第10話-2 故郷からの旅立ち
翌日、彼らが立ち寄ったのは、街道から少し外れた小さな農村だった。
畑は広く、土はよく耕されている。
だが人影はまばらで村全体が静かだった。
「散水用の魔道具がな……」
声をかけてきたのは、アルスの顔馴染みの農夫だった。
白髪混じりの男で、アルスを見るなり肩をすくめる。
「動かないわけじゃないが、途切れる」
畑の中央には、石製の簡易魔道具が据えられていた。
刻まれた契約文は摩耗し、魔力の流れが歪んでいる。
「これがないと、水やりが半日仕事でな」
「見せてくれ」
アルスは迷いなく膝をついた。
指先で契約文をなぞり、目を閉じる。
低く短い詠唱が、ほとんど同時に複数重なった。
(……三つ? いや、四つ)
コーデは息を詰めて見ていた。
流れを抑え、補強し、別の契約で支える。
精密で無駄がない。
「これで、しばらくは持つ」
「助かった。相変わらずだな」
男は安堵の息をついた。
だが、アルスは首を振る。
「根本的な更新はできない。これは応急処置だ」
「分かってるさ。でも契約を作り直す金はない」
そのやりとりをコーデは黙って聞いていた。
その夜、二人は農家の一室を借りた。
囲炉裏の火と簡易ランプの灯り。
小さな部屋だが温かい。
「……昼の魔法」
コーデは切り出した。
「便利だけど、壊れたら終わりなんですね」
「壊れる前提だ」
アルスは湯飲みを傾ける。
「だから数が増える。用途が細かくなる」
「直せる人がいなければ、村ごと困る」
「だから“誰でも使える”必要がある」
アルスは指を折る。
「魔力があればいい。才能はいらない。感覚もいらない」
「でも……」
「代わりに、契約に縛られる。呪文などの魔法も全てそうだよ」
火を灯すなら火用。
水を撒くなら散水用。
用途が一つ増えるたび、契約が増える。
「不便だが安定する。それが今の魔法体系だ。人間は魔力を直接操作することができないからね。」
囲炉裏の火を見つめながら、アルスはぽつりと言った。
「昼の修理、見ていてどう思った?」
「……一度にいくつも魔法を使っているように見えました」
「正解だ」
アルスは湯飲みを置く。
「散水の契約は一枚だが中身は一つじゃない。水を引く。圧を調整する。均等に撒く。止める。本来ならそれぞれ別の呪文だ」
「でも契約は一つでした」
「まとめて書いてあるだけさ。壊れるのは、だいたいどれか一部分だ」
指先で空中をなぞるように、アルスは続ける。
「だから私は、契約を“分けて見る”。流れを切り分けて、悪いところだけを直す」
「……全部を作り直すわけじゃないんですね」
「それは無理だ。私にはね」
アルスはあっさり言った。
「私の魔力も、操作も、特別じゃない。一つの大きな魔法を思い描く才能はないんだよ」
囲炉裏の火が小さく揺れる。
「だから代わりにたくさん使う。必要な呪文を必要な順番で、ほぼ同時に」
「それが……連続で使っていたように見えた理由ですか」
「そう」
少しだけ、得意そうに口角が上がる。
「下手な魔法使いが考えた、工夫の産物だよ」
コーデは言葉を失った。
(下手、なんかじゃない)
だがアルスは気にした様子もなく、続ける。
「修復師の仕事は派手じゃない。世界を良くする魔法も、生み出さない」
一拍。
「それでも――」
アルスは顔を上げた。
「壊れたものを、壊れたままにはしない」
火がぱちりと鳴った。
コーデはその横顔を見つめながら、
昼間見た“分断された魔法の流れ”を、頭の中で何度もなぞっていた。
読んでいただいてありがとうございます!
初投稿なので、投稿設定など至らぬところがあるかもしれません…。
ファンタジーファンの一人として、面白い物語を書いていきたいので、ご愛読いただけると嬉しいです!
週に1話は投稿していきたいと思います!




