初恋の味
初恋はいつだろう。
通っていた幼稚園の先生だろうか?
小学生時代、忘れた教科書を見せてあげた隣の席の少女だっただろうか?
中学生時代、物憂げな表情を浮かべ図書室で本を読んでいた少女なのだろうか?
高校生時代、凛々しくも楚々とした立ち居振舞いで風紀を正していた少女なのだろうか?
大学生時代、成り行きで付き合うことになった同じサークルの少女なのだろうか?
今となっては思い出せない過去の記憶。
三十五歳の矢野孝明には思い出せない。
着慣れて型崩れを起こしたスーツに身を包み、身なりに頓着しない孝明には思い出せない。
何事にも感化され、揺らいでいた時代はとうの昔に終わり、人生を惰性の様に歩んだことで擦れた見方しか出来なくなってしまった。
あの時は全てのことに一喜一憂していた。
「あー…………まずいなぁ」
十分前に着いた駅前の喫煙所。
寒天の下。
吸い過ぎかと思ったがスッキリせず、三本目の煙草を吸う為スーツの内ポケットに手を伸ばす。
煙草を摘まんでいた右手が寒さで震え、上手くポケットの煙草の箱を掴めない。
やっとの思いで箱を取り出し、中を見たが既に空になっていた。
何も考えず一本、二本と吸っていたのだなと思い溜め息を一つ。
「吸います?」
女性の声が右隣から聞こえた。
孝明もあまり背丈は大きくはないが、それよりも遥かに小さな少女。
なんて事の無い女性用のスーツに身を包み、少し長めの茶髪を丁寧に一つに結んでいる。
本当に二十歳になっているか疑わしいその少女は黒い煙草の箱の蓋を開けて、こちらに差し出して来た。
他人から何かを受け取ることに抵抗があったが何故か手を伸ばしていた。
「いいんですか?」
「ヤニ切れは辛いですからね」
ニッと笑い、もう一度煙草の箱を突き出す。
「そう、ですね」
受け取った煙草はメンソール。レギュラーが好きな孝明は一瞬躊躇ったか、受け取った以上は返せないと思い咥える。
咥えると清涼感が鼻に抜ける。
ライターで火をつけて何度か吸い込み、味を楽しんだ。
「おぉ……」
「メンソール嫌いでした?」
「あぁ、いや、昔は嫌いだったんだけど……意外とウマいな、と」
学生時代に付き合っていた恋人が吸っていたメンソールは酷く不味く感じたのだが、今はとても美味しく感じた。
「でしょ? 煙草を吸うのはストレスが溜まっているからなんだし、何事もスッキリさせないとだから」
煙を転がしながら笑う少女は、薄汚れて見えた世界に久方振りに現れた輝きに見えた。
「荒んだ心に煙が届くのなら…………違いない」
孝明も煙を大きく吸い込んで味わう。
喉と鼻腔が涼しくなり、寒さが際立って思える。
「良かった」
再び悪戯な笑みが弾けた。
――初恋の味がした
こんにちは
下野枯葉です。
初恋を思い出しました。
恋なんてどこから来るんですかね。
今回はこの辺で。
最後に、
金髪幼女は最強です。