「盾持ちしか能のない無能」と婚約破棄されたので、国全体の【存在強度】を元に戻したら王城が砂に還りそうです
「盾持ちしか能のない女騎士など、我が王家の恥だ。ユーフェミア、貴様との婚約を破棄し、国外追放を命ずる!」
王宮の謁見の間。シャンデリアの光を浴びて、元婚約者の第一王子・ジオルドが朗々と宣言した。その傍らには、私の実妹であるミリアが、守ってあげたくなるような儚い笑みを浮かべて寄り添っている。
「お姉様、ごめんなさい。でも、ジオルド様には私のような『守られるべき女性』が必要なのですわ。お姉様は……あまりに、硬すぎますもの」
ざわめく貴族たち。投げられるのは、同情ではなく嘲笑だ。
令嬢でありながら騎士団に身を置き、華やかなドレスよりも重い盾を選んだ私への、積年の蔑み。
「……そうですか。女騎士としての私の膂力が、可愛げも色気もないと」
「ああ、そうだ! 貴様のその頑丈さには虫唾が走る!」
私は静かに一礼した。
視界の端で、愛用の大盾が近衛兵の手によって運び出されるのが見える。
……いいだろう。もう、疲れたのだ。
「承知いたしました。では、今まで皆様に無償で付与していた『金剛不壊』の加護……いえ、全範囲の【存在強度】の固定、今この瞬間をもちまして解除させていただきます」
「ハッ、強がりか? 何も変わらんではないか!」
ジオルドの嘲笑と同時に、私は指先を鳴らした。
――ギギッ……。
一瞬、床が低く鳴いた。
だが、誰も気づかない。今まで私の魔力が、この欠陥だらけの王宮の地盤を無理やり押し固め、兵士たちの安物の鎧を名工の作へと格上げし、国の崩壊を「なかったこと」に固定し続けていたことに。
「では、失礼いたします。二度とお会いすることもないでしょう」
私は背を向けた。
足取りは、かつてないほど軽かった。
■
一週間後。
私は隣国との国境近くにある深い森にいた。
「はぁっ!」
拳を一突き。
岩山のような巨体を持つアース・ベアが、私の正拳突きを食らって消し飛んだ。魔石だけがポツンと地面に残る。
「……よし。やっぱり、『守る』より『壊す』方が、筋肉への負担が少なくて楽ね」
バキバキにキマった目で死骸を解体していると、背後の木陰から拍手の音が聞こえた。
「素晴らしいね。君、それ無意識でやってるの?」
振り返ると、そこには夜空を溶かしたような漆黒のローブを纏った男が立っていた。
彫りの深い端正な顔立ちに、真っ白な髪と血のような赤い瞳。隣国最強と謳われる大魔術師、ヴァレリウス様だ。
「君が今やったのは、単なる怪力による破壊じゃない。対象の『存在の密度』を操作して、分子結合を一時的に緩めたんだ。……君、前の国で何をしてたの?」
「……ただの盾持ちです」
「嘘だろ。君がいなくなった国、今頃『紙』で戦ってるようなもんだよ。全ての構造物が、本来の脆さに戻っているはずだ」
ヴァレリウス様は面白そうに目を細め、私の泥だらけの手をそっと取った。
「君はまだ、自分の力の引き出し方を知らないようだね。僕が『正しい世界の壊し方』を指導してあげよう。……どうだい、僕の弟子にならないか?」
「……お給料は、出ますか?」
「ああ。君が一生遊んで暮らせるだけの『研究費』を約束するよ」
それからの日々は、これまでの人生が嘘のように騒がしく、そして温かかった。
「ユーフェミア、今日はこの鉄球を『羽毛』の強度に変えてみて」
「こうですか? ……あ、間違えて消滅させちゃいました」
「あはは、最高だ。君は本当に退屈させないね」
これまでは「壊してはいけない」「目立ってはいけない」と自分を殺してきた。
けれど、ヴァレリウス様は私の力を「美しい」と言った。
「エフィ、君、最近よく笑うようになったね」
夕食のスープを飲みながら、彼がふいに言った。
「……そうですか?」
「うん。前は、何があっても絶対に割れない『仮面』を被ってるみたいだった。今は……そう、少しだけ柔らかい」
火照った頬を隠すように、スープを啜る。
かつてジオルドに望まれた「色気」なんてものは、私にはまだわからない。
けれど、ヴァレリウス様の隣にいる時だけは、自分がただの「頑丈な道具」ではないことを思い出せた。
■
数ヶ月後、ヴァレリウス様の塔に、泥にまみれた使者たちが駆け込んできた。
「ユーフェミア様! お願いです、戻ってください!」
使者が震える声で語る祖国の現状は、あまりに無残なものだった。
「……城の石壁に、兵が指で触れただけで、粉のように崩れ落ちたのです……魔物の一撃を防ぐはずの盾はバターのように裂け、王都の橋を渡っていた馬車は、橋ごと砕けて川に落ちました……!」
かつて私が当たり前のように固定していた「世界の強度」が失われ、その国は今、砂の城のように崩壊し始めていた。
テラスへ出ると、そこにはボロボロになったジオルドと、その影に怯えるように隠れるミリアの姿があった。
「戻ってくれ! お前がいなくなってから、全てが壊れていくんだ! 呪いだ……お前がかけた呪いを解け!」
私は静かに彼らを見下ろした。
「呪い? 心外ですね。私は何も奪っていませんわ。ただ、私が無償で支えていた世界の強度を、本来の数値に『元に戻した』だけです。私の真心は無償ではなくなったので」
ミリアが、震える声で私に縋りつこうとした。
「お姉様……どうして、何もしてくれないの? 私たち、こんなに困っているのに。冷たすぎるわ……っ!」
私は、感情の失せた目で妹を見つめた。
「ミリア。あなたが望んだのでしょう? 『守られるべき女性』になりたいと。今、あなたは誰の力も借りず、あなたの望んだ通りのままそこにいます。……そのまま、誰かに守られていてください。私にはもう関係のないことです」
「そんな……っ!」
崩れ落ちるミリアを無視して、私はジオルドに冷徹な条件を告げた。
「契約なら、受け付けます。ただし、これまでの『無償奉仕』の未払い分を全額。それと、今後の防衛費として国家予算の七割を。それでもよろしければ、『盾』を貸してあげなくもありませんが?」
「な……なな、七割だと……!?」
絶望に染まる元婚約者の顔を見て、私はふっと息を吐いた。
不思議だ。あんなに憎かったはずなのに、今はもう、どうでもいい。
王族たちが絶望と共に去っていった後、ヴァレリウス様が私の手を取った。
「エフィ、本当に戻らなくていいのかい?」
「ええ。もう『盾』になるのは飽きました。私は、私の力を面白がってくれる人のそばにいたいです」
「それ、僕に選ばれる前に言われると困るな」
「……では、選んでください」
ヴァレリウス様は、私の手を引き寄せると、即答した。
「とっくに選んでる。君を逃がすつもりなんて、最初からないよ」
私は、自分の口元が自然と綻ぶのを感じた。
足元に落ちていた、何の変哲もない石ころを拾い上げる。
そして、指先に、かつてとは違う柔らかな力を込めた。
かつては、世界を壊さないようにするために、必死に抑え込んでいた力。
けれど今は――。
石は黄金色の輝きを放ち、ダイヤモンドをも凌ぐ硬度の宝石へと姿を変える。
「ここ、いいですね。空気が澄んでいて、壊しがいがある」
「あはは、次は僕の塔の補強でも頼もうかな。……ずっと、一緒にいれば解決だね」
絡められた指先に、ほんの少しだけ力がこもる。
この新しい「存在強度」は、きっと一生、私が解除することはないだろう。
私は新しい師匠と共に、眩しい光の中に一歩を踏み出した。




