5 消えた色彩と、残された問い
高い石壁に囲まれた内庭は外の街よりも静かで、整然とした空間が広がっている。石畳は雪解け水でわずかに濡れ、冬の淡い光を反射していた。
「ここなら安全だ。」
レオンハルトの声が静かに響く。その言葉を聞き澪が足を止めて視線を転じれば、訓練場と思しき広場から聞こえる木剣の音が響く。規律正しい動きと落ち着いた空気が、この場所に秩序を与えていた。
魔獣が潜むような森の中ですらも危険を承知の上で助けに来てくれた騎士たちは、こうやって強くなってきたのだろうと改めて感謝の気持ちが湧き上がるのを感じる。
もしも、あのまま発見が遅れれば凍えて亡くなるか魔物に食べられてしまうか、だったかもしれない。
( ───それでよかったのに )
耳元で響いた声に思わずびくっと体が大きく揺れる。それは紛れもなく自分の声でありながら音としては漏れなかったようでレオンハルトには聞こえていないのか、内庭を通って館内へと進んでいく。
澪は小さく息を吐き、先に館内へと足を踏み入れるレオンハルトの後を追って歩き出す。木の扉が静かに開かれ、館内の温かな雰囲気に包まれた瞬間、澪の疲れた体がほっとした。冷たい風から解放され、身体の芯まで温かさが広がっていく。
応接間と思しき室内は豪華で落ち着いた装飾が施されており、木材の香りが漂う。床のタイルがきれいに磨かれ、広い空間に響く静かな足音が心地よく感じられる。
「しばらく休んでおくといい。」
レオンハルトの声が澪を現実に引き戻した。彼の指示に従い、澪は頷く。今は何も考えず、ただ休むべき時だ。その後のことは目が覚めてから考えようと決めて暖かな火揺らめく暖炉へと近付いていく。
「団長。」
背後から声がかかり、澪は足を止めた。振り返ると、一人の騎士が敬礼していた。騎士の顔は真剣そのもので、言葉を発するのも慎重だった。
「あの魔獣の痕跡は北の森の入口で止まった後、奥へと続いていました。」
レオンハルトは澪に椅子を用意してやりながらその報告に、わずかに眉をひそめる。まるで森からは出られないとばかりの反応だったことが脳裏を過ぎていく。
そんなはずはない、今までも魔獣は幾度となく出現してはこの居城近くまで迫って来ていたし農作物にも被害が出ていたから。
「それと、森で咲いていた花ですが、城に戻る頃にはすべて散っておりました。」
その言葉に、澪の胸がわずかに揺れた。あの花。道沿いで風に揺れながら咲いていた小さな花が、今やすべて散ったという事実が、理由もなく心にひっかかる。
「どうした?」
その一言で、澪は自分の動揺を悟られまいと、すぐに顔を上げた。
「いえ、何でもありません。」
レオンハルトは軽くうなずき、再び騎士に目を向けた。
「わかった。警戒は続けろ。」
「はっ。」
騎士は深く敬礼し、その場を離れていった。澪は椅子に座ったままその背中を見送りながら、静かに息を吐く。
「…あの花。」
散ったのは魔獣が通ったから、というのであれば一応の説明は付く。だが魔獣の追跡が止まったのは納得がいかない。単なる偶然なのか、それとも何か意味があるのか。そうした疑問が心の中で渦巻く。しかし、答えはまだ見つからない。
疲れた体を少しでも休めるため、澪は暖炉のぱちぱちっと炎が爆ぜる音を聞きながらそっと目を閉じた。周りの静けさと温もりが、しばらくの間、澪を包み込んでくれる。




