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第2話 癒し手の少女と黒衣の剣士

朝の光が石畳を照らし、街に再び活気が戻ってくる。


セフィルの町では、昨晩の出来事が話題になっていた。

神殿広場で暴れた魔獣と、それをたった一撃で仕留めた“黒衣の剣士”。


その正体を知る者はいなかった。

ただ、その男が残した一閃と存在感だけが、噂として街中に広がっていた。


「六脚獣が一振りで真っ二つだって?」

「スキル名も言わずに、ただの一撃でよ?」

「いやいや、スキルは使ったらしい。けど、名前も聞こえなかったってよ」

「神殿の巫女がそばで見てたらしいな。なんか知ってんじゃないか?」


そんな声が市場のあちこちから聞こえてくる。

そして、その“巫女”とは他でもない――


「はぁ……またですか」


神殿の庭で、リーネ・フェリステリアは肩を落としていた。


昨晩以来、街の人間が彼女に“剣士の正体”を尋ねに来ては、肩透かしを食らって帰っていく。


「旅の剣士、としか名乗ってもらってませんし……私だって、本当に何も知らないんです」


神官たちの中には、「あの者は神の遣いか」「異端の者ではないのか」と騒ぎ始める者もいる。

だが、リーネはそんな話に与するつもりはなかった。


――剣を握った姿は、恐ろしくもあった。

けれど、あのとき少年を救った背中は、ただの“強者”ではなかった。


「……あの人は、悪い人じゃない」


リーネは、そう感じていた。


 



一方その頃。


町外れの宿の一室で、黎はパンをかじりながらぼんやりしていた。


「噂、広まってるらしいな。まあ、仕方ないか」


昨晩、宿の主人からも何度も話を振られた。

「お前さん、まさかあの剣士じゃないだろうな?」と。

適当に笑ってごまかしたが、隠し通せるものではないだろう。


(それでも、目立たないようにはする)


もう、誰かの英雄になるつもりはない。


「さて、どうするか」


街を出ることも考えたが、情報収集くらいはしておいた方がいい。

二千年後のこの世界――“イリスティア”が、どうなっているのか。


と、そのとき。


「失礼します。旅の剣士様はいらっしゃいますか?」


扉の向こうから、控えめな声が聞こえた。


「……あんたか。リーネだったな」


「はい。昨晩のお礼をきちんと伝えたくて。迷惑でしたら……」


「いや、別にいい。入ってくれ」


扉が開き、リーネがそっと入ってくる。

彼女の手には、小さな布包みがあった。


「これ、差し入れです。神殿の厨房で焼いたパンと、リンゴのジュレです。保存もききますので」


「気ぃ使わなくていいのに」


「いえ……私、あの場で何もできなかったから。せめてものお礼です」


そう言ってにこりと微笑むリーネに、黎は少しだけ目を細めた。


(礼を言うだけなら、昨晩で終わってるはずだ。……何か、目的がある)


だが、それを口にはしなかった。


「この部屋、狭いが座れる場所はある。そこにでも」


「はい、失礼します」


リーネはおとなしく腰を下ろすと、まっすぐ黎を見つめた。


「……あなた、本当に“ただの旅の剣士”なんですか?」


「そう名乗ったろ」


「ええ。でも、昨日の斬撃は……並のスキルじゃありませんでした」


「好奇心か? それとも、神殿からの命令か?」


「……どちらでもありません。私は、あのとき救われた人間として、あなたに礼を言いたくて来ました」


リーネの声に嘘はなかった。

むしろ――そのまなざしの奥に、ほんの少しだけ“期待”のようなものがにじんでいた。


「あなたは、何のために旅をしているんですか?」


「さあな。目的なんか、今はないよ」


「じゃあ……もしよければ、少しだけこの街にいてくれませんか?」


黎は少しだけ眉を上げた。


「癒し手が、剣士を引き留めるのか」


「この街は、外れの小さな町です。騎士団の数も少なくて、防衛も不安定です。昨日のようなことが、また起こるかもしれません」


「それを俺に何とかしてほしいって?」


「違います。ただ、いてくれるだけでいい。……あなたがいてくれると思うと、それだけで、皆の心が落ち着く気がするから」


「……ずいぶん人を信じるんだな」


「信じてるわけじゃありません。でも、あの一撃を見たら……放っておけないなって思ったんです」


リーネの言葉は、不思議と胸に響いた。


利害や名声ではない。彼女はただ、この町の人たちを想っている。

その素直さに、黎は少しだけかつての仲間の姿を重ねた。


「……しばらくは、この辺りにいるつもりだった」


「本当ですか!?」


「ただし、何かの役に立つつもりはない。ただ、いるだけだ」


「それで十分です!」


リーネはぱっと笑顔になった。


その無邪気な喜び方が、少しだけ眩しかった。


 



午後、街に再び騒ぎが起きる。


今度は、近くの森で“異形の獣”が目撃されたという情報だった。


街の守備隊が対応に出るが、規模が読めないため、急遽リーネが癒し手として同行することになった。


「……俺も行く」


「えっ?」


「何、暇つぶしだ。あんたが倒れると、面倒だからな」


「ふふ、了解です。旅の剣士さん」


リーネは小さく笑って、礼を言った。


 


その日、森で出会ったのは、かつて黎が戦った魔族の名残だった。


そして、リーネの中で、ある“仮説”が芽生え始める。


――この人は、いったい何者なのか?

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