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レオンハルトは、ゆっくりと椅子の背もたれに体を預けた。
澪の出自について、どこかへ問い合わせてくれていたらしい──書類からちらりと見えた内容や、向けられる言葉の端々からそんな気配が伝わってくる。
どうやら問い合わせ先の相手は、あまり得意とは言えない人物のようだ。思い返すだけでも気が重くなるのか、彼は小さく息を吐いた。
肩を回しながら、ぐっと腕を上へ伸ばす。
こわばっていた背中が、かすかに鳴った。
領主として当然の仕事なのかもしれない。けれど、記憶がほとんどない澪にとっては、とても心強く感じられた。
「──本来なら客室で休んでもらうはずだったんだ。それが、急な知らせが入ってな。王都から使節団が向かっているらしい。」
どこか気まずそうに澪から視線を逸らしながら、レオンハルトがぽつりと言う。
「定期的に視察と称してやってきてはいたんだが……この時期に来るのは今回が初めてでな。準備が整わず、不自由な思いをさせてすまない。」
レオンハルトもまた年頃の娘を自室に運んだことは常識的に言っても少々不味かった自覚があるのだろう、素直に頭を下げて謝罪の言葉を告げてくる。
「その後のことはメイドに命じてみたが、ウチの優秀なメイド達もミオの服がどうなっているかわからないと嘆かれてな。」
再び「すまない」と続く謝罪に、澪は緩く首を横に振る。
「じ、事情はわかりましたから、そんなに謝らないでください。」
仮にも領主である立場なのにこんな風に真剣に何度も謝られてしまうと、澪のほうが恐縮してしまう。
本来ならばもっと遠い存在のはずなのだから。澪は慌てて手を振り、まだ続きそうな謝罪の言葉を遮った。
「その……助けてもらっているのは私のほうですから。」
それに澪がレオンハルトの自室を使うことで彼自身はといえば──この執務室で寝泊まりしているのだと聞いた。
ぐるり、と澪は室内を軽く見回す。
だが、少し横になれるような場所は当然のことながら見当たらない。
奥へ続く扉が見えるので、休むのはそちらなのかもしれない。けれど、きちんと整理された机の上に置かれたカップからは、すでに湯気も立っていない。
どう見ても、あまり休んでいるようには思えなかった。澪の顔が心配そうに曇るのを、レオンハルトは見逃さない。
「ちゃんと休んでいるから、そんなに心配するな。……それよりミオのほうだ。眠れなかったか? 顔色が少し悪い。」
す、と自然な動きでレオンハルトの右手が持ち上がり、澪の頬へと伸ばされる。指先が触れた瞬間、澪は思わず息を呑んだ。
ひやりとした指先が頬に触れ、ほんのわずかにそのまま留まる。
「……少し冷たいな。」
低く呟いた声は、どこか気遣うように柔らかい。
だが次の瞬間、レオンハルトははっとしたように目を瞬かせた。
触れていた手を、慌てたように引く。
「……すまない。」
小さく咳払いを一つして、わずかに視線を逸らす。彼のその様子は、森で助けてくれた時とも、領主としての顔とも違って見えた。
思わず、澪の口元に笑みがこぼれる。
「ふふふ、レオン様。謝ってばかりですね。」
澪の初めての微笑みにレオンハルトは眩しそうに目を細めた。
「それも領主の仕事のうちだ。」
冗談混じりに軽口を叩きながら肩を大仰なまでに竦めて見せるレオンハルトに澪は声をあげて笑った。




