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「盾持ちしか能のない無能」と婚約破棄されたので、国全体の【存在強度】を元に戻したら王城が砂に還りそうです

掲載日:2026/04/17

「盾持ちしか能のない女騎士など、我が王家の恥だ。ユーフェミア、貴様との婚約を破棄し、国外追放を命ずる!」


 王宮の謁見の間。シャンデリアの光を浴びて、元婚約者の第一王子・ジオルドが朗々と宣言した。その傍らには、私の実妹であるミリアが、守ってあげたくなるような儚い笑みを浮かべて寄り添っている。


「お姉様、ごめんなさい。でも、ジオルド様には私のような『守られるべき女性』が必要なのですわ。お姉様は……あまりに、硬すぎますもの」


 ざわめく貴族たち。投げられるのは、同情ではなく嘲笑だ。

 令嬢でありながら騎士団に身を置き、華やかなドレスよりも重い盾を選んだ私への、積年の蔑み。


「……そうですか。女騎士としての私の膂力が、可愛げも色気もないと」

「ああ、そうだ! 貴様のその頑丈さには虫唾が走る!」


 私は静かに一礼した。

 視界の端で、愛用の大盾が近衛兵の手によって運び出されるのが見える。

 ……いいだろう。もう、疲れたのだ。


「承知いたしました。では、今まで皆様に無償で付与していた『金剛不壊』の加護……いえ、全範囲の【存在強度】の固定、今この瞬間をもちまして解除させていただきます」

「ハッ、強がりか? 何も変わらんではないか!」


 ジオルドの嘲笑と同時に、私は指先を鳴らした。

 ――ギギッ……。

 一瞬、床が低く鳴いた。

 だが、誰も気づかない。今まで私の魔力が、この欠陥だらけの王宮の地盤を無理やり押し固め、兵士たちの安物の鎧を名工の作へと格上げし、国の崩壊を「なかったこと」に固定し続けていたことに。


「では、失礼いたします。二度とお会いすることもないでしょう」


 私は背を向けた。

 足取りは、かつてないほど軽かった。





 一週間後。

 私は隣国との国境近くにある深い森にいた。


「はぁっ!」


 拳を一突き。

 岩山のような巨体を持つアース・ベアが、私の正拳突きを食らって消し飛んだ。魔石だけがポツンと地面に残る。


「……よし。やっぱり、『守る』より『壊す』方が、筋肉への負担が少なくて楽ね」


 バキバキにキマった目で死骸を解体していると、背後の木陰から拍手の音が聞こえた。


「素晴らしいね。君、それ無意識でやってるの?」


 振り返ると、そこには夜空を溶かしたような漆黒のローブを纏った男が立っていた。

 彫りの深い端正な顔立ちに、真っ白な髪と血のような赤い瞳。隣国最強と謳われる大魔術師、ヴァレリウス様だ。


「君が今やったのは、単なる怪力による破壊じゃない。対象の『存在の密度』を操作して、分子結合を一時的に緩めたんだ。……君、前の国で何をしてたの?」

「……ただの盾持ちです」

「嘘だろ。君がいなくなった国、今頃『紙』で戦ってるようなもんだよ。全ての構造物が、本来の脆さに戻っているはずだ」


 ヴァレリウス様は面白そうに目を細め、私の泥だらけの手をそっと取った。


「君はまだ、自分の力の引き出し方を知らないようだね。僕が『正しい世界の壊し方』を指導してあげよう。……どうだい、僕の弟子にならないか?」

「……お給料は、出ますか?」

「ああ。君が一生遊んで暮らせるだけの『研究費』を約束するよ」


 それからの日々は、これまでの人生が嘘のように騒がしく、そして温かかった。


「ユーフェミア、今日はこの鉄球を『羽毛』の強度に変えてみて」

「こうですか? ……あ、間違えて消滅させちゃいました」

「あはは、最高だ。君は本当に退屈させないね」


 これまでは「壊してはいけない」「目立ってはいけない」と自分を殺してきた。

 けれど、ヴァレリウス様は私の力を「美しい」と言った。


「エフィ、君、最近よく笑うようになったね」


 夕食のスープを飲みながら、彼がふいに言った。


「……そうですか?」

「うん。前は、何があっても絶対に割れない『仮面』を被ってるみたいだった。今は……そう、少しだけ柔らかい」


 火照った頬を隠すように、スープを啜る。

 かつてジオルドに望まれた「色気」なんてものは、私にはまだわからない。

 けれど、ヴァレリウス様の隣にいる時だけは、自分がただの「頑丈な道具」ではないことを思い出せた。




 数ヶ月後、ヴァレリウス様の塔に、泥にまみれた使者たちが駆け込んできた。


「ユーフェミア様! お願いです、戻ってください!」


使者が震える声で語る祖国の現状は、あまりに無残なものだった。


「……城の石壁に、兵が指で触れただけで、粉のように崩れ落ちたのです……魔物の一撃を防ぐはずの盾はバターのように裂け、王都の橋を渡っていた馬車は、橋ごと砕けて川に落ちました……!」


 かつて私が当たり前のように固定していた「世界の強度」が失われ、その国は今、砂の城のように崩壊し始めていた。

 テラスへ出ると、そこにはボロボロになったジオルドと、その影に怯えるように隠れるミリアの姿があった。


「戻ってくれ! お前がいなくなってから、全てが壊れていくんだ! 呪いだ……お前がかけた呪いを解け!」


 私は静かに彼らを見下ろした。


「呪い? 心外ですね。私は何も奪っていませんわ。ただ、私が無償で支えていた世界の強度を、本来の数値に『元に戻した』だけです。私の真心は無償ではなくなったので」


 ミリアが、震える声で私に縋りつこうとした。


「お姉様……どうして、何もしてくれないの? 私たち、こんなに困っているのに。冷たすぎるわ……っ!」


 私は、感情の失せた目で妹を見つめた。


「ミリア。あなたが望んだのでしょう? 『守られるべき女性』になりたいと。今、あなたは誰の力も借りず、あなたの望んだ通りのままそこにいます。……そのまま、誰かに守られていてください。私にはもう関係のないことです」

「そんな……っ!」


 崩れ落ちるミリアを無視して、私はジオルドに冷徹な条件を告げた。


「契約なら、受け付けます。ただし、これまでの『無償奉仕』の未払い分を全額。それと、今後の防衛費として国家予算の七割を。それでもよろしければ、『盾』を貸してあげなくもありませんが?」

「な……なな、七割だと……!?」


 絶望に染まる元婚約者の顔を見て、私はふっと息を吐いた。

 不思議だ。あんなに憎かったはずなのに、今はもう、どうでもいい。

 王族たちが絶望と共に去っていった後、ヴァレリウス様が私の手を取った。


「エフィ、本当に戻らなくていいのかい?」

「ええ。もう『盾』になるのは飽きました。私は、私の力を面白がってくれる人のそばにいたいです」

「それ、僕に選ばれる前に言われると困るな」

「……では、選んでください」


 ヴァレリウス様は、私の手を引き寄せると、即答した。


「とっくに選んでる。君を逃がすつもりなんて、最初からないよ」


 私は、自分の口元が自然と綻ぶのを感じた。

 足元に落ちていた、何の変哲もない石ころを拾い上げる。

 そして、指先に、かつてとは違う柔らかな力を込めた。

 かつては、世界を壊さないようにするために、必死に抑え込んでいた力。

 けれど今は――。

 石は黄金色の輝きを放ち、ダイヤモンドをも凌ぐ硬度の宝石へと姿を変える。


「ここ、いいですね。空気が澄んでいて、壊しがいがある」

「あはは、次は僕の塔の補強でも頼もうかな。……ずっと、一緒にいれば解決だね」


 絡められた指先に、ほんの少しだけ力がこもる。

 この新しい「存在強度」は、きっと一生、私が解除することはないだろう。

 私は新しい師匠と共に、眩しい光の中に一歩を踏み出した。

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