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第2話 直してはいけないと言われた本

孤児院には、本がほとんどなかった。

ない、というより必要最低限しか置かれていない。


帳簿と古い祈りの文が数冊。それも大人が管理していて、子どもたちは勝手に触らないように言われていた。


文字を読むなと言われているわけではない。

ただ身寄りのない子どもが多く、寄付金はぎりぎりなので子供達が覚えるべきことに順番があるだけだ。


まずは掃除の仕方。洗濯の手伝い。火の扱い方。町で働くなら、挨拶と数の数え方。

文字はそのあと。


「読めたらいいけどね」


「でも、先に覚えることがあるでしょ」


そんな言い方だった。

だから文字を読めないことを責められたことはない。


それでも棚の一番奥に押し込まれている帳面だけは、いつも気になった。

表紙はなく、背も外れかけている。ページは欠け、紙の色もばらばらだ。


誰かが大事に読んでいた形跡はない。それなのに捨てられずにずっと残っている。


近づくと、胸の奥が少しだけざわついた。

理由は分からない。ただ、そこにあると気づくと、自然と足が向く。


手に取るとざわつきは少し落ち着いたが、説明できない感覚が残る。


重いわけでも、軽いわけでもない。温かいわけでも、冷たいわけでもない。

それでも「何か」がある。


帳面を開く。

読める字はほとんどないのに目が離れなかった。


行と行の間。段落の切れ目。余白の取り方。

汚れているわけでもなく、破れが目立つわけでもないのに、ページごとに感じが違う。


落ち着くところもあれば、胸の奥がざらつくところもある。


「またそれ見てるの?」


後ろから声をかけられて少しだけ肩が揺れた。


年上の子だった。最近は町で働き口を探していると言っていたはずだ。


「字も読めないのに、好きだよね」


「……見るだけだから」


「ふうん。まあ、悪いことじゃないけどさ」


からかうような口調だったが、止める気はなさそうだった。


「でもそのうち使わなくなるよ。町に出たら、そんな暇ないし」


「……そうかも」


帳面を閉じ、棚に戻そうとする。


けれど指が離れなかった。


破れているページの端を整え、外れかけた背を、そっと押さえる。

直そうと思ったわけじゃない。触ると落ち着く。


指先から、じんわりと何かがにじむ感覚がある。

それが帳面の中を、静かに巡っていく。


ざらついていた感じが少しだけ和らいだ。

自分が何をしているのかは分からないが、こうするといい気がした。


ある日、修道士が孤児院を訪れた。

寄付と帳簿の確認だと聞いていた。大人たちはいつもより丁寧に掃除をしていた。


「今日は棚の奥は触らないでね」


そう言われていたはずなのに、気づくと帳面の前に立っていた。


「それ、好きなの?」


声をかけられて、はっとする。


振り返ると修道士がいた。想像していたより、ずっと柔らかい雰囲気の人だった。


「……なんとなく」


「そっか」


修道士は怒るでもなく、帳面を覗き込む。


「字は読める?」


「いえ」


「だよね」


軽く笑って、ページをめくる。


「これはね、契約文だ」


「けいやく……」


「昔の魔法のやり方だよ。今みたいに短い呪文じゃなくて、文章そのものに意味を持たせるやつ」


分かったような、分からないような顔をしていると、


「まあ、難しいよね」


と、あっさり流された。


「今の呪文も元を辿ると、こういう文書がある。それを頭の中で思い浮かべて、魔力を込めることで魔法を使っているんだ」


「声に出すと失敗しにくいから、みんなそうしてる」


淡々とした説明だった。


「これはもう効いてない。でもね」


少しだけ声が低くなる。


「手入れされない契約文が増えると、魔力が絡まることがある。絡まると、変な影響が出て、昔それで国が一つなくなったんだ…。」


脅すような言い方ではなかった。

ただ、知っていることを、そのまま話している調子だった。


「だからこういう本を直す古文書修復係っていう仕事があるんだ。」


「古文書修復係…?」


「綴じを直したり、紙を整えたり。君が今やってたみたいなことだよ。修復が必要な魔法契約書は古いものが多いから古文書って呼ばれているんだ。今となっては新しい契約書もたくさんあるんだけどね。」


「でも古文書の修復は、直し方を間違えると契約が別の形になることがある。効かないはずのものが、思わぬところで効いたりね」


少し考えてから、付け足す。


「もしこういうのが気になるならちゃんと学んだほうがいい。向き不向きが、はっきり出る仕事だから」


帳面は、そのまま持っていかれた。

怒られたわけでも、褒められたわけでもない。


ただ、「触っていいもの」と「気をつけるべきもの」があると知った。

それからも、本に触るのをやめることはなかった。


破れた紙を整え、背を支える。文字は、相変わらず読めない。

それでも、本ごとに感じ方が違うことだけは、はっきり分かる。


ずっと後になって、古文書修復係として経験を積んでから、この頃の感覚に名前がつく。


――本に残った魔力の流れ。


今はまだ、そんな言葉も知らない。


ただ本に触れると落ち着く。


それだけで十分だった。

読んでいただいてありがとうございます!


初投稿なので、投稿設定など至らぬところがあるかもしれません…。


ファンタジーファンの一人として、面白い物語を書いていきたいので、ご愛読いただけると嬉しいです!


週に1話は投稿していきたいと思います!

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