第9話-2 旅立ち
数日後の夜。
コーデはアルスの執務室に呼ばれた。
机の上には古い地図と文書が広げられている。
「座ってくれ」
アルスは静かに切り出した。
「まず、謝りたい」
「?」
「他の者たちと比べて、君には直接教える時間をほとんど取れなかった」
コーデは首を振る。
「そんな……」
「だが、今だから話せることもある」
アルスは地図を指す。
「この国――ルミナス王国は契約による魔法“古文書による魔法”が根付いている国だ。この街から馬車で数日の首都エリデアでは、日々新しい魔法契約が生まれ、多くの呪文が開発されている」
指は北へ。
「ヴァルハイト。王国北部の地域だ。慣習も価値観も、首都とは少し違う。ラグの出身もこの一帯だね」
さらに地図の端へ。
「南に行けば、獣人たちの国のガルド=フラ連邦がある」
少し間を置き、また地図をなぞる。
「そして、旧エルディア諸邦。かつて複数の小国が連なっていたが、今は名ばかりの地域だ」
指先が森に囲まれた印へ移動する。
「その近くにあるのが――リュネ=シルヴァリス」
コーデは息を飲んだ。
「エルフの里。実在するのですか」
御伽噺でしか聞いたことがない種族の名前を聞いて、コーデは息をのむ。
「彼らは滅多に人前に姿を見せない。寿命も感覚も我々とは違う。時間の流れそのものを、別のものとして捉えている節がある」
地図に指を置いたまま、言葉を続ける。
「だが、世界の“歪み”に最初に気づくのもいつも彼らだ。土地の記憶、古文書よりも古い何かを彼らは感じ取っている」
コーデは無意識に拳を握っていた。
「……世界の歪み、というのは」
「修復係が扱う“不具合”のもっと根の部分だ」
アルスは視線を上げ、コーデを見る。
「壊れた魔導具や暴走した古文書は結果にすぎない。原因は、世界そのものの綻びにある」
「ここ数年、各地で古文書の反応がおかしい。この街の古文書修復依頼が増えているのも偶然ではない。周期も場所も偏りがある」
そして、小さく息を吐いた。
「本来、私がそれを見て回るべきだった。だが――修復師と名乗るのは今は私だけだ。そして私一人の力には限界がある」
「……“修復師の領域”」
沈黙。
「私はもう少ししたら旅に出ようと思う。歪みの兆しをこの目で確かめるために。ルミナス王国だけではない、国境を跨ぐこともあるだろう」
コーデを見据える。
外で、風が建物を撫でる音がした。
「他の弟子たちに比べて、君には直接教える時間を持てなかった。それをずっと気にしていた。」
アルスは、少しだけ言葉を探すように間を置いた。
「見識を広げるために君もついてこないか」
即答はできなかった。
この街。工房。孤児院。そしてラグが大切にしていた場所。
だが――
ラグの言葉が、ふと胸によみがえる。
「もし離れることになっても…迷うなよ。お前は、お前の道を行けばいい」
コーデは、ゆっくりと息を吸い、吐いた。
「……はい」
自分でも驚くほど静かな声だった。
「行きます。代表と一緒に」
アルスは少しだけ目を細めた。
「ありがとう」
それは代表としてではなく、一人の修復師としての礼に聞こえた。
⸻
季節が暖かくなってきた頃。
コーデは、旅支度を整えながら工房を振り返った。
ここが終わるわけではない。だが、コーデ自身はここから先へ進む。
遠くで鐘が鳴る。
交易路の先、知らない街。知らない世界。
新しい物語が始まろうとしていた。
読んでいただいてありがとうございます!
初投稿なので、投稿設定など至らぬところがあるかもしれません…。
ファンタジーファンの一人として、面白い物語を書いていきたいので、ご愛読いただけると嬉しいです!
週に1話は投稿していきたいと思います!




