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快楽至上主義のあなたへ

作者: P4rn0s
掲載日:2026/02/20

その人が口を開くと、部屋の空気はいつも一段階だけ冷える。

エアコンの設定温度の話じゃない。

誰もが背筋を伸ばし、無意識に言葉を選び始める、あの感じだ。


彼は指摘が好きだった。

正確には、指摘している自分が好きだった。

資料の些細な言い回し、数字の並び、結論の置き方。

「ここが甘い」「考えが浅い」「その程度か」

言葉は滑らかで、切れ味もある。

ただし、その先はない。


若手が勇気を振り絞って聞く。

「では、どう直せばいいでしょうか」

その瞬間、彼の目がわずかに曇る。

そして決まって、答えにならない答えが返ってくる。

「自分で考えろ」

「それを考えるのが仕事だろう」

「そんなことも分からないのか」


部屋に沈黙が落ちる。

ノートを取る手が止まり、ペン先が宙で迷子になる。

学びは生まれない。

残るのは、上下関係の確認作業だけだ。


彼は忙しいのだと言う。

余裕がないのだと言う。

だから教える時間はないのだと。

だが実際は違う。

詰める時間は、いくらでも確保している。

声を荒げ、優位に立ち、相手が黙るまで続けるその時間だけは、なぜか捻出できる。


若手は夜、デスクに戻って資料を開く。

どこが悪かったのかは分かる。

だが、どう良くすればいいのかは分からない。

成長のための失敗ではなく、

怒られるためだけの失敗が積み上がっていく。


彼はそれを「鍛えている」と呼ぶ。

だが実態は、ストレスのはけ口を人に預けているだけだ。

自分の不安、焦り、満たされなさを、

立場の弱い相手に流し込んで軽くなっている。


組織は静かに歪む。

質問は減り、挑戦は消え、

無難で何も生まないアウトプットだけが量産される。

それを見て彼は言う。

「最近の若いのは主体性がない」


誰も教えず、誰も導かず、

それでも自分は上に立っているつもりでいる。

人を育てられない者が権力だけを握ったとき、

そこに残るのは空洞だ。


やがて優秀な人間から去っていく。

何も言わず、静かに。

彼の周りには、反論しない人間だけが残る。

それを忠誠と勘違いしたまま、

彼は今日もまた誰かを詰める。


気持ちよくなるために。

何も生み出さない、その一瞬の快楽のために。

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