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2


次第に澪の足取りは少しずつ安定してきた。

それでも体の重さはまだ残っている。意識も完全には戻っておらず、頭の奥に薄い霧がかかったようだった。


だが隣を歩くレオンハルトの腕が、しっかりと澪を支えている。その確かな力があるだけで、不安は小さくなり頑張ろうという気持ちが芽生える。


落ち葉を踏む柔らかな音が足元で続く。湿った土はところどころぬかるみ、木の根が地面から盛り上がっている。澪は足元を確かめながら、慎重に一歩ずつ進んだ。


森は相変わらず静かだった。

枝葉が風に揺れ、葉と葉が擦れ合う音が遠くで響く。時折、小さく獣の唸り声に似たものが聞こえるが、すぐにまた静寂に溶けていく。


レオンハルトは周囲を見回し、やがて少し先を指差した。木々の間に、一頭の馬が繋がれていた。黒毛の大きな馬で、静かに鼻を鳴らしている。


「ここからは馬に乗った方がいい。」


澪は少し驚いてその馬を見る。その顔は優雅さと強さを兼ね備え、目は深い黒色で、まるで星のように無限の時間を見つめているかのように輝いていた。鼻筋は通り、口元には少しの威圧感も感じさせるが、どこか品があり、冷徹なまでに美しい。艶やかな毛並みが手入れの行き届いていることを自然と強調しているようだった。


「……乗れるか?」


そう問われて、澪は少し迷った。だが足元の不安定な地面と、体の重さを思えば歩き続けるのは難しい。けれど乗ったことあるかどうか記憶にはなく返答が難しい。


するとレオンハルトは澪の腰を軽く支え、そのまま持ち上げるようにして馬の背へ乗せた。突然高くなる視界に小さく悲鳴に似た声が漏れる。


レオンハルトもすぐ後ろに跨る。背中越しに鎧の感触と体温が伝わってきて少しばかりどきどきと胸の鼓動が速くなる。


「しっかりつかまっていろ。」


低い声が耳元で響く。どこに、と視線を彷徨わせるけれどどうしていいか分からずに少し戸惑いながら、馬のたてがみに手を添えた。


やがて馬がゆっくりと歩き出す。

蹄が落ち葉を踏み、柔らかな音を立てる。揺れる背中の動きに合わせて澪の体も自然とリズムを刻んだ。


馬上から見る森は、先ほどとはまるで違って見えた。地面に立っていた時は、木々に囲まれて視界が狭かった。だが今は少し高い位置から、森全体の姿が見える。


森の出口と思われるほうから注ぐ光ともっと奥へと続く影の境界が、森の奥行きを際立たせている。


風が吹くと葉が揺れ、淡い光がちらちらと動いた。澪はその光景をぼんやりと見つめていたが、ふと奇妙な感覚が胸をかすめた。


──見たことがある。


頭の奥に、別の景色が浮かび上がる。


木漏れ日の差す小道。赤や黄色の落ち葉。遠くで聞こえる車の音。森の中を歩く人影。

それは今いる場所とは似ているようで、どこか違っていた。


もっと整った道。規則的に並ぶ木々。人の気配のある森。


「……?」


澪は小さく眉を寄せる。


思い出そうとしても、記憶は霧の向こうに隠れている。ただ断片だけが浮かんでは消えていく。


どこだったのか。なぜ思い出したのか。

答えは見つからない。


「……何だろう、この感じ。」


澪の呟きは、風に紛れて消えた。

レオンハルトは一度だけ澪に視線を落としたが特に反応しない。ただ馬の手綱を握り、周囲を警戒しながら進んでいる。


森の道は決して平坦ではない。


倒木が横たわり、太い根が地面を割るように張り出している。ぬかるみも多く、油断すれば馬の足を取られかねないからだ。それでも馬は器用に足場を選びながら進んでいく。


そのときだった。道の脇、苔の間に小さな色が見えた。澪は目を凝らす。

そこには小さな花が咲いていた。


薄紫色の可憐な花だった。


その少し先には、白い花。さらに進むと、淡い桃色の花が揺れている。森の中では珍しくない光景かもしれない。だが澪はなぜか、その花から目を離せなかった。


胸の奥が、ほんのりと温かくなる。


まるで誰かが静かに迎えてくれているような、不思議な感覚だった。澪は無意識にその花を見つめる。風が穏やかに吹き、花びらが小さく揺れた。


その様子を見た瞬間──


森の奥から、何かの気配が微かに動いたような気がした。ざわりと澪の背中を畏れとも呼べる恐怖が駆け抜けていく。


思わず振り振り返ったもののそこには、ただ深い森が広がっているだけだった。レオンハルトは気付いていないのか何事もないかのように馬を進めることだけに集中しているようだった。


蹄の音が静かな森に響く。

枝葉の間から差し込む木漏れ日の淡い光が、ゆっくりと揺れていた。


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