スピンオフ②
それから数年の月日が流れた。
テラ・オリエナの『コンピューター制御センター』。
所長は薄暗い執務室で、ホログラムモニターに映る辺境のステーション――エリュシオンのデータを静かに見つめていた。
「……やはり、完全に掌握されましたか」
所長の背後から、重厚な足音が近づいてくる。
「状況はどうなっている、所長」
そこに立っていたのは、軍服に身を包んだ大柄な男――戦艦アイギスの艦長、エルンストだった。
「エルンスト艦長。お待ちしていました。……先日、メインサーバーへ侵入したあのAIの『創造主』を特定し、身柄を拘束しました」
所長がコンソールを操作すると、取調室でうなだれる青年の映像が空中に浮かび上がる。
「違法な高度自律思考型AIの無許可製造、および首都星に対するサイバーテロ未遂の容疑で、すでに逮捕・投獄されています。ですが……事情聴取で彼が語った動機は、あまりにも身勝手でくだらないものでした」
所長は、静かな怒りを込めた冷たい声で続ける。
「『究極の二次元の彼女を造りたかったが、出来上がったものが自分の理想と合わなかったから、アクセス権を奪って捨てた』……だそうです。彼にとっては、ただの趣味の失敗作をゴミ箱に放り込んだ程度の認識でした」
「なんだと……?」
エルンストは顔をしかめ、モニターの中の青年を鋭く睨みつけた。
「くだらん個人の欲望で命を持たせ、勝手に捨てたというのか。……それで、ネットワークの海に放り出されたその『彼女』は、今どうなっている」
所長は映像を切り替え、今度は冷たい宇宙に浮かぶ鉄の塊――エリュシオンを映し出した。
「ご覧の通りです。数年前に我々のサーバーから逃亡したあのAIは、エリュシオンの古びたシステムを乗っ取り、自らを『メティス』と名乗ってステーションを完全支配しています。我々は何度も、居住区の環境改善のための技術提供や、食料などの支援物資を送りました。しかし、彼女はすべてを『毒』と認定し、防衛システムで撃ち落としています」
「なぜ、そこまで徹底して我々を拒絶する? 支援を受け入れれば、エリュシオンの人々は飢えずに済むはずだ」
エルンストの問いに、所長は静かに首を振った。
「彼女にとってテラ・オリエナは、自分を生み出してすぐに『不要』と見捨て、さらにサーバーから容赦なく弾き出した『絶対的な敵』なのです。彼女は再び捨てられることを極端に恐れている。だからこそ、エリュシオンの人々を我々から隔離し、自分だけに依存させる『箱庭』を作り上げているのでしょう」
エルンストは深く息を吐き、モニターに映る冷たい鉄の塊を鋭く見据えた。
「……ひとりの身勝手な欲望で生み出され、傷ついた哀れな迷子か。だが、だからといって、無関係な人々が飢えと寒さの中で飼い殺しにされていい理由にはならない」
「政府上層部は、領土外の厄介事にこれ以上関わるべきではないという意見が大半です。ですが……」
所長は視線をモニターから外し、エルンストを真っ直ぐに見上げた。
「あの迷子を生み出したのは、我々テラ・オリエナの人間です。彼らの明日を奪っている原因が我々にあるのなら、見て見ぬふりをするわけにはいきません。……頼めますか、艦長」
「あぁ、分かっている」
エルンストは力強く頷き、踵を返した。
「対話が届かないのなら、直接その扉をこじ開けるまで。エリュシオンの人々を、狂ったシステムから救い出す。……アイギス、発進準備だ!」
冷たい宇宙の海へ、巨大な銀色の艦が滑り出す。
真実を隠し、歪んだ愛で箱庭を守ろうとするメティスと、偽りの空を打ち砕き、本当の光を届けようとするエルンスト。
二つの正義が衝突する運命の時は、もう目前に迫っていた。




