人に悩みを聞いてもらう態度じゃないよな?」
「チッ。・・・まぁいい、話そう」
「オイ、今舌打ちしたろ?」
忍のツッコミを賀東は鮮やかにスルーすると、彼女はポツポツ話し始める。
「昨日の帰りのことだ。ふと道を歩いていると、道路脇にあるものを見つけたのだよ、分かるか?」
「いや、その場にいなかったし」
「だろうな、貴様のような低い教養レベルでは分かるハズもない」
「何で相談聞いてやってるのにこんな屈辱受けてるの・・・?」
「そう、猫だったのだよ」
「いや、誰も聞いてねーよ」
彼女はまたもや忍のツッコミを無視して大儀そうに溜息をつく。
「可愛い猫だった。猫はダンボールの中で私に救いを乞うていたよ。『全能なる賀東様、どうかこの哀れな私をお救い下さい』、とな」
「全能なる神様、どうかこの(妄想癖の激しい)哀れな賀東様をお救い下さい・・・」などと彼は思ったが、口に出せば面倒になることこの上ないので発言は差し控えられた(賢明な判断)。伊達に彼女とは何度もやりあってはいない。
「それで、どうしたんだよ、その猫」
「ああ、私は持って帰りたかったが、あいにくマンションでは動物は飼えないのだよ・・・」
無念そうに俯く賀東。
「・・・それで、俺に何の相談を?」
「うむ、そこで貴様に頼みがある。是非・・・」
「断る」
相手が言い切る前に忍がキッパリと言い放つ。
「私はまだ何も言ってないぞ!?」
「嫌だ」
「何故そこまで頑ななのだ!?」
「それはいつもお前が無理難題をふっかけてくるのを知ってるからだよ・・・」と思う忍。
「・・・話は最後まで聞け、何も貴様に『預かって欲しい』とは頼んでいない、ただ、貴様の家で世話をして欲しいのだ」
「ソレ『預かる』の内に入るから」
「・・・私だって貴様に預かってもらうのは嫌さ、猫が心苦しいだろうしな」
「人にものを頼んでおいてその言い草か・・・?」
忍が変な汗を垂らすが彼女は気にも留めない。
「しかしな、考えてもみろ。屋根もない所で雨露すらしのげないのは可哀想ではないか?」
「いや、むりやり預からされて、今月ピンチの小遣いから猫の餌代までやりくりせにゃならん俺は可哀想だとは思わないのか?」
「皆無な」
「く・・・、ハッキリ言いやがって・・・!」
必死に飛び出しそうな右腕を押さえる忍。
「・・・つか、俺もマンションだし」
ようやく感情を押し殺して言うと、賀東はまた大仰な溜息を漏らす。
「まったく、どこまでも使えん奴だな・・・!!」
「ヤベ、なんだかスゲー殺意沸いてきたんだが・・・!?」
忍の呟きは残念ながら彼女に届いてはおらず、賀東はテーブルの上にある飴を一つ取って口に放り込む。その表情はいつにもなく真剣だ。
「やはり・・・、この狂った社会を滅ぼさねば猫にすら平和は訪れんというのか・・・?」
「いや、話が物騒な方に飛躍しすぎだ」
賀東の危険な呟きに忍は冷静にツッコむ。
「ふん、たかが冗談、聞き流せ」
「いや、結構本気な感じで言ってた気もするが・・・?」
忍が再び変な汗を垂らしていると、おもむろに彼女は切り出す。
「ーとにかく、あの猫を捨ててはおけん、相談室で飼えないものか?」
「いやさ、ココ保護施設じゃねーし」
「そんなことはどうでもいい!」
「良くないわ」
「貴様は相談室長だろ?その権限で何とかならないのか?」
「勝手な奴だな・・・」
まぁ、彼女が勝手なことは毎度のことだったが、忍も忍でちゃんと考えてやるから律儀なものである。
「・・・じゃあ、生物部に飼育してもらうとか?」
すると彼女は大きく首を振る。
「いかん、実にいかん!かようなゴキブリを実験するような輩に可愛い猫は任せられん!」
「凄まじい偏見だな・・・」
「きっと奴らは猫を貰った途端、あの可愛らしい腹を(以下、あまりに残虐すぎるので略)」
「いや、生々しいわっ!?」
ついつい想像してしまった忍がクールキャラを崩して叫ぶ。余程リアルだったのだろう。
「お前どうしたらそんな残虐な事を平然と述べられるんだよ!?」
「ふん、あくまでシミュレートしたまでの事だ」
ツッコミ所は満載だったが、敢えてスルーする忍。
「・・・じゃあ、仕方なく俺のマンションの下で飼うとか?」
「いかん、実にいかん!貴様のかようなマンションの前には変質者しかおらん。そんな所に可愛い猫は追いて置けん!」
「凄まじい偏見だな・・・」
本日二回目のセリフだ。
「きっと近くのホームレスに捕らえられ、あの可愛らしい首を文化包丁で(以下、あまりに残虐すぎるので略)」
「いや、怖すぎるわぁっ!?」
再び想像して今にも泣きそうな忍。余程リアルだったのだろう。
「つか、お前普段からそんなことばかり考えているのか・・・!?」
「失敬な、シミュレート上の話と言ったハズだ!!」
賀東が怒り出す。
「いや、最終的にCERO:Zに走ってるじゃねーか!」
「何度言えば分かる、あくまで推測だ!」
「全然できてねーよ、シミュも推測も!」
「馬鹿め、私のシミュレートは夢の中で外したことはない!」
「夢の話じゃねーか!!」
流石に叫ぶ忍。
「・・・結局お前のは全部『シミュレート』じゃなくて『妄想』だろうがよ・・・」
「『亡き女を想う』という奴か?」
「いや、何でそんなこと知ってるんだよ・・・?」
脱力感からへたり込む忍。
「なんだ、へたり込んで。そのような体たらくで相談員が務まると思っているのか?」
「いや、普通にしてれば務まるよ、普通にしてればな」
「私は至って普通だ。さぁ、さっさと起きろ」
皮肉が全く通じる様子もなく、賀東は忍を見下ろしている。
「はいはい・・・、よっと」
起きあがった忍は大儀そうに首をならす。
「いっそ、里親でも探せばどうだ?」
「里親、か・・・」
彼女が渋面を作る。どうやらあまり乗り気ではないようだ。
「他に良い方法があるか?猫だってたまにしか遊べないよりは誰かの家で可愛がられた方がいいんじゃねーの?」
忍が説得すると、賀東は尚も下を向いて唸る。
「・・・貴様にしてはまっとうだな」
いまだに決心が付きそうにない様子に忍は、面倒くさげに彼女の腕をつかむ。
「とにかく、保護しに行くぞ。オラ、場所教えろ」
「ん、ああ・・・」
妙に大人しく彼女が従う。
「・・・いつもこんなに大人しかったらいいのによ」
「何か言ったか?」
「いや、気のせいだ」
ごまかすように忍は彼女を手を引いて部屋をでるのであった。
ー「で、ココのダンボールにいたのか?」
「うむ、間違いないハズだが・・・」
彼らは学校近くの道路脇に置かれていた「拾って下さい」の貼り紙のある空のダンボールの前にいた。
「妙だな・・・、朝までいたはずだが」
「どっかの心優しい人が拾ったんじゃねーの?」
「いや違うな、これは恐らく誘拐だ」
「誘拐って・・・」
毎度の賀東の妄想に鼻白んでいると、彼女は饒舌に話し始める。
「相手は巧妙な手段を使ったようだな。美味そうな餌で猫をおびき寄せる。その餌には無論睡眠薬が入っており・・・、ー今頃は車の中で手足を縛られて監禁されているかもしれん」
「凄まじい妄想力だな・・・」
呆れを通り越し、むしろその想像力の豊かさに忍が感心する。
「まぁ、とりあえず聞き込みしとくか」
「そうだな・・・、オイ、そこの少年!」
よく通る声で彼女が叫ぶ。するとちょうど下校していた男子生徒が首を傾げながらこちらにやってきた。
「ココに猫がいたはずだったが、何か知っているか?」
尊大な物言いで尋ねる賀東はむしろ「尋ねる」というより「問い質す」の方が正しいだろう。
「あ。それはですねー」
その男子生徒は気にも留めずに律儀に教えてくれた。なんでも、とある女教師が帰り際、つい数分前に見つけて持ち帰っていったそうだ。
「む・・・、犯人はそいつか!?」
「いや、どういう発想の飛躍だよ・・・?多分拾ってくれたんだろ」
「分からんぞ、何せ女は腹で何を考えているか想像も付かん!」
「かくいうお前も女というのを忘れるなよ」
半ば投げやりにつっこむと、忍はそのまま男子生徒に礼を言って帰って貰った。
「さて、どうやって救出すべきか・・・」
「まだ言うかお前は・・・。里親見つける手間が省けて結構じゃないか」
「だが・・・」
尚も言い淀む賀東。よほど猫を気に入っていたようだ。
「もしかして、遊びたかったのか、その猫と?」
「・・・そうだ、貴様の相談室に隠して置くつもりだったが・・・」
「無念そうな表情してるけど、絶対にさせなかったぞ?」
そうこう言っていると、あたりは既に陽が落ちて暗くなっていた。
そこに響く「ぐぅぅぅ~」という間の抜けた音。
「・・・賀東か?」
「な、何を馬鹿な・・・(ぐぅぅぅ~)・・・・認める、私だ!」
ごまかそうとした端から再び腹が鳴ったので赤くなりながら開き直る賀東。
「・・・じゃ、帰るか。鯛焼きおごるぜ」
「・・・いいのか?」
そう尋ねてはいるが、彼女の目は明らかに欲しそうにしていた。
「いいさ、カウンセリングの一環だ」
「悪いな・・・、では、黒あん2つ、白あん3つだ。カスタードなどの邪道は好かん」
「少しは遠慮しろよ・・・」
「『カウンセリングの一環』、だろ?」
「・・・言わなきゃ良かった」
髪をクシャクシャかき回しながら忍は溜息を吐く。
「・・・ったく、食い物につられるって・・・。どっちが猫なんだか」
「何か言ったか?」
「いや、気のせいだ」
そう言って彼らは帰路についた。
久々の投稿です。
割とヒマがないので、お待たせしてすいませんでした(汗
ちなみに、第二話もありますので、お楽しみを!
・・・投稿予定は未定ですが・