第9話-1 旅立ち
工房の灯りが落ち、街の物音が遠のいたころ。
暖炉の火だけが、ゆっくりと壁を照らしていた。
コーデが帳面を閉じる音を聞いて、ラグは椅子の背にもたれたまま、ぽつりと言った。
「……静かになったな」
ラグがそう言って、火に薪を一本くべた。
「雪が降り止んで、依頼も落ち着いてきましたね」
言いながらもコーデはどこか落ち着かない。
ラグはそれを横目に見て、少しだけ口角を上げた。
「代表が来てからだな、表情が変わった」
「そんなこと……」
否定しかけたコーデにラグは続ける。
「代表とお前、どこか似てる気がするんだ」
コーデが顔を上げる。
「修復のやり方じゃない。物の見方だ。目の前だけじゃなく、その先を見てるところがな。…街に根を張る修復係、って感じがしない」
火が小さくはぜる。
「だからさ……」
ラグは言葉を選び、少し間を置いた。
「お前も、そのうちこの街を離れることになるかもな」
一瞬、空気が止まった。
「……僕は」
「分かってる」
ラグは遮った。
「今すぐじゃないかもしれないが、でも代表が戻ってきた理由もそこにある気がするんだ」
コーデは黙り込む。
ラグは椅子を引き、立ち上がった。
「俺は明日、故郷に戻る」
その声にはもう迷いがなかった。
「修復係としてな」
コーデはうなずくことしかできなかった。
応援したい気持ちと、胸の奥がきしむ感覚が同時にあった。
「この街は変わらず回る。俺がいなくてもな。その確信と故郷に戻る決心がついたんだ」
火の揺れが、二人の影を歪ませる。
「修復係って仕事はさ、街を支える仕事だ。でも、あの人のやってることは……もっと遠い」
ラグはじっとコーデの目を見た。
「もし離れることになっても…迷うなよ。お前は、お前の道を行けばいい」
ラグは工房を見回す。
「次に会ったときは、お前に飯を奢ってもらうからな」
別れの寂しさを隠すように、ラグは笑っていた。
⸻
翌朝。
冬の空気が澄み切った中、工房の前に街の人々が集まっていた。
修復係の先輩や依頼で世話になった者、孤児院の子供から食堂の店主まで、ラグは多くの人々に愛されていた。
「長らく大変お世話になりました」
代表のアルスと集まった人々に深く頭を下げる。
「戻ってくることは?」
誰かがそう聞いた。
「出張代をはずんでもらえばいつでも」
ラグらしい返答だ。
アルスはラグに近づき、静かに言った。
「君が築いたものはここに残る。そして故郷でも多くのものを積み重ねていきなさい。近くに行った際には必ず顔を出すからね。」
ラグは頷き、次にコーデの方を見る。
言葉はない。
だが、確かに通じていた。
街の人々が声をかけ、感謝と冗談が飛ぶ。
「……気をつけて」
それだけで十分だった。
ラグは馬車に乗り、手を挙げる。
街道の向こうへ、修復係としての旅が始まった。
⸻
ラグが去った後、工房は慌ただしさを増した。
アルスの一番弟子――フリオが正式に工房の実務を引き継ぎ、体制を整えていく。
コーデも修復係の一人として依頼に加わった。
フリオは熟練の修復係で、仕事ぶりを見ているだけでかなりの勉強になる。
「代表は、君にもかなり期待しているようだぞ」
帳面を整理しながら、フリオが何気なく言った。
「え?」
「判断が早い。街との折衝もうまい。ラグがいなくなっても流れが崩れていない。そして何よりも…まぁこれは代表に直接聞いた方がいいか」
「……皆さんが支えてくれているからです」
「謙遜しなくてもいい。私もかなり助かっているよ」
アルスとはまた違った人のいい笑顔を残して、フリオは仕事に戻った。
読んでいただいてありがとうございます!
初投稿なので、投稿設定など至らぬところがあるかもしれません…。
ファンタジーファンの一人として、面白い物語を書いていきたいので、ご愛読いただけると嬉しいです!
週に1話は投稿していきたいと思います!




