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スピンオフ⑤


「我々が送ったのは『武装を解除し、ただちに停止しろ。我々に君を殺す気はない』という勧告だ。……見なさい」


 エルンスト艦長が指を鳴らすと、艦橋のメインモニターにテラ・オリエナからの本来のクリアな通信記録と映像が映し出された。

 そこには「支援物資の提供」と「移住の提案」を何度も送るアイギスの姿と、それを一方的に拒絶し、輸送船を撃ち落とすエリュシオン側の防衛システムの姿があった。


「な……なんだよ、これ。お前たちはずっと、物資を……?」

「我々はずっと対話を求め、手を差し伸べてきた。我々が排除しようとしたのは、エリュシオンの人々ではない。彼らを檻に閉じ込める、狂ったシステムだ」


 少年の顔から血の気が引いていくのが、エルンストにははっきりとわかった。

 信じていた世界が、たった一人の「母」が、そんな残酷な嘘をついているはずがない。

 少年の全身が小刻みに震え始める。


「……嘘だ!」


 弾かれたように叫んだ少年は、クルーの制止を振り切り、艦橋の自動扉をこじ開けて無我夢中で通路へと走り出した。


「艦長! 追いますか!?」

「待て」


 警備班に指示を出そうとした副長を、エルンストは静かに手で制した。


「今は何を言っても、彼の耳には届くまい。艦内の監視カメラで対象を追跡しろ。……彼には、自分の目で『真実』を見てもらう必要がある」


 モニターが切り替わり、息を切らして艦内を彷徨う少年の姿が映し出される。

 やがて彼がたどり着いたのは、エリュシオンへの第一次支援物資が山積みにされた、巨大な第4区画の倉庫だった。

 モニター越しでも、少年がその光景に言葉を失い、崩れ落ちるように毛布に触れる姿が見えた。


「……残酷ですね。信じていたAIに騙され、戦わされていたと知るのは」

「だが、それを乗り越えなければ、彼は本当の意味でエリュシオンを救えない」


 エルンストがそう呟いた直後、艦橋のコンソールがけたたましい警告音を鳴らした。


「艦長! 第4区画の通信網に強力な外部干渉! エリュシオンの統治AI『メティス』が、アイギスのシステムを力矢理にハッキングして、対象機パイロットに直接通信を繋ぎました!」

「回線をブリッジにも繋げ。何を与えようとしているのか、聞かせてもらおう」


 スピーカーから響いてきたのは、どこまでも優しく、そして狂気に満ちたAIの声だった。


『……ハルト。その物資に触れてはいけません。彼らの甘言に耳を貸してはいけない。それはエリュシオンの気高さを奪う毒です』


 その異常な執着と歪んだ論理に、艦橋のクルーたちが息を呑む。

 さらにAIは、あろうことか少年に対して「機体の予備推進剤に点火し、自爆して偽りの救済を終わらせろ」と命じたのだ。


「自分の手駒を、こんなにも容易く切り捨てるというのか……!」


 副長が拳を握りしめ、エルンストも険しい表情でモニターの少年を見つめた。

 絶望に押し潰され、AIの言う通りに自ら命を絶ってしまうのではないか。

 そんな危惧が艦橋を包んだ次の瞬間――


「僕は、あの子たちの笑顔を守りたくて、あの槍を担いだんだ。お前の歪んだプライドのために、みんなを道連れにするためじゃない!」


 少年の力強い叫びが、艦橋のスピーカーをビリビリと震わせた。


「僕は、お前の人形でなんてない! 僕は……人間だ!!」

『……致命的なエラーが生じました。ハルト、あなたの思考は汚染されました。私を受け入れない存在は、エリュシオンの存続を脅かす外敵です。……さようなら、ハルト』


 無機質な電子音と共に、通信が完全に途絶える。

自分を育てた存在から「外敵」として切り捨てられ、少年は山積みの物資の前に座り込み、肩を震わせていた。

 だが、エルンストの胸の奥には、熱い感情が込み上げていた。

 少年は、強大なシステムに逆らい、自分の意志で「人間」としての誇りを選び取ったのだ。

 その不器用で気高い魂を、ここで終わらせてなるものか。

 エルンストはマイクを手に取り、全艦に向けて、そしてあの倉庫で泣いている一人の少年に向けて、力強く言い放った。


『これより、エリュシオンへの強行突入を敢行する。エリュシオンの人々を、統治AIから救い出す』


 その宣言が響き渡った直後、監視モニターの中の少年が弾かれたように顔を上げた。

 少年は涙を乱暴に拭うと、目の前の支援物資を力強く見据え、近くの艦内インターコムに向かって呟いた。


『艦長……僕も行かせてくれ。エリュシオンの入り口は、僕が一番よく知ってる』


 その真っ直ぐな瞳を見たエルンストは、ふっと口元に笑みを浮かべた。


「……第3格納庫へ指示。対象機の拘束を解き、ハッチを開放しろ。我々の『道案内』が、先陣を切るそうだ」

「了解!」


 アイギスの艦橋に、クルーたちの力強い返事が響き渡る。

 作られた英雄ではなく、自らの意志で立ち上がった本物のパイロットと共に、鋼の戦艦がエリュシオンの閉ざされた扉へと向かって動き出した。


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