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第5話 神殿の静謀

くろとリーネは、神殿の大扉前に立っていた。朝の光が石畳を白く照らし、厳かな静けさを漂わせる。

大扉には「聖印の間」と刻まれた文字がくっきりと彫り込まれ、周囲を固い石壁が囲んでいる。


「ここが、聖印石を保管する場所……」

リーネが小声で言う。彼女の手元には、昨夜の魔族の残滓を採取した小瓶が揺れている。


「高位神官以外は入れないはずだが……」

黎は警戒しながら扉に手をかけた。そこには簡単な符印ルーンが刻まれているだけで、魔法のように見えるが、実は神殿専用の起動式スキルロックだ。


「私が符印を解除しますね」

リーネは敬礼するように立ち、手のひらに小さな光を集めた。

それは魔法ではない。リーネのクラス「癒しクレリス」のスキル《清浄の光》。瘴気を浄化し、不純物を弾く力を符印に送り込む。


――カチリ。


わずかな音と共に扉が開き、中へと誘った。



空間はひんやりと冷え、薄暗い。

十字型に広がる廊下の中央には、祭壇のような台座があり、その上に大きな水晶が載っている。

それが神殿の核、「聖印石」だ。


「……これが、聖印石」

リーネの声には、緊張が混じる。

水晶は透明なはずなのに、中央部がうっすらと濁り、黒ずんだ線が走っていた。


「瘴気の染みだな」

黎が近づき、剣の柄の感触を確かめる。

「規模が大きい。これだけ汚れるには、強大な瘴気か、繰り返しの干渉が必要だ」


「実は昨夜、彷徨う瘴気に触れたとき――何かに見られている気がしたんです」


リーネが背後を振り返り、影を探すように目を走らせる。

「それが――魔族の刺客だったかもしれません」


「つまり、街の闇がここまで来ている」

黎は台座の周囲をぐるりと歩き、壁に刻まれた文様を指先でなぞった。

「この結界が完全に崩れる前に、原因を探さねばならない」



廊下の奥、壁の奥まったアーチの下に、高位神官の執務室がある。

二人は互いに視線を交わし、足音を忍ばせて歩を進めた。


「ここからは――後悔するかもしれませんよ」

リーネが小声で囁く。


「後悔させるのは、あいつらだ」

扉を蹴り開け、黎は剣を帯に収めた。


中には高位神官・バイルドが、机に向かって背を向けていた。

彼はローブの縁についた聖印バッジに手を伸ばしている。


「その証拠を、ここで破棄したつもりか?」

黎の声に、バイルドは肩を震わせて振り返った。


リーネは小瓶を机に滑らせる。

「昨夜、森で採取した残滓です。魔族の刺客が襲来した証拠にほかなりません」


バイルドの目が一瞬、陰った。

「そんな……魔族は完全に滅んだはずだ。これは――痴れ者の戯言か?」


「いいえ、本物です。神殿の聖域が冒されつつあります」

リーネの声に力がこもる。


バイルドは拳を握りしめた。

「……汚れたか。いや、そなた――お前のせいではないのか?」


「私のせいではありません!」

リーネがついに声を荒げる。

「符印を守り、結界を保つのが私の仕事です! 壊れているのは、この神殿の内部、あなたの怠慢です!」


部屋に緊張が走った。

バイルドはまばたきし、頭を振った。

「……わかっておる。しかし、情報を外部に流すわけにはいかぬ。街に混乱が走る」


「混乱を恐れて見殺しにするのですか? この街の人々を!」


「それは……」


バイルドは言葉を切り、目を逸らす。

その瞬間、執務室の奥の壁に隠されていた扉が軋んだ。


「――気づかれたか」

低い、歪んだ声が響く。


そして、扉から現れたのは――刺客そのものだった。昨夜の魔族を思わせる、黒のローブに隠れた影。

バイルドは慌てて杖を手に立ち上がる。


「邪なる者よ……退け!」


だが、呪符を構えるより早く刺客は襲いかかった。


「バイルドさん!」


リーネが叫び、癒しの光を放った。


「《清浄の光》!」

符印が一瞬、澄み渡る。陰った聖印石にも光が差し込む。


刺客の動きがわずかに鈍る隙に、黎は前に躍り出る。

「《断界ノ理》」


一振りで刺客の腕を斬り落とし、続く斬撃で肩まで断ち切る。

血も音もなく、影だけが消えた。


室内に残されたのは、血の一滴もない静寂と、二人の動揺した視線。


バイルドは震えながら膝をついた。

「……なんたる……」


「何度も言うな」

黎は冷たく一言だけ吐き捨てた。


リーネは震える手をバイルドに差し伸べた。

「大丈夫ですか? 助かりましたね」


バイルドは呆然とそれを見つめる。

「……お前たちが、味方か?」


「私は神殿の者です。彼は……旅の剣士です」

リーネが答える。


バイルドは、かすかに目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

「……では頼もう。もう、隠し通せぬものを。そなたたちになら、すべてを託せる気がする」


リーネは黙って頷き、黎を見上げた。

黎も、初めて穏やかな目で神官を見守る。


(今夜から、本当の戦いが始まる)


黎は胸の内で呟いた。

夜明けの光の下、三人の影がひとつになり、神殿の奥へと進んでいった。

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