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第1話 刃の眠り、世界の目覚め

風が吹いていた。


荒れた丘の上、低く垂れこめた雲の下で、乾いた風が岩と草をなでて通り過ぎていく。


そこに、一人の男が立っていた。

黒い外套に身を包み、顔の半分をフードで隠し、腰には一本の剣を帯びている。


その剣は、一見して奇妙なものだった。

刀身が見えない。光すら反射せず、まるでそこに“空間の裂け目”だけが浮かんでいるようだった。


男の名は、くろ

かつて、二千年前のこの世界に現代日本から転生し、勇者として魔王を倒した存在である。


(……また、この世界か)


彼は風に逆らって立ちながら、ふと目を閉じた。

見覚えのない景色、見知らぬ大地。だが、剣の感触だけは、確かに馴染みのあるものだった。


すべてが終わったはずだった。

最後の戦い、仲間との別れ、魔王の最期の言葉――


『その剣は、いずれお前の大切なものを斬ることになる』


意味のわからないまま、彼は静かに剣を収め、すべてを終えたはずだった。


だが気づけば、再びこの世界にいた。

しかも、二千年後という、すべてが変わった未来に。


(名前も、文化も、人も変わってる。でも――)


「この剣だけは、変わらないな」


黎はそっと柄に手を添えた。


彼の持つスキルは、ただ一つ。


《断界ノだんかいのことわり

――空間や時をも切り裂く、異常なまでに強力なスキル。

使えば、あらゆる障壁や存在を“なかったこと”にできる。


その代わり、代償もある。

何を切るのか。どこまで切るのか。使うたびに世界の理と対話しなければならない。


黎はそれを、“めんどうくさいスキル”と呼んでいた。


「今度こそ、自分のために生きるつもりだったんだけどな」


小さくつぶやいて、彼は歩き出した。


 



しばらく歩くと、小さな町が見えてきた。

木と石を組み合わせた門。広場のにぎわい。そこが《セフィル》という辺境の町だった。


商人、冒険者、傭兵、旅芸人――さまざまな人々が行き交っている。

中には、スキルを使って空を飛ぶ者や、巨大な剣を軽々と担ぐ者もいた。


この世界には“魔法”という概念はない。

だが、代わりに“職業クラス”と“スキル”が存在する。

それらは見た目こそ超常的な力に見えるが、仕組みとしてはスキル発動による能力の発現だ。


(相変わらず、職業とスキルが人生を決める世界か)


黎もかつてはそうだった。

“剣士”から始まり、戦場での経験を経て“剣王”へと進化した。


その職業は今も変わらず、彼のステータスに刻まれている。


「でもまあ、今は旅人ってことにしとくか」


彼は黒いフードを深くかぶり、目立たぬように街の中を歩き始めた。


 



セフィルの中央には、神殿と広場があった。


ちょうど祭礼の準備がされており、街の人々が活気づいている。

その雰囲気を壊すように――遠くから、爆発音のような衝撃が響いた。


「っ……スキル干渉の反応か」


経験でわかる。

あれは、強力なスキル同士が衝突したときに起こる振動だ。


神殿の方向から、煙が立ちのぼっている。

何かが暴れているようだった。


(関わらないのが一番だけど……)


が、足は自然と動いていた。


「……ほんと、性分だな」


自嘲気味にそうつぶやき、黎は広場へと駆けた。


 



そこは、地獄のような光景だった。


地面には大きなひび割れが走り、周囲の建物の壁は崩れていた。

中央には、鋼のような殻に覆われた巨大な魔獣――“六脚獣”がいた。


脚は六本。体長は二メートルほどだが、硬質な外殻により物理スキルが通らない。


周囲では、街の騎士たちが必死に戦っていた。

盾役、支援役、後衛のスキル使い――それぞれが連携を取りながら攻撃するも、ダメージは通らない。


「ダメだ、剣がはじかれる!」

「スキルが効かない! 属性耐性が高すぎる!」


「後列! 範囲スキルを準備しろ! 前衛はひきつけろ!」


叫びが飛び交う中、数人の兵士が吹き飛ばされた。


そして魔獣の鋭い脚が、ある少年の真上に振り下ろされ――


「っ!」


その瞬間、空気が裂けた。


「《断界ノ理》」


低く、静かな声。

黎が剣を抜いた刹那、世界が一度だけ“止まった”ような感覚があった。


そして次の瞬間。


魔獣の体が、“何か”に切り取られたようにすっと裂け、崩れ落ちた。


血も出ない。悲鳴もない。

ただ、存在が“そこから先はなかった”かのように、きれいに消えた。


広場が静まりかえった。


騎士たちも、少年も、誰もが言葉を失っている。


「……終わったぞ」


黎はそう言って、剣を鞘に戻した。


一歩も動かずに、たった一振りで戦いを終わらせた男。

誰もが、その存在の異質さに気づいていた。


 



「あの、待ってください!」


去ろうとした黎を、誰かが呼び止めた。


振り返ると、一人の少女が立っていた。

銀色の髪を肩でまとめ、白い神殿服を身にまとった癒しクレリスの少女だ。


「あなたが、魔獣を倒したんですね?」


「見てのとおりだ」


「すごい……ありがとうございます。本当に、助かりました」


彼女は深く頭を下げた。

礼儀正しいが、堅苦しくはない。そのまっすぐな瞳が印象的だった。


「名前、聞いてもいいですか?」


「旅の剣士、ってことで」


「……じゃあ、旅の剣士さん。私はリーネっていいます。神殿で癒し手をしています」


「そうか」


リーネの手には、小さな治癒用の杖が握られていた。

戦場で手当てに動き回っていたのだろう。服が少しだけ汚れている。


「あなたの剣技……いえ、スキル。あんなの、初めて見ました」


「そうかい」


「また、どこかでお会いできたら嬉しいです」


「気が向いたらな」


それだけ言って、黎は再び背を向けた。


 



その夜。


街の外れの宿で、黎は天井を見つめながらぼんやりしていた。


リーネの笑顔が、ふと頭をよぎる。


(あいつ……昔の誰かに、少し似てたな)


戦った仲間たち。失ったもの。思い出のかけら。


そして、魔王が最後に言った言葉。


『その剣は、いずれお前の大切なものを斬ることになる』


――もう、誰かのために剣を振るうつもりはない。


けれど。


もしまた、誰かの命が奪われそうになったら。

それを黙って見ていられるのか。


「……やれやれ」


彼は目を閉じ、眠りについた。


剣とともに、再び始まる静かな旅。

それはやがて、世界の運命すら巻き込むものとなることを、今はまだ誰も知らなかった。

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