第8話-1 代表の帰還
年が改まり、街に新しい暦が配られる頃。
工房にも久しぶりに落ち着いた雰囲気が戻ってきていた。
冬の最中ではあるが、年始は依頼が一段落する。
急を要する修復は年内に済まされ、残るのは点検と調整が中心だ。
新年の祝いの準備のために、コーデとラグは夜明け前から工房に来ていた。
外は深く静まり返り、吐く息が白い。
ラグは帳面を広げ、依頼の整理をしていた。
コーデは床を掃き、棚を拭き、祝いの席用に長机を運ぶ。
「このくらいでいいですかね」
「十分だ。あとは――」
言いかけたところで、工房の扉が、ぎい、と軋んだ。
冷たい外気と一緒に、人影が入ってくるのが見える
「……あ」
コーデが声を出すより早く、ラグが顔を上げた。
「代表」
呼ばれた男は、ほんの少しだけ驚いたように目を瞬かせ、すぐに笑みを浮かべる。
「おや、随分と早いんだね。」
それだけだった。
大仰な再会の言葉も改まった挨拶もない。
だが、冬の張り詰めた空気がふっと緩む。
コーデは胸の奥がわずかに温かくなるのを感じた。
代表――アルスは外套を外し、いくつもの包みを作業台に置く。
「各地の食材だ。年に一度くらいは、私が腕を振るわないとね」
鍋、保存瓶、香辛料。
その量に思わずコーデは目を見張った。
「……それ、全部新年会のですか?」
「他に何があるかな?」
さらりと返し、そのまま工房を一巡する。
道具の配置。帳面のまとめ方。依頼の整理状況。
「……よく回っている」
短いが確かな評価だった。
「采配は君だね、ラグ」
「はい」
迷いのない返答。
誇示も気負いもなく、ただ事実として。
この街の修復依頼は今やほとんどラグが回している。
先輩の修復係たちは一人前となり、各地の出張依頼をこなす日々だ。
「この街の日々の修復依頼は任せる」
そう言われている。
それは放置ではなく、先輩達からの信頼だった。
「コーデも」
アルスの視線が一瞬こちらに向く。
「良い仕事をしている。無理がない」
「……ありがとうございます」
「さて、料理の準備を始めよう。2人の頑張りに報いて、後で味見をお願いしようかな」
工房の灯りが一段と強くなった気がした。
⸻
その日の夜、新年の祝いの席が工房に設けられた。
出張に出ていた修復係も戻り、普段よりも賑やかだ。
卓に並ぶ料理はどれも見慣れないものばかりで、自然と会話が弾む。
やがて代表が杯を手に前へ出た。
「では、このアルセリオ・パリンプセスト―堅苦しいからアルスと呼んでくれ−が、パリンプセスト古文書工房の乾杯の音頭を取らせてもらおう」
杯を掲げ、少し芝居がかった調子で言う。
「日頃、この工房をみんなに任せきりなのは修復の旅ではなく、“世界中の美味しいものを食べ歩くため”という説が有力だが…」
一瞬の沈黙の後、会場がどっと湧く
「否定はしない」
肩をすくめる仕草にさらに場が和む。
その笑いの中で――
(……あ)
コーデの中で静かに繋がった。
アルセリオ・パリンプセスト。
パリンプセスト古文書工房。
――同じだ。
今さらのように気づいて、思わず固まる。
横から小声が飛んできた。
「……おい」
ラグだ。
「もしかして、今気づいたのか?」
「……はい」
「本当に知らなかったのかよ」
「だって誰も教えてくれなかったし……」
ラグは一瞬言葉に詰まり、それから呆れたように息を吐いた。
「いや、普通は知ってるからな?」
「そういうの、ちゃんと教えてほしいんですけど……」
言い合っているうちに、杯の音が重なる。
「乾杯!」
声が揃い、新しい年が始まった。
読んでいただいてありがとうございます!
初投稿なので、投稿設定など至らぬところがあるかもしれません…。
ファンタジーファンの一人として、面白い物語を書いていきたいので、ご愛読いただけると嬉しいです!
週に1話は投稿していきたいと思います!




