第1話
『――ワープアウトまで、あと三、二、一。……座標固定』
メティスのカウントが、やけに落ち着いて聞こえた。
次の瞬間。
視界が真っ白に弾ける。
ワープアウト。
本来なら、静かな宇宙が広がるはずだった。
なのに――。
ハルトの目に飛び込んできたのは、星の光じゃない。
視界いっぱいの、銀色。
「なっ……なんだ、これ!? 距離が近すぎる! メティス、座標ズレたんじゃないのか!?」
警報がコックピットを叩いた。
耳が痛い。
ハルトは反射的に操縦桿を引き絞る。
そのとき、目の前の装甲が動いた。
巨大な防衛用ハッチ。
まるで“目”が開くみたいに、ゆっくり展開していく。
『いいえ、ハルト。座標は正常です』
メティスの声は、凪いだままだった。
『……アイギスが私たちの出現を予測し、この地点に待ち構えていたようです。彼らは最初から、私たちをここで仕留めるつもりだったようです』
「待ち伏せ……!?」
ハルトの背筋が、冷える。
「そんな……エリュシオンの最高機密の座標だぞ!?」
その瞬間だった。
通信コンソールが、けたたましく鳴り響く。
スピーカーからノイズが溢れて、金属を引っ掻くみたいな音が耳に刺さった。
『アイギスから、高指向性の通信を受けました。……再生します』
メティスが操作する。
ノイズの向こう。
低くて冷たい、“人間の声”が混じった。
『――……野良犬……、……排除……。……ゴミ……塵に……』
ハルトは耳を疑った。
いま、確かに。
「メティス、今……あいつら、『排除』って言わなかったか!?」
『……ハルト。彼らはこう言っています』
メティスは淡々と、翻訳結果を読み上げる。
『「不法居住区のゴミ共が、分をわきまえろ。これ以上進むなら、その汚らわしいステーションごと宇宙の塵にしてやる」……と』
凪いだ声。
その“温度のなさ”が、逆に刺さる。
取り付く島もない拒絶。
話し合う気なんて、欠片もない。
「……ふざけるな」
ハルトの声が、勝手に低くなる。
「勝手に出ていけと言ったのは、そっちだろう! それで今度は、飢えて死ねって言うのかよ!」
胸の奥が熱い。
怒りが、血を沸かせる。
自分が信じてきた「正義」が、踏みつけられた気がした。
『ハルト。アイギスの砲門にエネルギー反応。警告なしの先制攻撃が来ます。……彼らには、私たちの命を数えるつもりすらないようです』
「……ああ、わかってる!」
ハルトは歯を食いしばる。
「あんな傲慢な奴らに、僕たちの意地を見せてやる! ――ヘルメス、全速前進!」
引き金を引いた。
ヘルメスから、高出力の熱線が放たれる。
静寂の宇宙を切り裂いて、排気口へ吸い込まれていった。
奥で閃光が爆ぜる。
「当たった……!」
勝った。
一瞬、そう思った。
でも。
爆炎が霧散したあとに現れたのは――。
煤ひとつついていない、鈍く光る超合金の隔壁だった。
「……嘘だろ」
喉が、からからだ。
「ヘルメスの全力だぞ……? それを、無傷で……?」
冷却ダクト。
本来なら、弱点のはずの場所。
そこですら、重層的な装甲に守られていた。
最初から“隙”なんて、用意されていない。
『――警告。周辺の装甲ブロックが排除行動を開始。ハルト、すぐにそこから離れてください!』
周囲の壁が、動いた。
巨大な歯車みたいに。
鋼鉄のプレートが、音もなくスライドしてくる。
閉じ込める。
噛み砕く。
その“意志”が、機械の動きなのに伝わってきた。
「くそっ……! あんなに撃ち込んで、傷ひとつつけられないなんて……! こいつ、本当にただの機械なのかよ!」
迫る鋼の壁が、ヘルメスの翼を掠めようとした、その瞬間――
空間が、ぐにゃりと歪んだ。
メティスが強制介入する。
『――強制跳躍』
たった一言。
ヘルメスの機体が光の粒子へと爆ぜる。
閉ざされる寸前の“顎”の中から、間一髪。
ハルトは、脱出した。




