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「……しかし、まさか本当だったとは思わなかったぜ。花の導きで、迷いなく俺たちのところに辿り着くなんてな。」


ガルドは感心したように、点々と続く白い花の列を振り返った。


「この花、見覚えはあるか? 俺が王都にいた頃、古い文献で一度だけ見たことがある。……おそらく『白陽花はくようか』だ。」


「白陽花……?」


聞き慣れない名に澪が首を傾げ、隣を行くレオンハルトもわずかに眉を寄せた。


「毒を中和する伝説の花だが、毒影の生息域にしか咲かない。それが、こうも都合よく道沿いに咲いてるなんてな。」


澪が何か術を使ったようには見えない。その不可解さに、ガルドは肩をすくめるに留めた。


奇跡を起こせるのは聖女ただ一人。そしてその聖女は王都にいる。

──確証のないことを口にする気は、レオンハルトにはなかった。


「王都の連中も大事な情報を隠しやがって。もっとも、雪の中でこんなに綺麗に咲き乱れるなんて、普通じゃあり得ない話だがな……。」


ガルドは小さく息を吐き花を一輪手折ると、負傷した騎士の右足にそっと添える。時折、森の奥で魔獣の遠吠えが響く以外は、不気味なほどに静かだ。


だからこそ、ずりずりと何かを引き摺る音が静寂を破ると一気に緊張と恐怖が湧き起こる。


──ずるり、ずるり。


重い胴体を引きずる音が闇の奥から這い寄ってきた。現れたのは、悪夢を継ぎ接ぎしたような異形のブライロッド・アラクネだった。


誇り高き八本の脚は、死闘の果てに半分まで削ぎ落とされている。残された脚を不自然に折り曲げ、泥に塗れた腹を蠢かせて進む。


だが、澪の息を止めたのはその姿ではない。


毒影が鎌のような前脚で、大切に、そして無慈悲に「抱えて」いたもの。


「……あ。」


自然と声が漏れた。

それは、先ほどまで自分たちのために壁を穿ち、鼻先をもぞもぞと動かして助けてくれた、あの魔獣だった。


漆黒の毛並みは血と粘液に汚れ、四肢は力なく垂れ下がっている。

一瞬、最悪の予感がよぎる。だが、わずかに胸が上下していた。まだ、生きている。


毒影の口元が、獲物を前にして「かちかち」と乾いた音を鳴らす。複数の紅い単眼が、雪解けの森に咲く白い花と、立ち尽くす澪を冷酷に射抜いた。


視線が合った瞬間、毒影がその醜悪な口元で「笑った」ように澪には見えた。


次の瞬間、主は抱えた獲物をもてあそぶように、鎌のような両脚で魔獣をがっちりと固定する。……引き裂くための予備動作。


「だめ…! 」


澪の叫びが、凍てつく空気を震わせた。


( ──あのコを、助けたい…!)


澪は願った。自分たちを導いてくれたあの柔らかな鼻先。


ボロボロになったその体を見れば、自分たちが再会するまでの間も、あの子がどれほどの死闘を演じていたか痛いほどに解った。


それなのに自分には、あの巨躯を退ける術がない。


その隣で、レオンハルトの剣を握る拳が、白くなるほどに震えていた。その瞳に宿るのは、理性を焼き切らんばかりの、凄まじい「殺意」だ。


「ガルド、脚を切り落とせ!」


鼓膜を震わせるほどのレオンハルトの怒号。


「合点承知だッ!」


事情を問う暇などない。ガルドは並走する護衛の腰から、予備の剣をするりと抜き取った。

二振りの剣を正眼に構え、雪解けの泥を跳ね飛ばして、ガルドが巨大な異形へと肉薄する──。


鋭い一撃が毒影の脚に叩き込まれたが、鋼のような外殻に弾かれ、微かな傷跡を残すに留まった。


「硬ぇな、クソがッ!」


毒影が巨躯を震わせ、丸太のような脚を振り下ろす。ガルドは雪解けの泥の中を転がるようにして、その圧殺を回避した。


続いてレオンハルトが白銀の閃光を走らせ、胴体へと斬りつける。


「レオン! 殻を狙うな、節を狙え! 毒液には触れるんじゃねえぞ!」


ガルドが喉を潰さんばかりに叫ぶ。

獲物を渡すまいと、毒影は器用に胴体でバランスを取りながら、前脚を高く掲げた。


レオンハルトが後方へ跳ぶと、一瞬遅れて、鎌のような前脚がずっぽりと地面に突き刺さった。大地に深い穴が空き、衝撃で周囲の雪が弾け飛ぶ。


その衝撃に耐えかねたのか、足元に咲いていた白陽花がはらりと散った。泥に汚れ、空に舞う白い花びら。


嘲笑うかのように、わざとらしいほど緩慢な動きで、毒影は巨大な顎を割り開いた。


滴る毒液が雪を焼き、鼻を突く悪臭が辺りに漂う。

毒影は捕らえたままの魔獣へ、その凶悪な牙を近づけていった。


「……やめて……っ」


澪が声を絞り出した、その時。


──ぼとっ。


絶望的な静寂を切り裂いて、澪のすぐ前方に、何かが地面に落ちる湿った音が響いた。


泥に塗れた雪の上に転がった「それ」を目にした瞬間、レオンハルトの動きが止まり、ガルドの顔から血の気が引いた。


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