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第3話 異形の森と過去の面影

「ここが……“歪樹わいじゅの森”です」


リーネが足元の草を踏みながら、木々の合間を進んでいく。


空はまだ明るいが、森の中は薄暗く、常に何かが揺らめいているような空気が漂っていた。


この森は、セフィルの街から北東にある半日ほどの距離にある。

数年前までは狩人たちも入っていたが、ある時期から“異形の影”が目撃されるようになり、立ち入りが制限された。


「獣じゃない“何か”がいると、村人が……」


「魔族の残滓かもしれんな」


「魔族、ですか?」


黎の言葉に、リーネは目を見張った。


「滅んだはずの……あの、二千年前に?」


「残りカスが地脈に潜んでいたら、こういう形で現れることもある」


「まるで……知っているような口ぶりですね」


「まあ、似たような連中を見たことがある」


リーネはそれ以上深くは聞かなかった。

昨日の話で、“この人にはきっと、過去に何かがある”と察していたからだ。


それに、問い詰めても答えが返ってこないことも、直感的にわかっていた。


(でも……なんだろう、この感覚)


リーネの中には、不思議な感覚があった。


出会って間もないのに、懐かしいような、心が落ち着くような感覚。

まるで、ずっと昔から知っていたような、そんな錯覚。


(この感じ、前にも……?)


 



森の奥は、空気が違っていた。


木の幹がねじれ、地面からは黒ずんだ苔のようなものが広がっている。


「空間が歪んでるな。スキル干渉……いや、これは瘴気か」


「……何かが、近づいてきます」


リーネが小さくつぶやいた直後、音もなく“それ”は現れた。


人の形をしていた。

だが、腕は異様に長く、顔は崩れた仮面のようにのっぺらだった。


それは言葉もなく、ただ“そこにある”だけの存在。


「魔族ではない。けど……似てる」


黎は剣に手をかける。


(剣を使うまでもない、か)


次の瞬間、影のような存在がリーネに向かって跳ねた。


「っ……!」


「動くな」


黎が踏み出す。


風が一閃、影を切り裂く。


透明な剣が空を走った瞬間、“異形”は音もなく崩れ、地面に溶けて消えた。


リーネは呆然とその場に立ち尽くしていた。


「大丈夫か」


「……はい。すみません、また……」


「無理して動くな。今のはまだ小物だが、数が多いと厄介になる」


リーネはこくりと頷いた。


そのとき、森の奥から複数の気配が同時に押し寄せてきた。


(……来るか)


十体、いや十五はいる。しかも同時に――


「後ろに下がってろ」


黎がそう言い、剣を抜く。


その瞬間、大気がぴんと張りつめた。


リーネの目に映るのは、風も空気も断ち切るような緊張感。

透明な剣の刃が、まるで“世界”そのものを裂こうとしているように見えた。


「《断界ノ理》――境、斬り裂くは一閃の理」


その言葉とともに、黎が剣を振る。


一拍遅れて、森に風が走る。

何もない空間が切り裂かれ、そこにいた異形たちがまとめて“消えた”。


「……終わりだ」


もはや、“倒した”というより“なかったことにした”という表現が近かった。


リーネは、ただ言葉もなくその光景を見つめていた。


 



森を出た後、リーネは静かに言った。


「あなた、本当は何者なんですか?」


「言ったろ。旅の剣士だよ」


「……でも、あの技。世界が……切れていた」


「スキルにはそういうものもある。珍しいだけさ」


リーネはそれ以上追及しなかった。


でも、彼女の中で、ある感情が芽生え始めていた。


――この人のことを、もっと知りたい。


ただ強いからではない。

救ってくれたからでもない。


それ以上に、“どこかで出会ったことがある”ような、そんな奇妙な懐かしさ。


(まさか……でも、そんなこと……)


「リーネ」


「はい?」


「剣を振るのは、嫌いじゃない。でも――」


黎は静かに空を見上げた。


「誰かのために振ると、失うものが多すぎる」


「……そうですか」


リーネは俯いたが、すぐに顔を上げた。


「それでも、私は嬉しかったです。今日、あなたが一緒にいてくれて」


風が吹いた。


そしてその風の中で、黎はほんの少しだけ目を細めた。


――かつての仲間の一人。

いつも前線で傷ついた仲間に手を差し伸べていた、優しい癒し手。


リーネの表情が、その人にどこか似ていた。


(……まさかな)


黎は頭を振った。


もう過去は、過去だ。

それでも、心の奥底に沈んだ記憶が、静かに波紋を広げ始めていた。

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