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【6】


ゆらゆら、揺らめく。

だんだんと身体が深く、深く沈み込んでいく感覚。耳に届くはずの心を切り裂くような言葉はごぽごぽという水を含んだ空気が溶けていく音へと変換され何も聞こえない。


ゆらゆら、揺らめく。

このままで、いい。何もかも消えてしまえば終われる。何も、なくていい。他人など要らない。


( ──ほんとう、に? )


危険である森の中を探索してくれた騎士たちや、木の実をくれた子供の顔が思い浮かぶ。何よりもまるで月を連想させる銀灰色をした、あの人が。


( ──何か、してあげられたら )


とはいえ、何かできることというのが具体的に何ひとつ浮かばないのは滑稽だった。なんの力にもなれない、けれど無事や幸せを祈ることくらいは許されてもいい気がした。


ゆらり、ゆらりと揺らめく。

先程と違うのは、暖かな日差しが柔らかく降り注いでいるような、目を閉じていてもその日差しを感じさせる、そんな光が見える。


そして、温かい。

やさしく大きな手が背に添えられているのを感じる。大丈夫だと落ち着いたレオンハルトの声音が頭の中に響いた。


深く、沈み込んでいくと思われた体がふわりと抱き上げられる。それに驚いて目を開けると視界に入ったのは見慣れない天井だった。


太い木の梁が組まれ、その周囲を石壁が囲んでいる。しばらくぼんやりと見るとはなしに見つめる。


窓から差し込む冬の朝日は淡く、庭の木々や屋根に積もった雪を白く照らしている。外は凍えるような寒さのはずだが、この部屋だけは別世界のように穏やかだった。


昨日、騎士の報告を聞きながらほんの少し休むつもりで目を閉じたけれどいつのまにか、深く寝入ってしまったようで気が付けばベッドの上に横たわっていた。


体を少し動かすと、柔らかな寝具がかすかに音を立て続けて手を動かせば、厚手の毛布の温もりが指先に伝わる。


頭の奥には、断片的な記憶だけが残っている。どこか水中にいたのをレオンハルトに助けられたような夢の記憶。


あのゆらゆらと揺れる感覚はおそらく、ベッドに運ん──。


そこまで考えて、勢いよく澪は跳ね起きた。相変わらずブレザーの制服を着ていたけれど服は完全に乾いているようだった。そのことがいかに長い時間が過ぎたかを澪に教えるようで。


そのとき、扉の向こうから控えめなノックの音が聞こえた。コン、と軽い音が静かな部屋に響く。


「失礼いたします。」


同年代くらいであろうか、入ってきたのは、白いエプロンを着た青い髪色をしたメイドだった。手には水差しとコップが乗った盆を持っている。


ベッドの上で起き上がっている澪を見ると、驚く様子もなく穏やかに微笑んだ。


「おはようございます、お嬢さま。お目覚めになりましたか?」


澪は少し戸惑いながら小さく頷いた。そして自分がどこにいるのかわからずに困惑したように続ける。


「ここは……。」


言葉が途中で止まる。メイドは落ち着いた口調で答えた。


「ここはヴァルク城の一室でございます。旦那様のお部屋ですわ」


その言葉を聞いた瞬間、澪の顔が一気に赤くなった。


「そ、そうなんですか……。」


胸の奥がじんわりと熱くなる。

運ばれたのであろう恥ずかしさと、守られたような安心感が混ざり合っていた。


メイドは静かに水差しをテーブルに置いた。


「まずはこちらをどうぞ。」


コップに水を注ぎ、澪の手に渡す。ガラス越しに伝わる冷たさが指先に心地よい。ゆっくりと口に運び、一口飲んだ。


冷たい水が喉を通ると、ぼんやりしていた意識が少しずつはっきりしてくる。澪が少し水を飲んだのを確認してメイドは続けた。


「昨晩、お嬢さまはかなりお疲れでしたので、旦那様がこちらまでお運びになりました。」


やはりあの、揺れていたのは運ばれている途中に見た夢だったのかと1人納得する。


「……レオンハルトさんが?」


思わず澪の口から出た呼び方にメイドは不思議そうに首を傾げる。


「“さん”……ですか?」


意味がわからない、というように僅か沈黙の後に少し困ったように淡く微笑みながらメイドは澪からコップを受け取る。


「旦那様をそのように呼ばれる方は、初めてですわ。」


澪は慌てて口を閉じた。自分でもなぜそう呼んだのかわからない。距離を保とうとして、無意識にそう言ってしまったのかもしれない。


暖炉の火が静かに揺れる、それを見ているとメイドが再び優しく言った。


「旦那様は今、執務室でお仕事をされていますよ。」


その言葉を聞いた瞬間、澪の胸に小さな決意が生まれた。昨夜、自分を助けてくれた人。何も言わないままではいられない。


「……会いに行ってもいいでしょうか?」


メイドは少し驚いたが、御礼を言いたいのだろうと察したメイドはすぐに優しく頷く。


「もちろんですわ。」


澪はゆっくりとベッドから降り、軽く身支度を整え始める。後ほど着替えも用意してもらおうと思いつつ、整え終わると扉へと向かった。


廊下へ出ると、城の空気が静かに流れていた。


石畳の床。厚い石壁。

遠くから漂う暖炉の匂い。

森とはまるで違う、落ち着いた空間だった。


澪は深呼吸する。

胸の鼓動が少し速い。


それでも足を止めることはなく、先を案内してくれるメイドの後をついて執務室へと向かっていった。


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