第3話 小さなお守り
朝は、孤児院の食堂から始まる。
焼き色の薄いパンと具の少ないスープ。
それでもみんなで同じ卓を囲めば、悪くない匂いになる。
「コーデお兄ちゃんは今日も工房?」
「うん。夕方には戻るよ」
そう答えると、隣の子が身を乗り出してきた。
「また本、読んでくれる?」
「帰ってきてからね」
それで十分らしく、満足そうに頷いた。
十歳で古文書修復係の見習いになってから二年が経つ。
仕事は増えたけれど、朝と夜はできるだけここで過ごすようにしていた。
教会の無料教室にも通い、文字も一通り読めるようになった。
全部理解できるわけじゃないが、「何が書いてあるか」くらいは追える。
食後に少し時間があったので、棚から一冊取り出して短い物語を読む。
声に出すと文の流れが自然に身体に落ちてくる。
最近は、本を開いた瞬間に――落ち着くか、引っかかるか。
その違いもはっきり分かるようになっていた。
工房に着くと、先輩のラグはもう机に向かっていた。
「おはようございます」
「おう。ちょうどいい、これ見てくれ」
差し出されたのは、革張りの薄い帳面だった。
持ち運び用の魔法契約書らしい。
「商人の依頼だ。昨日持ち込まれた」
ページをめくる。
文字は整っていて、綴じも問題ない。
……けれど。
「見た目は、きれいですね」
「だろ?」
「でも……」
言葉を探す。
「文の流れが、少し噛み合っていません」
ラグは首をかしげた。
「そうか? 俺には普通に見えるが」
それは当然だ。
文字としては正しい。
おかしいのはもっと別のところ。
「たぶん、使い続けるうちに、魔力の通り道だけが歪んだんだと思います」
「俺にはよく分からないけどな...じゃあ、簡単な物理修復だけやっておいてもらえるか?」
そう言って作業台を譲ってくれた。
契約文の内容は単純だ。
旅路の安全を祈る、ごく軽いもの。
本来なら大きな効果は出ない。
だからこそ細かな歪みが残りやすい。
机に向かい息を整える。
文字は動かさない。
代わりに文全体に意識を向ける。
指先からゆっくりと魔力を染み込ませる。
一文字ずつではなく、文章の流れそのものに。
絡まりかけていた感覚が少しずつほどけていく。
……これでいい。
「終わりました」
少しの傷や綴のずれを直して報告した。
「綺麗にできるようになったな。これでバッチリだ」
「ありがとうございます。魔力の通りもさっきより落ち着いている気がします。」
ラグは軽く笑った。
「そういうのが分かるのが、お前の強みだな」
数週間後、工房に見覚えのある商人がやってきた。
旅装束のままで少し日焼けしている。
「この前は世話になった」
差し出されたのはあの帳面だった。
「旅の途中で、何度か妙なことがあってな」
「妙なこと、ですか?」
「危ない目に遭いそうになると、ぎりぎりで外れるんだ」
馬車の車輪が石に引っかかりそうになったり、
盗賊に目をつけられたのに、向こうから引き返したり。
「運が良かった、って言えばそれまでなんだが」
商人は苦笑する。
「今までこんなことはなかったからな」
帳面を軽く叩いた。
「直してもらった魔法契約書のおかげかな、って思ってる」
「お守りみたいなもんだ」
そう言って、少し照れたように笑う。
「また頼むことがあると思う」
置いていったのは、少しの銅貨と干し果実だった。
読んでいただいてありがとうございます!
初投稿なので、投稿設定など至らぬところがあるかもしれません…。
ファンタジーファンの一人として、面白い物語を書いていきたいので、ご愛読いただけると嬉しいです!
週に1話は投稿していきたいと思います!




